没落令嬢フランセットは、早朝からお弁当を作る
アレクサンドリーヌですらまだ眠る早朝――ひとり台所に立つ。
行楽用のバスケットを取り出し、油紙を敷き詰める。
これから作るのは、バゲットサンド。カエル釣りのお昼に食べる、お弁当だ。
ガブリエルと一緒に、食べられたらいいなと思っている。以前、食事をふるまうと言っていたのに、実行できていなかったから。
他の人達のお弁当は、スライム大公家の料理人が用意しているだろう。
バゲットは昨日焼いておいた。調理台に打ち付けると、コンコンと硬い音を鳴らす。ブレッドナイフで四等分に切り、具を挟むために切り込みを入れた。
まずは、王道のチーズとハム、スライスしたトマトにレタス、バジルを飾ったものを作る。オリーブオイルをほんのちょっと垂らしたら完成だ。
次に作ったのは、バゲットと同じく昨晩作ったローストビーフを挟むもの。マスタードを利かせるだけの、シンプルな作りにしておいた。野菜を挟んだほうがいいと思いつつも、肉だけ味わいたいときもあるだろうから。
三品目は、パン粉を振って揚げたマスとタルタルソースを挟んだもの。マスはスプリヌ地方の湖で養殖されたものらしい。臭みがまったくなくて、おいしいのだ。
最後に作ったのは、ベリージャムと生クリームを挟んだもの。甘いサンドイッチがあってもいいだろう。
バスケットに完成したサンドイッチを詰めて、空いている隙間には一口大のトマトやベリーを詰める。
なかなか上手くできたのではないか。自画自賛する。
果たして、ガブリエルは喜んでくれるのか。反応が楽しみだ。
朝日が顔を覗かせるような時間帯に、リコがやってくる。
「おはよう、リコ」
「フランセット様、おはようございます」
三姉妹の中でもっとも真面目でクールなリコが、身なりを整えてくれる。
すでに姿がないアレクサンドリーヌは、ニコと水浴びに行っているらしい。プルルンも一緒について行ったとのこと。
「本日は朝食のあと、もう一度お着替えしましょう」
「あら、どうして?」
「分家のお嬢様方に、格の違いを見せるよう、大奥様からのご命令です」
「格の違いって……」
なんでも、ディアーヌとリリアーヌは朝一番にやってきて、朝食を一緒に食べたいと主張しているらしい。ガブリエルは追い返すように言ったようだが、義母に泣きついた結果、受け入れてもらったようだ。
「困った人達ね」
「本当に、そう思います」
リコはズバリと返してくるので、笑ってしまう。
こういうとき、ニコやココであれば、少し困った表情を浮かべて微笑むだけだ。リコの感情を包み隠さないところは面白い。
「大奥様も、カエル釣りに同行するようです」
「あら。昨晩は辞退していたようだけれど」
「ディアーヌお嬢様とリリアーヌお嬢様のお目付役を買って出たようです」
「なるほど。大事なお仕事があるのね」
ディアーヌとリリアーヌはあわよくば、アクセル殿下とお近づきになろうという下心が見え隠れしていた。家格から考えると、ふたりがアクセル殿下と結婚するなんてありえない。
歴史ある公爵家出身である姉さえも、王太子マエル殿下とはつり合わないのでは、と言われていたくらいだ。
多くの場合、王族は他の王族と縁を結ぶ。王族の結婚は他国との繋がりを強化する、政治的な意味合いが強いのだ。
なぜ、マエル殿下は姉と婚約したのか。
その理由は、よその国にマエル殿下とつり合う姫君がいなかったことにゆえんする。
もちろん、十から十五ほど年が離れた姫君もいた。けれども、無理矢理縁を繋がなくともよい国だったため、年齢的につり合う姉が大抜擢されたというわけだった。
マエル殿下は平民であり、商人の娘であるヴィクトリアを妻にするため、周囲を説得しているという。枢密院のお爺さま方が、頷くとは思えないのだが……。
ディアーヌとリリアーヌはマエル殿下とヴィクトリアの噂話を耳にしたので、自分達にもアクセル殿下の妻になれる可能性があると思っているのかもしれない。
リコが選んでくれた一着は、初夏の森のようなクロームグリーンのモーニングドレスだった。薄く化粧を施し、サイドで三つ編みにする。紐でしばった上から、ベルベットのリボンを結んでくれた。
仕上げに、三つ編みに朝摘みしたニオイスミレの花が差し込まれた。ふんわりと、いい香りが鼻先をかすめる。
「フランセット様、いかがでしょうか?」
「髪を生花で飾るなんて、贅沢ね。それにしても、いい香りだわ」
「朝露を含んだニオイスミレは、匂いが濃くなるんです」
「なるほど、そういうわけなのね」
そろそろ朝食の時間だろう。食堂を目指して廊下を歩いていたら、遠くから悲鳴が聞こえた。
「な、なんですの、このアヒルは!!」
「恐ろしいですわ!!」
全力疾走するディアーヌとリリアーヌが、私の脇を通り過ぎる。それから数秒あとに、アレクサンドリーヌとそれを追いかけるニコが通り過ぎていった。
ニコは私に気づき、会釈していく。
「ねえニコ、アレクサンドリーヌはどうして彼女たちを追いかけているの?」
「そ、それが、おふたりがアレクサンドリーヌ様をひと目見て、おいしそう、丸焼きにして食べたい、とおっしゃったものですから」
「そう。だったら、追いかけられているのは自業自得ね」
ニコは眉尻を下げて、微かな笑みを浮かべたのだった。




