22.世界一平和な国
僕の手に、ニルナ様の手が重なる。
僕らは二人で魔杖を高く掲げ、魔力を注いだ。
魔杖変形「伝令使の杖」
僕の魔力がニルナ様を通して魔杖に入っていくと、魔杖は、二本の蛇が絡み合ったデザインへと変形していく。
杖が光り輝くと、パンッとはじけるように、魔法の波動が広がっていった。
広場の周囲にいた人々の目に光が宿り、熱にうなされていたような顔はみるみるうちに正常なものに戻っていく。
みなは僕を見つけると、すごい勢いで集まって来た。
「フィルクさん! ニルナ様に追い出されたんじゃないんですか?」
「追い出されたなら、ニルナ様の隣にいるわけないでしょう。遠くの領地の視察に行ってきてほしいと命じられただけですよ」
「ああ、そうだったんですか」
なんだ。そうだったのかとみんな胸をなで下ろしている。
「でも、ニルナ様が、勇者を殺してしまいまして」
そういえばさっきレインリーの勇者を殺した言っていたっけ。
なんでそうなったかまでは、僕は把握していない。
とりあえずは、
「ああ、ニルナ様可哀想に、あんまり美しいから、勇者に襲われたのですね」
僕は、わざとらしく嘆いてみせた。
「えーと、はい……。そうです」
ニルナ様は、きょとんとした表情で頷いてみせた。
「形見の剣をうっかり抜いて、それがたまたま勇者に当たってしまったのでしょう」
『うっかり』と『たまたま』を強調してみせると、
「なんて奴なんだ」
「私たちのニルナ様を襲うなんて」
「許さないぞ、レインリーの勇者め!」
みんなの怒りの矛先が、ニルナ様からレインリーの勇者に向けられていった。
「で、でも、ゾンビの研究施設があって、それをニルナ様が作ったと……」
僕は深刻な顔をしてみせる。
「ゾンビですからね。なかなか死なない個体もいまして。皆さんに、心配かけないように黙っていたのですが……どうにか捕まえておくようにゾンビ研究の第一人者である。カキュルトにお願いしていたのです……」
「あ、あの、カキュルト様に、私の娘を救ってもらいました」
女性が声をあげた。
確かあの人は、蛇に噛まれた娘さんのお母さんだ。
「ああ、そうだったんですか」
みんな納得していく。
他の人が手をあげて質問してきた。
「フィルクさん、軍がないと……」
「海軍はいますよ」
「そうではなくて、王都にいなくて」
「こんなに平和なのに、軍なんていらないでしょう。軍を構えるとなると税金をあげなくてはいけませんし、税金増やしてもいいですか。みなさんがそれがいいなら、軍を構えてもいいんですが……」
税金と聞くと、みないやそうな顔をした。
維持費はみんなの想像以上にかかるのだ。
「そ、それは……」
みんな口をつぐむ。
税金をあげてほしいとはだれも言えないだろう。
「サンヴァ―ラが隣国を侵略したとの噂も」
「軍もないのに、どうやって侵略するというのですか」
みんなが顔を見合わせる。
まあ、普通は無理だ。
ニルナ様と僕がそれぞれ一人で一国ずつ侵略したなんてどう考えても普通じゃない。
「誰か侵略に駆り出されたという人がいますか」
僕の問いかけに皆が顔を見合わせた。
お互いに確認しあうと、誰かが僕に答えた。
「そんな人は……いません」
「たしかに、海軍では陸路を侵略できませんね」
みんなの言葉に僕は、頷いてみせる。
「サンヴァーラでゾンビの大量発生があったみたいに、隣国は、隣国でなにかあったみたいですね。サンヴァ―ラが主体で協力体制を敷いています。隣国なんですから助け合いは大切ですよ。アステーリのゼノヴィア王妃様から感謝状も来ていますよ」
レザ君たちが滞在していて、話がしやすいアステーリを全面に出してクラウドラから意識を逸らした。
クラウドラも属国にはしてしまったが、まあ、いまからどうとでもやりようはある。
少しサンヴァ―ラに有利なように条約を結んで、切り離せばいい。
そうしておけば恨まれることもないだろう。忙しくなりそうだ。
僕の説明で、みんな近くの人と話し合い、ニルナ様にすまなそうな顔をしていた。
「我々は、なんてひどいことをニルナ様に」
「誤解がとけたならいいじゃないですか。ね? ニルナ様」
「もちろんです!」
ニルナ様はにっこにこだ。
処刑をしようとしたのに何も気にしていないニルナ様にみんな感激している。
誤解が解けた……ではなくむしろ誤解させることに成功した。
そう。真実なんて、闇に葬ってしまえばいい。
皆の幸せを願う魔王の御心のままに。
「さあさあ、みなさん。こんなところに集まってないで、いつも通り過ごしてください」
うやむやになったところで僕はみんなに解散を促す。みんなさっぱりした顔つきで帰路につきはじめる。
「やっぱりニルナ様はお優しい」
「なんて器の大きなお方だ」
「なんだ間違いだったのか」
「良かった良かった」
「さすがサンヴァーラだ」
誤解が誤解を生み、みんないい感じに認識がずれていく。
広場に残っているルーンさんとニルナ様に僕は、言ってみせた。
「まあ、こんなもんですかね」
もうなれたものだ。
毎日こんな感じなのだから。
「なんてやつなのじゃ、ものすごい勢いで元に戻してしまったぞ」
「さすが、フィルクです!」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「これで万事解決ですね! ルーンさんもありがとうございます」
ニルナ様はルーンさんにもお礼を言う。
「なんのなんの、今回はわらわも頑張ったからの」
「一人でストークムス追い払ってくれたんですよね? すごいです」
ニルナ様の言葉に、「あっ」と言葉を漏らすと、指を絡めて申しわけなさそうな顔をした。
「それがそのう。すまんのじゃが……」
「どうしましたかルーンさん」
「妾途中で帰ってきてしまってのう。ストークムスが攻めてきそうなのじゃ」
「なーんだ。大丈夫ですよ。あんまり期待してません!」
「ひどいのじゃ……」
ルーンさんもヨウキ様追い払うの頑張ってくれたんだけどなぁ。
仕方ないか、ニルナ様は寝てて見てないし。
「ということでフィルクお願いします」
そうなりますよね。
まあ、対策はしてある。
「アンチ魔法を魔力量で押し切って、ゼウスキャノンで追い払ってもいいんですが、たまには他の方法にしましょうかなにかご要望ありますか」
僕はニルナ様に聞いてみた。
「そうですね。ではドラゴンでお願いします。私は昔から城の上空にドラゴン飛ばすのが夢だったんですよ」
「なに言っとるじゃ、それはさすがに小僧でも……」
「任せてください。邪竜ブラックドラゴンでも、他のドラゴンでもなんでもできますよ」
「なんでおぬしはできるんじゃ……」
「練習しましたからね」
毎日毎日死体があったら、竜神教で練習していたのだ。
そろそろ実戦投入してみたいと思っていたところだ。
「あとは、そうですね。折角、冥界の門が開いたままですし、ゾンビでも追い返しますか」
「そうしましょう!」
「どんな国なのじゃ……」
「それはもちろん」
太陽と月が仲良くのぼり、
ゾンビが這い回り、邪竜が飛び回る。
そして、とんでもない女魔王様が治める、
「ここはサンヴァーラです! 世界のどこよりも平和な国ですよ!」
英霊様は勇者の体を乗っ取りました。
完。
第三章読んでいただきありがとうございました。
書きたかったことは全部書くことができました。
少しでも、面白いと思った方は、
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関連の物語が増えたので、全体のシリーズ名
『聖剣と悪の血統者』としてまとめました。
ストークムス編
聖剣魔王~嫌いな勇者は殲滅です!~
https://book1.adouzi.eu.org/n1284ip/
もよろしくお願いします。




