没落令嬢フランセットは、息抜きをする
下町では凶暴アヒルとして名を馳せていたアレクサンドリーヌだったが、スプリヌ地方へやってきてからずいぶん穏やかになった。
ニコがよく世話をしてくれるのもあるけれど、おそらく彼女は私を守っていたのだろう。
ずっと、気を張っていたのかもしれない。
それを思うと、愛おしくなる。
散歩から戻ってきたアレクサンドリーヌを抱きしめると、優しい声でクワクワと鳴いていた。
改めて、ありがとうと感謝する。
そんなアレクサンドリーヌだったが、ガブリエルへの敵対心は相変わらずだった。
今日も出会い頭に、跳び蹴りをかましていた。
本当に止めてほしいが、相性の問題なのだろう。
なるべくガブリエルとアレクサンドリーヌを会わせないようにと、ニコにお願いしておいた。
セイレーン大公マグリット様から注文があったクッキーは、翌日焼いて送った。
ワイバーン便ですぐに届けてほしいと希望していたので、依頼をしたのだが……。
途中で割れないよう、これでもかと箱に緩衝材を詰めた。
はたして大丈夫だったのか。
と、気にしている間にマグリット様から手紙が届く。送ったその日に受け取り、おいしく完食してくれたそうだ。
代金と共に、さらなる注文があった。前回は三箱注文していたが、次は十箱欲しいと言う。ニコとリコ、それからメイド達の手を借りて、クッキー作りに勤しむ。
ニオイスミレの砂糖漬けクッキーは商品にしたらどうかと、ガブリエルが意見してくれた。さっそく、パッケージの絵をココに依頼する。
クッキーが完成するのと同時に、ココは仕上げてくれた。アレクサンドリーヌの横顔とニオイスミレが描かれている。優雅な雰囲気で、誰もが手に取りたくなるようなパッケージが完成した。
完成したクッキーは丁寧に梱包し、ワイバーン便に託した。
バタバタ忙しくするうちに雨期は過ぎ、スプリヌ地方には初夏が訪れていた。
普段よりも湿気が少なく、雨期に比べて過ごしやすくなったような気がする。
忙しい日々は続いていたものの、ある日ガブリエルに、森にキノコを採りに行かないかと誘われた。
クッキーや砂糖漬けの納品日が迫っていたものの、時には息抜きも必要だと言われる。それもそうだと思い、誘いに応じた。
ガブリエルと共に馬に乗って、キノコの森を目指す。
「キノコ狩りは、毎年行っているの?」
「毎年行っていたのは、子どもの時の話ですね」
「だったら、久しぶりのキノコ狩りなの?」
「ええ、そうなんです」
私があまりにも働くので、心配になって連れ出してくれたようだ。
「私も、けっこう根を詰めて作業するタイプなのですが、フランは私を遥かにしのいでたので、驚きました」
「ごめんなさい。たくさん注文が入るものだから、嬉々として作っていたわ」
「いくら楽しくても、体は休息が必要なんです。まあ、こうして連れ出した場合、心身が休まるかどうかわからないのですが」
耳元でため息が聞こえ、胸がどきんと高鳴る。
この乗馬の距離感には、まだ慣れない。けれども、嫌なドキドキ感ではなかった。
「ガブリエルも忙しいのに、こうして気遣ってくれて、とても嬉しいわ」
「あなたは、頑張り過ぎる性分みたいですからね。王都にいたときもずっと――」
「ずっと?」
「い、いいえ。なんでもありません」
王都での私の頑張りとはいったいなんなのか? 疑問に思ったものの、言葉が途切れたので言い間違ったのだろう。
そうこう話をしているうちに、キノコがたくさん採れるという〝苔の森〟に辿り着いた。
苔の森とは、その言葉のとおり地面や木々にびっしりと苔生した場所である。
森の入り口に管理小屋があり、管理人に馬を預ける。
「森の中にはスライムがいるので、警戒を怠らないように」
鞍に吊していたカゴを手に取る。プルルンが中に入っていて、私の肩へと跳び乗った。
『フラー、いっしょにいこう』
「もちろん」
ガブリエルは負担になるというが、プルルンは拳大の大きさで重さはほとんどない。大丈夫だと言うと、ガブリエルはため息をついていた。
「肩に違和感を覚えたら、いつでも言ってくださいね」
「わかったわ」
苔の森は普通の森とは大きく異なる。苔が生えた地面はふわふわで、毛足の長い絨毯とは異なる不思議な踏み心地だ。
森の中には、色とりどりのキノコが生えていた。
これまで見たことがない、童話的な光景が広がっている。妖精か何かが、木の陰からひょっこり顔を覗かせそうな雰囲気の森だ。
「赤、黄色、緑! 色とりどりのキノコが生えているわ!」
「フラン、はしゃぐのはけっこうなのですが、滑らないように注意してくださいね」
「ええ、だいじょう――きゃあ!」
さっそく足を滑らせてしまったものの、ガブリエルが受け止めてくれた。
腰に腕が回され、傾きかけていた体はぴたりと止まる。
ガブリエルは一見して細身であるものの、私ひとりを難なく支えられるほどの筋肉が付いているようだ。着痩せするタイプなのかもしれない。
「あ、ありがとう」
「危ないので、私の腕に掴まりながら歩いてください」
「そ、そのほうが、いいかもしれないわね」
そんなわけで、ガブリエルに身を寄せながら歩くこととなった。
夜会以外で、こうしてエスコートされるのは酷く恥ずかしい。
うっかりはしゃいで転びそうになったので、こうなってしまったのだ。
ガブリエルはキノコ博士かと思うくらい、キノコに詳しかった。
「これはコショウ茸です。ただ焼くだけで、コショウを振って食べるような味がします」
「へえ、スープに入れたらおいしそう」
「ここでは、肉料理の付け合わせに使います」
他にも、甘酸っぱい果物のような味わいの柑橘キノコ、口の中でパチパチ弾ける不思議な食感の破裂キノコ、お肉のようにジューシーなステーキ茸などなど、スプリヌ地方にはたくさんの食用キノコが自生しているようだ。
進むにつれて、森は薄暗くなっていく。
ガブリエルが魔物避けの魔法を展開させているため、スライムとは一匹も出くわさなかった。
「ねえ、ガブリエル。こんなに森の奥へ進んで、大丈夫なの?」
「ええ。フランに、見せたいものがあるんです」
「何かしら?」
「見てからのお楽しみです」
そこから歩くこと十分。遠くに、淡く光る何かを発見した。
「あれは――?」
「光り茸です」
薄暗い森の中、光るキノコがあった。
鬱蒼とした森の中で光るキノコ。それはまるで、満天の星のような美しさである。
「きれいだわ」
「ええ」
ガブリエルが幼少期に、森の中で迷子になったさいに発見したのだという。
その後、スライムに場所を探させて、今日、久しぶりにやってきたらしい。
「ここにきてからずっと、フランに見せようと思っていたんです」
「そうだったのね。本当に、美しいわ」
しばし、うっとりと見つめてしまう。
「フラン、この光り茸、実は食用なのです」
「え、食べられるの?」
「ええ。コリコリとした食感で味わい深く、非常においしいのですが。食べてしまうと――」
「どうなるの?」
プルルンが私の肩から下り、何を思ったのか光り茸をぱくんと食べた。すると、プルルンの体が淡く光り始める。
「まあ! プルルンが光ったわ」
「そうなんです。この光り茸は口にすると、光り輝くのですよ」
プルルンがぽんぽん跳ねると、流れ星のように光が尾を引いていた。
心が洗われるような景色を前に、これこそ休息なのだろう。
「ガブリエル、ありがとう」
「いえいえ」
今日のところはしっかり休んで、また明日から頑張ろうと思った。




