没落令嬢フランセットは、変化に戸惑う
王都ではそろそろ、社交期が終わる季節か。
街屋敷を拠点としていた貴族達は、それぞれの領地にある堂々たる住まいに引き上げる。
領地へ持ち帰るお土産として、ニオイスミレの砂糖漬けやクッキーの発注が、大量に入っていた。
セイレーン大公マグリット様がニオイスミレの砂糖漬けを王妃殿下におすそ分けしたのをきっかけに、話題となったようだ。
後日、王妃殿下直々に注文が入るようになり、ちょっとした騒ぎとなる。
王都で唯一販売するソリンが勤める菓子店には、連日大行列ができているようだ。
申し訳なく思っているものの、店側は嬉しい悲鳴だと言ってくれている。なるべく、たくさんの人達に行き渡るよう用意したい。
ニオイスミレの砂糖漬け作りは、すでに私や三つ子の侍女、メイド達では手が回らない。そのため、村の女性を従業員として雇い、使っていなかったパン焼き小屋を工房として、大量生産を開始していた。
ニオイスミレの浄化は、ガブリエルが魔石で動く洗浄機を作ってくれた。そのため、プルルンの負担も減ったわけである。
思いがけず事業が大きくなり、ガブリエルの勧めで商標登録を行った。
ココがよくパッケージにアレクサンドリーヌと湖を描いていたことから、〝湖水地方のアヒル堂〟と名付ける。
商品はニオイスミレの砂糖漬けとクッキーのふた品のみだったが、飴やケーキ、プリンやゼリーと、品数もどんどん増えつつある。
わざわざスプリヌまでやってきて、買い求める客までいるくらいだった。
明らかに、出入りする人の数は増えていた。
それに関して、問題が生じる。主に頭を抱えているのは、ガブリエルだった。
「村には宿もない、レストランもない、土産を売る店もない!!」
……そうなのだ。スプリヌは観光地としてまったく機能しておらず、せっかく人が集まっても、村に直接的な利益は生じない。
現在、宿泊は古城の空いている部屋を貸し、食事も臨時で雇った料理人が作っている。
大公家の本拠地でもあるので、なるべく観光客を入れたくない、というのがガブリエルの本音らしい。
「いったいどうすればいいものか」
宿やレストランを作るといっても、これから計画を立てて建設を開始するまでまた時間がかかるだろう。それらの施設は、今すぐ必要なのだ。
「はあ……魔法でポンポン建てられたらいいのですが」
「それは無理――いいえ、可能だわ!」
「フラン、それはどういうことですか?」
ふと、思い出したのだ。以前、村を見学にいったとき、空き家がいくつかあったことを。
屋敷と言っても過言ではない大きな家もあった。一か月に一度手入れをしていたというので、さほど修繕費用をかけることなく使えるだろう。
「空き家を宿やレストランに利用すればいいの」
「それだ!!」
領民が減って村に空き家がいくつもある問題が、ここで生かされるとは。
すぐにガブリエルは空き家の清掃を命じ、宿の経営を任せられそうな人材を選ぶようだ。
◇◇◇
忙しい期間が過ぎ去り、ここ最近はのんびり過ごしつつある。
これまで私が悪戦苦闘し、夜遅くまでしていた経理関係の仕事は、コンスタンスが涼しい顔をしながら片付けてくれるようになった。ありがたい話である。
〝湖水地方のアヒル堂〟の工房は古城から村の空き家に移転した。作業の様子を見学できるよう、工房の外壁に大きなガラス窓を作って填め込んでいる。これが観光客に好評で、連日人だかりができているらしい。
短期間で、スプリヌの地は大きく変わった。果たして、これでよかったのか。
不安になり、義母に相談を持ちかける。
「人がいなくなった土地は、朽ちるだけ。このままでは、スプリヌはその運命を辿っていたでしょう。変化はよいことではないかと、わたくしは思います」
「ですが、のんびりとしたスプリヌを愛する人達が、心を痛めていないか心配で」
「のんびりとしたスプリヌを愛する人間なんて、皆無です!! ここはスライムが大量発生する呪われたような土地。誰も、人が寄りつかないと言われて早五百年。そんな土地に人が集まってくるなんて、奇跡ですわ!!」
「そ、そうでしょうか?」
「そうなのです!!」
義母は私の隣に座り、両手を握る。
「領地を盛り立ててくれたフランセットさんには、感謝していますわ。ありがとう」
「い、いえ……」
「これからあなたを妬んで、いろいろ言う人もでてくるでしょうけれど、気にしたら負けですわ」
「はい、そうですね」
義母と話をしたおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。
プルルンが庭にたくさん花が咲いていると教えてくれたので、一緒に庭を散策する。
秋薔薇が美しく咲いていて、目の保養だった。
薔薇は姉の好きな花で、毎日部屋に飾っていたことを思い出す。
そういえば、姉に近況を報告していない。以前までは、月に一度は手紙を交わしていたのに。バタバタとする日々の中で、姉への手紙は後回しになっていたのだ。
ガブリエルと婚約を交わした件について、一度直接話したいと手紙にあった。父が行方不明になったことについても、詳しい話を聞きたいと。
帝国に行ったら二度とここへ帰れなくなるような気がして、ためらう気持ちが大きいのが本音だった。
庭師が薔薇を分けてくれるというので、どれがいいのか選んでいたら、ニコがアレクサンドリーヌと共にバタバタ駆けてきた。
「フランセット様ーー! 急いでお戻りくださいませーー!」
「え?」
あの慌てようはいったい何が起こったというのか。
リコやココに比べて、ニコはそそっかしい。
たぶん、なんでもないような話を聞いて、大事だと勘違いしたのだろう。
「フランセット様、大変です!! 大事件です~~!」
「ニコ、どうかしたの? 落ち着いて話してちょうだい」
「は、はい。そ、その、ドドド、ド、ドラゴン大公、アクセル殿下が、フランセット様を訪ねて、やってきたようです!!」
ニコの報告は、とんでもなく大事だった。




