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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
第三章

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没落令嬢フランセットは、スライム大公に感謝する

 出発前に、ガブリエルにお礼を言いに行こう。プルルンの様子も気になるし。

 先に、部屋を訪問して構わないか、というカードをリコに届けてもらう。すぐに、問題ないという返事が届いた。

 出発時間も迫っているので、手短に済ませなければならないだろう。

 ガブリエルは執務室で執務に就いていたようだ。


「ごめんなさい、忙しいときに」

「いいえ、かまいません」


 プルルンは執務机で、スタンプを握って何やらぺたん、ぺたんと押していた。


「プルルン、忙しそうね」

「心配には及びません。毎日命じている仕事を、サボっていただけですから」

「私がプルルンを独り占めしていたから」

「いいえ、プルルンがあなたの傍にいたのは、自分の意思です。そのため、自業自得なんです」


 プルルンは気まずそうに、こくこく頷いていた。


「どうやらプルルンは、あなたの傍にいるのが楽しくて仕方がないようです」

「そうなの?」


 プルルンは力強く、こっくりと頷いた。


「自由気ままに遊ぶのは問題ないのですが、やらなければならない仕事を放棄してまで遊ぶのは、褒められたものではありません」

「それもそうね」


 上目遣いでこちらを見つめるプルルンを、そっと撫でる。


「頑張ってね、プルルン」

『うん、がんばるうー』


 プルルンの近くで、ガブリエルが険しい表情のまま、眼鏡のブリッジを上げていた。逆光で、眼鏡が光る。すぐに、プルルンから手を放した。


「あ、眼鏡、直ったのね」

「ええ、眼鏡の縁が折れていたのですが、銀糸魔法を使ったら修繕可能なんです」


 銀糸魔法――魔法で銀を柔らかくし、自在に操る魔法らしい。銀と聞いて、ハッとなる。


「あ、そう。ガブリエル、バレッタ、ありがとう。どうかしら?」


 背中を向けて、似合っているかどうか確認してもらう。


「すてきです。あなたの子鹿の毛皮色フォーンの髪に、よく似合うと確信していました」

「子鹿の毛皮色だなんて、初めて言われたわ。ありきたりな茶色だと思っていたの」

「そうですか? フランの髪はやわらかくて、艶やかで、美しくて。生後間もない子鹿のような髪ですよ」


 ふいに、以前ガブリエルが私の髪に触れた日の記憶が甦ってくる。再び照れてしまったのは、言うまでもない。


「まさか、バレッタを贈ってくれるなんて。本当に、ありがとう」

「喜んでいただけて、嬉しいです」

「私も、あなたに何か贈りたいのだけれど」

「いいえ、とんでもない!」

「でも、ガブリエル、あなただって頑張っているじゃない」

「フランが傍にいてくれることが、最大のご褒美なのですよ」

「そんな……!」


 私が彼に対してできるものは、何があるのか。と、考えていると、今朝方作った弁当について思い出した。


「そう! 今日、朝からお弁当を作ったのよ」

「フランが、ですか?」

「ええ。お昼になったら、一緒に食べましょう」

「嬉しいです。楽しみにしていま――」


 にこにこ微笑んでいたのに、急に真顔になる。何か気になることでもあったのか。


「あの、どうかしたの?」

「そのお弁当とやらは、もしかして、アクセル殿下にも作ったのですか?」

「アクセル殿下、どうして……」


 言いかけた瞬間、ハッとなる。ガブリエルにクッキーを贈ったあと、アクセル殿下の分もある、という愚行を思い出した。


「今日は、ガブリエルの分だけ。というか、以前、食事をふるまうと約束したでしょう?」

「ああ、そういえば、そのような約束を交わしていましたね」

「ええ。だからその、あなたのためだけに作ったの」

「よかった」


 笑顔が戻ってきたので、ホッと胸をなで下ろす。

 そういえば、以前義母が話していた。ガブリエルはアクセル殿下に嫉妬しているのだと。

以前のようなすれ違いがあっては困る。

 ここできちんと、アクセル殿下に対する気持ちを、彼に説明しておかなければならないだろう。


「あの、アクセル殿下についてだけれど」

「殿下が、どうかなさいました?」

「私はずっと、兄のように慕っていて、アクセル殿下も、私を出来の悪い妹のように思っているから、いろいろ心配してくださっているの」

「そう、だったのですね」

「ええ。雲の上のような存在であるアクセル殿下を、兄のように思っているだなんて、図々しい話なのかもしれないけれど」


 ガブリエルは眼鏡をずらし、目元を手で覆っていた。


「だ、大丈夫? 目眩でも、しているの?」

「よかった……!」

「え?」

「その言葉を、はっきりフランから聞けて、よかったです」

「そ、そう」


 アクセル殿下に対し恋心はないと主張した覚えはあったものの、本当は好意を抱いているのではないか、と思っていたらしい。

 図々しいのを承知の上で、本当の気持ちを伝えたのは大正解だったようだ。


「もしかして、ずっと気にしていたの?」

「気にしていました。実は、ふたりは両想いで、密会し、愛を深め合っているところまで想像していました」

「ありえないわ」


 気づいたときにはガブリエルのもとへ駆け寄り、彼の背中をぎゅっと抱きしめていた。


「私には、あなただけだから」


 思わせぶりな行動で、誤解させてしまった。二度と、彼を悲しませるような行為を取らないことを誓う。

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