コミカライズ版スライム大公4巻発売記念SS『フランセット風、雨の日の過ごし方』
夜、雨音を聞きながら、紅茶を飲んだり、本を読んだり、手紙を読んだり、とゆったりした時間を過ごすのが好きだった。
――なんて、のんきなことが言えたのは公爵令嬢時代。過去の話だった。
下町暮らしをはじめてからは、雨が降れば雨漏りに頭を悩ませ、カエルの大合唱で眠れなくなり、翌日の水浸しになった庭を思ってうんざりする。
下町暮らしは優雅な時間を過ごすことを、許してくれなかった。
そのため、しだいに雨が憂鬱になってしまったのだ。
けれどもガブリエルと婚約した今、再び夜の雨が好きになる。
窓の外にある木々に雨粒が跳ねる音や、しとしと降る落ち着いた雨、ザーザー降りでもどこか風情がある。
そんな雨音を聞きながら、何か作業をするのがお決まりだった。
今日は王都にいる父へ手紙を書く。
後回しにし、忘れかけていたことなのだが雨のおかげで思い出すことができたのだ。
魔法仕掛けの灯りが照らす中、羽根ペンを滑らせていると、外がピカッと光る。
次の瞬間、ドーンと雷が落ちた音が鳴り、同時に灯りが消えた。
「あら!」
魔法の力によって提供されていた灯りが、雷によって遮断されてしまったのか。
今日はもう、眠ったほうがよさそうだ。
なんて考えていたら、ガブリエルがやってきたようで、廊下側から声がかかる。
「フラン、大丈夫ですか!?」
「ええ、平気よ」
扉を開くと、蝋燭に火をつけた燭台を持ったガブリエルの姿があった。
「すみません、先ほどの雷で、外にある屋敷内の灯りを制御する魔技巧品が破損してしまったようで」
「ええ、そうだと思っていたの」
「今から修理に行ってきますので」
「待って、明日でもいいわ」
「しかし」
「まだ雨が降っているから、風邪を引いてしまうわよ」
今にも向かっていきそうだったので、慌てて引き留める。
「お義母様は?」
「もう眠っています」
起きているのは私だけだったようだ。何か引き留める手段はないかと考えたところ、ピンと閃く。
「そうだわ! ガブリエル、これから一緒にホットミルクでも飲まない?」
「ホットミルク、ですか?」
「ええ!」
夜も遅いので紅茶だと目が冴えてしまう。だからホットミルクを飲んで、体を温めてから眠ろうと誘った。
「しかし、薄暗くて不便ではないのですか?」
「不便も、時として楽しめるものよ」
そんなわけで、ガブリエルとホットミルクを囲むこととなった。
「待ってて。下町で使っていた、オイルランプがあるの」
油を注いで灯りを点すもので、蝋燭の火よりは明るい。
「ほら、いいでしょう?」
「思いのほか明るく照らすんですね」
「そうなの」
ちなみに油は余っていた食用油である。使い切れなかったので、オイルランプに使えると思って持ってきていたのだ。
オイルランプで廊下を照らしながら、ガブリエルと共に厨房に向かう。
「ふふ、下町にいたころは、オイルランプはドーナツを作った揚げ油を再利用していたの」
「そ、そうだったのですね」
ガブリエルが「もっと早く支援を申し出ていたら」と申し訳なさそうに言う。
「今ではいい思い出よ。それに、当時の経験がこうやって役に立ったでしょう?」
「そう、ですね」
私がやってきたことに無駄な経験などないのだ、と胸を張って言えるだろう。
厨房でミルクとミルクパン、カップを借りて部屋に戻る。
「フラン、ミルクはどうやって温めましょう?」
「よかったらなんだけれど、火属性のスライムを召喚していただける?」
「ああ、なるほど。熱源がありましたね」
ガブリエルはすぐに火属性のスライムを召喚する。ホットミルクを作りたいというと、快く承諾してくれた。
ミルクパンにミルクを注ぎ、蜂蜜を垂らす。それを火属性のスライムの上に置いた。
すると熱を発してくれたので、あっという間にホットミルクが完成する。
「ありがとう、助かったわ」
『いいってことよー』
火属性のスライムは送還される。
カップにホットミルクを注いで、ガブリエルと囲んだ。
ザーザーという雨音を聞きつつ、ほんのり照らされた部屋の一角でホットミルクを飲む。
「フラン、おいしいです」
「よかったわ」
焦っていたガブリエルも、ホットミルクの効果か落ち着きを取り戻したように見えた。
「こういう夜もいいものでしょう?」
「ええ、そうですね」
またいつか、雨の夜はオイルランプを囲んでホットミルクを飲みたい。
「付き合ってくれる?」
「ぜひ!」
思いがけず、素敵な夜を過ごしたのだった。




