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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
第三章

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没落令嬢フランセットは、義母と話す

 話しぶりからアクセル殿下とはそこまで打ち解けた関係ではなかったのに、ガブリエルには悪いことを頼んでしまった。

 もしも、知人から同じように、アクセル殿下に贈り物を渡してほしいと頼まれたら、私も腹を立てるかもしれない。

 引き受けてくれるというので、今回に限っては甘えることにした。


 さっそく、クッキー作りを開始する。

 いつものクッキーではつまらない。スプリヌ地方特有の材料を使ったクッキーにしよう。

 それは、トウモロコシ粉を使ったクッキーである。

 まず、室温に戻したバターをクリーム状になるまでかき混ぜ、砂糖と塩を少しずつ加える。これに、小麦粉とトウモロコシ粉をふるい入れて、生地がまとまるまでこねていく。

 生地がしっとりしてきたら棒状にして、濡れ布巾に包んで魔石冷凍庫の中で保存。

 三十分後、棒状の生地をナイフで輪切りにしていく。油を塗った鉄板に並べ、十五分ほど焼いたら、スプリヌ地方風クッキーの完成である。


 粗熱が取れたら、ちょっとした加工をする。

 クッキーの表面に、グラス・ロワイヤルと呼ばれるアイシングを施すのだ。

 作り方は簡単。粉砂糖に卵白を加えて、レモン汁を絞って混ぜるだけ。

 アクセル殿下のクッキーには、表面にグラス・ロワイヤルを塗ったあと、ニオイスミレの砂糖漬けを飾る。

 ガブリエルの分は表面にグラス・ロワイヤルを塗ったあと、食紅で色を付けたグラス・ロワイヤルでプルルンの顔を描く。とても可愛く描けた。

 最後のひとつは、ハートを描いてみた。それを、ガブリエルに渡す箱に詰める。

 深い意味はない。そう思いつつ、蓋をした。

 アクセル殿下の分には、箱に飾り付けたリボンに感謝の気持ちを書き綴ったカードを挟む。  


 気まずいが、直接持って行ったほうがいいだろう。

 執務室へ向かったものの、誰かと水晶通信をしているようだった。

 クッキーはスライム達に託しておく。


 王都へ発つ準備があるというので、ガブリエルは夕食の席にもいなかった。

 なんだか、避けられているように思えるのは気のせいだろうか。

 心配だったので義母に聞いたところ、毎年こんなもんだという。

 少しだけ、安心した。


 翌日――義母と共にガブリエルを見送る。

 プルルンは留守番するようで、触手を伸ばしぶんぶんと手を振っていた。

 旅行鞄を持ったガブリエルは、呆れた表情で私達を振り返る。


「たかが三日いないだけなのに、大げさな見送りですね」

「よいではありませんか」


 気まずい気持ちは、今日も引きずっていた。ガブリエルも、機嫌がいいようには見えない。


「フラン、クッキー、ありがとうございました。大事に食べますので」

「え、ええ」

「アクセル殿下にも渡しますので、ご安心を」

「お願い、します」


 ぎこちない空気のまま、別れることとなった。

 ガブリエルの体は光に包まれ、消えていった。


 ふーとため息をついていたら、義母にポンと肩を叩かれる。


「お茶にしましょう」

「はい」


 昨日、アクセル殿下に作ったクッキーと同じものを、茶請けとして出してみた。


「まあ! とっても愛らしいクッキーですわ」


 義母に好評で、落ち込んでいた気持ちが少しだけ明るくなる。

 香り高い紅茶を飲んで、ざわついた心を落ち着かせよう。そう思って紅茶を飲んだ瞬間、思いがけない質問を投げかけられた。


「あなた達、喧嘩していますの?」

「あ、えっと、いいえ。喧嘩はしておりません」


 危うく噴き出しそうになったものの、なんとか飲み込めた。

 胸を押さえつつ、ガブリエルと気まずくなった事情を話す。


「その、ある頼みごとを、してしまいまして」

「なんですの?」

「アクセル殿下に、クッキーを渡すようにとお願いしたのです」

「ああ、なるほど」


 それだけで、義母はピンときたという。


「フランセットさんは、息子にクッキーを作ると伝えた。すると、息子は大いに喜んだ。ここまで、合っていますか?」

「はい」

「そのあと、続けてフランセットさんは、アクセル殿下にも渡すようにお願いしたと。それを聞いた息子は、途端に不機嫌になった。間違いありませんか?」

「ええ」


 義母は急に高笑いする。いったい何が、面白かったというのか。


「ああ、おかしいったら」

「あの、何かおかしな点があったのでしょうか?」

「ええ。息子は、アクセル殿下に嫉妬したのですよ」

「嫉妬、ですか?」


 義母は眦に涙を浮かべながら、ガブリエルが感じたであろう気持ちを解説してくれた。


「息子は、フランセットさんが自分のためだけにクッキーを焼いてくれると、勘違いしたのです。けれども実際は違った。アクセル殿下にも渡すと聞いて、特別ではないと知り、悔しくなったのでしょう」

「えーっと、そういうことって、あるのでしょうか?」

「十分、あると思います。ちなみに、フランセットさんとアクセル殿下の関係をお聞きしてもよろしい?」

「関係と呼べるようなものはないかと……」


 私はアクセル殿下の兄であるマエル殿下の婚約者だった姉の妹。それだけで、ずいぶん気に掛けていただいた。

 これまでアクセル殿下がしてくれたことを、包み隠さず話す。


「なるほど、なるほど」


 なんでもガブリエルはアクセル殿下に対して、劣等感のようなものを抱いているのではと、義母は推測しているらしい。


「以前、ガブリエルがアクセル殿下に対しての印象を聞いたときに、自分には持っていない人望や人格、強さがある人だと、嫉妬丸出しで語っていたのですよ」


 そんな相手に、私がクッキーを焼いたと聞いて、面白くないと感じたのだという。


「あ、ですが、彼に渡したものと、アクセル殿下に渡したものは別なんです」


 アクセル殿下には、スプリヌ地方を知ってもらおうとニオイスミレの砂糖漬けを飾ったクッキーを贈った。


 ガブリエルにはニオイスミレの砂糖漬けが苦手なようだったので、プルルンの顔を描いたクッキーを渡したのだ。


「その、プルルンのクッキーは彼だけに作ったものなので、とても、特別だと思います」

「あらあら。それを、息子に聞かせてさしあげたかったですわ」


 もう、遅い。ガブリエルは王都へ経ってしまった。


「息子は完全に、アクセル殿下をライバル視しているでしょう」

「そ、そんな!」


 ガブリエルが気にするような関係ではないのに……。


「それにしても、アクセル殿下はどういうおつもりなのでしょうか? 女性の家に訪問するなんて、やりすぎですわ」

「よほど、心配だったのでしょう」

「心配ねえ」


 ひとまず、ガブリエルが帰ってきたら、クッキーについて説明しよう。

 そう心に誓ったのだった。

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