没落令嬢フランセットは、スライム大公に感謝する
出発前に、ガブリエルにお礼を言いに行こう。プルルンの様子も気になるし。
先に、部屋を訪問して構わないか、というカードをリコに届けてもらう。すぐに、問題ないという返事が届いた。
出発時間も迫っているので、手短に済ませなければならないだろう。
ガブリエルは執務室で執務に就いていたようだ。
「ごめんなさい、忙しいときに」
「いいえ、かまいません」
プルルンは執務机で、スタンプを握って何やらぺたん、ぺたんと押していた。
「プルルン、忙しそうね」
「心配には及びません。毎日命じている仕事を、サボっていただけですから」
「私がプルルンを独り占めしていたから」
「いいえ、プルルンがあなたの傍にいたのは、自分の意思です。そのため、自業自得なんです」
プルルンは気まずそうに、こくこく頷いていた。
「どうやらプルルンは、あなたの傍にいるのが楽しくて仕方がないようです」
「そうなの?」
プルルンは力強く、こっくりと頷いた。
「自由気ままに遊ぶのは問題ないのですが、やらなければならない仕事を放棄してまで遊ぶのは、褒められたものではありません」
「それもそうね」
上目遣いでこちらを見つめるプルルンを、そっと撫でる。
「頑張ってね、プルルン」
『うん、がんばるうー』
プルルンの近くで、ガブリエルが険しい表情のまま、眼鏡のブリッジを上げていた。逆光で、眼鏡が光る。すぐに、プルルンから手を放した。
「あ、眼鏡、直ったのね」
「ええ、眼鏡の縁が折れていたのですが、銀糸魔法を使ったら修繕可能なんです」
銀糸魔法――魔法で銀を柔らかくし、自在に操る魔法らしい。銀と聞いて、ハッとなる。
「あ、そう。ガブリエル、バレッタ、ありがとう。どうかしら?」
背中を向けて、似合っているかどうか確認してもらう。
「すてきです。あなたの子鹿の毛皮色の髪に、よく似合うと確信していました」
「子鹿の毛皮色だなんて、初めて言われたわ。ありきたりな茶色だと思っていたの」
「そうですか? フランの髪はやわらかくて、艶やかで、美しくて。生後間もない子鹿のような髪ですよ」
ふいに、以前ガブリエルが私の髪に触れた日の記憶が甦ってくる。再び照れてしまったのは、言うまでもない。
「まさか、バレッタを贈ってくれるなんて。本当に、ありがとう」
「喜んでいただけて、嬉しいです」
「私も、あなたに何か贈りたいのだけれど」
「いいえ、とんでもない!」
「でも、ガブリエル、あなただって頑張っているじゃない」
「フランが傍にいてくれることが、最大のご褒美なのですよ」
「そんな……!」
私が彼に対してできるものは、何があるのか。と、考えていると、今朝方作った弁当について思い出した。
「そう! 今日、朝からお弁当を作ったのよ」
「フランが、ですか?」
「ええ。お昼になったら、一緒に食べましょう」
「嬉しいです。楽しみにしていま――」
にこにこ微笑んでいたのに、急に真顔になる。何か気になることでもあったのか。
「あの、どうかしたの?」
「そのお弁当とやらは、もしかして、アクセル殿下にも作ったのですか?」
「アクセル殿下、どうして……」
言いかけた瞬間、ハッとなる。ガブリエルにクッキーを贈ったあと、アクセル殿下の分もある、という愚行を思い出した。
「今日は、ガブリエルの分だけ。というか、以前、食事をふるまうと約束したでしょう?」
「ああ、そういえば、そのような約束を交わしていましたね」
「ええ。だからその、あなたのためだけに作ったの」
「よかった」
笑顔が戻ってきたので、ホッと胸をなで下ろす。
そういえば、以前義母が話していた。ガブリエルはアクセル殿下に嫉妬しているのだと。
以前のようなすれ違いがあっては困る。
ここできちんと、アクセル殿下に対する気持ちを、彼に説明しておかなければならないだろう。
「あの、アクセル殿下についてだけれど」
「殿下が、どうかなさいました?」
「私はずっと、兄のように慕っていて、アクセル殿下も、私を出来の悪い妹のように思っているから、いろいろ心配してくださっているの」
「そう、だったのですね」
「ええ。雲の上のような存在であるアクセル殿下を、兄のように思っているだなんて、図々しい話なのかもしれないけれど」
ガブリエルは眼鏡をずらし、目元を手で覆っていた。
「だ、大丈夫? 目眩でも、しているの?」
「よかった……!」
「え?」
「その言葉を、はっきりフランから聞けて、よかったです」
「そ、そう」
アクセル殿下に対し恋心はないと主張した覚えはあったものの、本当は好意を抱いているのではないか、と思っていたらしい。
図々しいのを承知の上で、本当の気持ちを伝えたのは大正解だったようだ。
「もしかして、ずっと気にしていたの?」
「気にしていました。実は、ふたりは両想いで、密会し、愛を深め合っているところまで想像していました」
「ありえないわ」
気づいたときにはガブリエルのもとへ駆け寄り、彼の背中をぎゅっと抱きしめていた。
「私には、あなただけだから」
思わせぶりな行動で、誤解させてしまった。二度と、彼を悲しませるような行為を取らないことを誓う。




