第三話 私に死に場所を与えてくれると申されるか!
少しストックたまったので更新します
かつてオウミの勇と呼ばれたロッカク・ヨリサダ国王は、もはや仕えるべき主ではなくなっていた。帝国の滅亡と共に領民に弾劾された国王は、国外へと逃亡したのである。しかし彼は、その逃避行の最中に気が触れ、自らの命を絶ってしまったのだ。
共に王に寄り添い、時には追い剥ぎと勇敢に戦った家臣さえ、そのあまりの情けなさに皆、気力を失って散り散りになった。残された彼もまた、死に場所を求めて山中を彷徨う日々が続いていた。
そんな折である。
「元オウミ王国、庭番頭のモチヅキ・イズモ殿とお見受け致します」
「何者か!」
「タケダ王国第五王妃、タケダ・ウイと申します」
「タケダの王妃……だと?」
彼は刀を抜いて、王妃と名乗る得体の知れない影に相対した。影、というのは、彼女の姿がうっすらと透けていたからだ。
「私のこれは幻術です。刀は通りません」
「幻術……確かにタケダの王妃の中に幻術を使う者がいると聞いたことがある」
言いながら、彼は素直に刀を鞘に収めた。幻術相手では刀は役に立たないからだ。
「して、タケダの王妃殿下が某に何用か?」
「貴方は主を亡くし、死に場所を探しているようですね」
「それがどうした?」
彼にとってタケダは、主が信望していた帝国を滅ぼした怨敵である。いくら死に場所を求めていたとはいえ、敵に与する謂われはないのだ。そして幻術には刀は通用しないが、本体は別だ。幻術が使われるところ、本体は必ず近くに潜んでいる。彼は注意深く辺りを窺っていた。
「無駄ですよ」
だが、王妃を名乗る影は、そんな彼の思いを嘲うかのように口元に笑みを浮かべる。
「無駄かどうかは試してみるさ。奥義、葉隠れ破り!」
声と共に周囲の落ち葉が竜巻の如くに舞い上がった。この術は幻術と現実の隙間を突き破る。これで影が消え、術者の姿が浮かび上がるはずだ。いや、浮かび上がるはずだった。
「無駄と申しましたのに」
「な、何故だ!」
「幻術と申しました私の言葉を素直に聞いておけばよかったものを……」
目の前の影は、初めの優雅な笑顔から一転、薄気味悪い、背筋の凍るような笑みに変わっていた。
「私の家名はアザイ。帝国に滅ぼされたアザイ家の姫でございますの」
「アザイの姫……だと? 確か一族は家臣もろとも全て殺されたのでは……」
「その通りですわ。私は海蝕洞に幽閉され、地縛霊となって苦しんでいたところを、今のタケダの王、我が夫に救われましたの」
「で、ではお前……貴女はもしや……!」
「ええ、お察しの通り、この世の者ではございません」
イズモはあまりに現実離れした話に、腰を抜かさずにはいられなかった。彼の長い忍びの経歴の中でも、幽霊を相手にしたということはなかったからである。もちろん、そんな話は一族の歴史に於いても聞いたことはない。
「そ、その幽霊殿下が、わ、私に何の用か!」
「幽霊殿下……その呼び方は少々気に入りませんわね」
「し、失礼した。で、王妃殿下は私に……?」
「自ら死を選べばその土地に縛られ、悠久の時を地縛霊として過ごさなければならなくなります。ですが我が夫、タケダの王はそれを癒す術をお持ちですの。この意味がお分かりですか?」
「う……ま、全く分からん」
「地縛霊とは、死んだ時の姿のまま、苦しみ続ける魂のありよう。仮にこの地で貴方がお腹を召されれば、その痛みが、苦しみが、永遠に続くとお考えになればよろしいでしょう」
「死ねばそのような苦しみは……!」
「苦しみがなくなるというのは天国に生まれ変わること。自らの命を絶っておいて、天国に生まれ変われるとでも思っているのですか?」
何かの宗教的な話のようではあるが、言われた通り、自殺して天国にいけるとは思えない。何より目の前の王妃が嘘を言っているとは、到底思えなかった。
「ではお前……殿下は私にどうせよと?」
「タケダの城を訪ねなさい。私の名を出せば陛下は会って下さいます」
「私に、タケダに仕えよと申されるか?」
「帝国は貴方に何を与えてくれましたか? 我が夫は、貴方が望む死に場所を与えてくれますわよ」
「ま、真、私に死に場所を与えてくれると申されるか!」
「ええ。死にたくないと思えるほどに」
言うと王妃の姿が消え、代わりに道しるべのように木々が一方向を示す光を発し始めた。イズモはその光に導かれるように、山中を進むのであった。
次回、第四話『あの距離では私にもどうにも出来ませんでしたわよ』
11/2(土)更新予定です。




