第八話 何か困り事でもあるのですか?
「こ、こちらのお屋敷はまさか……」
「ええ、マツダイラ殿のお屋敷ですよ」
「え、ええ?」
メイド服を着たまま馬車に乗せられ、連れてこられた先がマツダイラの屋敷と知ったエマは、半ばパニック状態に陥っていた。
「お、王妃殿下……!」
「少々込み入った事情でマツダイラ殿の家政婦をやらなければならないのですが、まさか私が、というわけには参りませんでしょう?」
「それは仰せの通りだと思いますが……」
「そこでこれからあなたにマツダイラ殿のお屋敷の家政婦をお任せしようかと思うのです。もちろんお城でのお給料とは別に、一日大銀貨二枚が支給されます」
「そ、そんな!」
「これは陛下もご存じのことですから安心なさい。エマさん、あなたマツダイラ殿のことが好きなのでしょう?」
「え? な、何故それを……!」
「大丈夫ですよ。マツダイラ殿には話しておりませんから」
慌てふためくメイドの姿に、ユキはヒコザと出会った頃のことを思い出していた。あの時はまさか自分が彼の許に嫁ぎ、子まで授かるとは思ってもいなかった。それが今では妻はおろか一国の王妃である。人の運命とは分からないものだと、改めて実感させられるのも無理はないだろう。
「今日はマツダイラ殿もお休みで屋敷に居られます。しっかり挨拶するのですよ」
「で、ででで、でも……」
「これは私の命令です」
そう言うとユキは間髪入れずにドアノッカーを鳴らした。その音にものの数秒で扉が開く。マツダイラも王妃を待たせてはならないと慌てて出てきたようだ。しかも休日とは思えない正装である。
「ユキ妃殿下! 誠においで下されたのですか?」
「私は陛下の妻ですよ。決して約束を違えることはありません」
「し、しかし……」
「そうそう、今日はお城からメイドを一人連れて参りました」
言葉と共にユキはエマを伯爵の前に押し出す。
「ん? この者は誰ですか?」
「私の代わりに家政婦の仕事をする者です。さあエマさん、自己紹介を」
「は、はは、初めまして! トウノ・エマとももも、申します!」
「トウノ・エマ? うむ。お前が殿下に代わって家政婦をしてくれると言うのだな?」
「は、はい!」
「そうか」
どうやらマツダイラは王妃に家事をさせなくて済むと分かってほっとしているようだ。悪くはないが、それではわざわざエマを連れてきた意味がない。そこでユキは考えを巡らせた。あの人ならこんな時どうするだろう、と。
「マツダイラ殿、エマさんは実は花嫁修業を望んでいるのです」
「お、王妃殿下!」
「ですから彼女を貴方の花嫁として、扱ってやっては頂けませんか?」
「は? わ、私の花嫁、でございますか?」
そこでようやくマツダイラはメイド服のまま真っ赤になって縮こまっているエマを見つめた。
「マツダイラ殿が娶るなら、という前提で構いません。色々教えて差し上げて下さい」
「トウノ・エマ殿と申したな」
「はい……」
「その、エマ殿はそれでいいのか?」
「は、はいっ!」
頬を赤らめたまま、それでもしっかりと目を見ながら応えた彼女に、マツダイラは思わずドキッとさせられてしまった。
「今日は私と侍女のユカリもおりますが、明日からはエマさん一人で参ります。よろしいですね?」
「陛下にお許し頂いた私の休暇も明日までですから、それ以降は誰もおりませんが……」
「ならば今後は朝の支度をしてもらってからエマさんと共に登城なさい。エマさんはその後午前中はお城で働いて、午後は一足先にこちらに来てお夕食までご一緒したら帰ればよいでしょう」
「しかしそれではエマ殿に負担が……」
「私は構いません!」
「マツダイラ殿は毎朝馬で登城でしたね?」
「はい」
「では朝はエマさんも乗せてきてあげればよいでしょう」
「それは構いませんが……」
「う、馬に!」
そこで侍女のユカリがふと思いついたように手を挙げる。
「ユカリさん、どうしました?」
「はい。あの、それでしたらいっそのことエマさんはマツダイラ閣下のお屋敷に住み込まれては、と思ったのですが……」
「は?」
これにはさすがにマツダイラも焦っているようだが、当のエマはすでに乗り気の様子だ。
「エマさん、お住まいは?」
「はい、お城にお部屋を頂いております」
「それならこちらに住み込みでも問題ありませんね?」
「はい!」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
「あらマツダイラ殿、何か困り事でもあるのですか?」
「いきなり住み込みなどと……」
「エマさんに住み込まれるのは嫌だと?」
思わずマツダイラはエマの顔を覗き込んだ。すると彼女は拒否されるのではないかと、今にも泣きそうな表情になっていた。
「け、決してそのようなことは……」
「では明日からはそのように。エマさん、今日の仕事を終えたら住み込みの準備をしておいて下さいね」
「はい!」
これでエマがマツダイラの屋敷に、家政婦として住み込みで働くことが決まった。朝は一度マツダイラと登城し、昼には屋敷に戻って家事をやるという流れだ。
「メイド長さん、そういうわけで明日から私はお昼で上がらせて頂くことになりました」
「王妃殿下からもそのように伺ってましたけど、理由はそれでしたか」
「はい」
「分かりました。真面目なあなたのことですから、きっとマツダイラ閣下のお役に立てることでしょう。掛け持ちは大変でしょうけど、頑張って下さいね」
「はい!」
翌日の早朝、エマは特別に許されて馬車を使い、大荷物と共にマツダイラの屋敷に向かうのだった。




