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第五話 手をつないで下さい!

 キュウゾウがシナノの姫を城に送り届けたその日の夕刻も、彼は恋人のアマノ・カスミを迎えに来ていた。これがこのところの彼の日課である。だが、彼女が仕事を終えるまでにはまだ少し時間があった。そこでかねてから気になっていた、城門脇の靴磨き屋で靴でも磨いてもらおうかと考えたのである。


「邪魔するぜ」

「あ、はい、いらっしゃいませ」


 噂には聞いていたが、確かに店で声を返してきた少女は盲目のようだ。しかし、その表情には曇りの欠片(かけら)すら見当たらない。


「すまねえが、靴を磨いてくれるかい?」

「はい。ではそちらに腰かけて頂いて、靴を脱いで見せて頂けますか?」

「うん? 履いたままじゃだめなのかい?」

「申し訳ありません。私はこの通り目が見えないので、一度靴を触って汚れを確かめたいんです」

「そうだったのか。分かったよ」


 悪いことを言わせたかと思ったが、特に少女が気にしている様子はない。恐らくいつものことなのだろう。


 キュウゾウは靴を脱いで彼女に手渡すと、店の中をぐるりと見回した。


『城に入る者、よく身なり清浄(しょうじょう)に。(こと)足元に(けが)れなきよう。タケダ王国国王タケダ・イチノジョウ』


 その壁の一角に、国王の名が書かれた墨付きを見つける。一膳(いちぜん)飯屋(めしや)といい、あの国王が墨付きを与えたのなら、この靴磨きの少女も間違いのない職人ということだろう。


 彼の思った通り、少女は靴の汚れを的確に落としていった。目が見えていないとは思えない仕事ぶりである。元々が高価な物とは言い難い彼の靴ではあったが、仕事が終わった時には新品に近い仕上がりとなっていた。


「驚いたな。これほどまでに奇麗になるとは……」

「恐れ入ります」

「代金はこれでいいかい?」

「はい、ありがとうございます」

「俺は目明(めあ)かしのキュウゾウってモンだ。城にはほとんど毎日のように来ているから、困ったことがあったらいつでも相談しな」

「ありがとうございます、親分さん。でも、私なら大丈夫です」

「うん? 何でだ?」

「いつも国王様とお(きさき)様が気にかけて下さっておりますから。親分さんは彼女さんをしっかり護ってあげて下さい」


 キュウゾウはいきなりの少女の言葉にに焦らずにはいられなかった。何故初めて会ったこの靴磨きの少女が、自分のことを知っているのか。


「うふふ、親分さん、私にはお城に大勢のお友達がいるんです。その皆さんが、親分さんとカスミさん? のことを教えてくれたんです」


 まるで彼の心の中を見透かしたかのように、少女は微笑みながらそんなことを口にした。いや待て、それよりも彼女の口ぶりでは、自分とカスミのことが城中に知れ渡っているということになるではないか。


 だがキュウゾウは気づいていなかった。これだけ毎日カスミを迎えに来ているのだ。そんなことをしていれば、誰の目に留まってもおかしくないということを、である。まして二人はカスミの家までの道程を楽しそうに歩いていくのだ。


 今やキュウゾウとカスミの恋は王城のみならず、城下では知らぬ人などいないほどの噂となっていた。


「あら、親分さん、こちらでしたか」

「え? あ、か、カスミ殿」

「うふふ。親分さん、がんばって下さいね」


 靴磨きの少女おマサに言われ、キュウゾウは真っ赤になって店を出る。


「どうしたんですか、親分さん? 顔が真っ赤ですよ。具合でもお悪いんじゃ……」

「い、いや、何でもねえよ。行こう、カスミ殿」


 自分の額に当てようとするカスミの手を握って、キュウゾウはスタスタと歩き始める。そんな様子だから彼もまた、手を握られたことで頬を染めている彼女の表情に気づくことはなかった。


「な、なあ、カスミ殿……」

「ひゃっ! は、はい!」

「うん? どうした?」

「い、いえ、何でも……」

「あのよ、俺たち、何だかお城で噂になってるみてえなんだが……」

「え? あ、そうですね。私もたまにからかわれますよ」

「そうなのか?」

「ええ。それがどうかされましたか?」

「どうかされましたかって……恥ずかしくねえのかい?」

「恥ずかしい? 何がです?」

「いや、だって俺なんかと……」

「親分さん!」


 そこでカスミが立ち止まり、急に大きな声を上げる。これにはキュウゾウも驚いたが、その拍子に彼は彼女の手を握ったままであったことに気づいて、慌てて手を放した。


「な、何だい、いきなり?」

「俺なんかとは何ですか!」

「いや、だってよお……」

「だっても取っ手もありません! いいですか、親分さん!」

「は、はい!」


 カスミの剣幕に、思わずキュウゾウが直立不動となる。


「仮にも親分さんは、陛下から腰の物を(たまわ)った(まれ)なるお人なのですよ」

「……」

「そのような親分さんが、ご自分をなんかとは、陛下に申し訳ないと思わないのですか!」


 キュウゾウはハッとした。確かにこの腰にある刀は、あの国王が自分に与えてくれた物だ。それは城下の治安を任せると言われたに等しいことなのである。


「それに!」

「え、まだあるのか……」

「あります!」

「ひっ!」

「親分さんはその……私が好きになったお方です! そのお方と噂になって、何が恥ずかしいと言うのですか!」


 カスミの口調は相変わらず強めだったが、顔は真っ赤に染まっていた。そんな思いをさせて彼女にここまで言わせてしまうとは、何とも不甲斐(ふがい)ないとキュウゾウは自分を恥じる。


「そ、その……すまねえ」

「分かって頂けましたか?」

「ああ、分かった、分かったとも!」

「では……」


 言いながら彼女はすっと手を差し出す。


「うん?」

「もう一度……」

「もう一度?」

「もう一度、手をつないで下さい!」

「あ……」


 この日以降、夕暮れの城下では、二人が手をつないで歩く姿がしばしば目撃されるようになるのであった。


次回更新は10/5(土)21:00の予定です

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