18日目 観光と失礼⑦
これは、とある男の旅路の記録である。
「戻ったぞ、クロノス」
「あっ、律。たくさん撮れた?」
この世界の復元された城やその周辺などを思う存分カメラに収めることが出来、満たされた気持ちで戻ってきた俺を、両手を頭の後ろに回してつまらなそう顔で待っていたのであろうクロノスが出迎えてくれた。
「あぁ、お前のお陰でたくさん撮れたぞ。ほら、見てみるか?」
「いや、良いよ」
「そっ、そうか……」
そう言えば俺、こいつに撮った写真を見せたこと無かったな。単に興味が無いんだろうけど。
時司でいる時は、満面の笑みで俺にデジカメで撮った写真を見せてくるんだけどな。
クロノスに気づかれない程度の小さい溜息をつくと、写真撮影でこの場所を離れる直前に言われたことを思い出した。
「それで、ご褒美って何だ?」
「あぁ、そのことなんだけど……その前に、【駐車場】って場所まで戻らない?」
「別に構わんが……良いのか?」
「『良いのか?』って?」
「だって、ほら……」
時の止まった状態で別の場所に移動してしまっては、時間が動き出した時に何かとパニックなるのでは……
戸惑いながら周りを見回す俺を見たクロノスが、同じように俺以外に目を向けると納得の表情を見せた。
「あぁ、そういうこと。それなら大丈夫だよ」
「本当か? 時が再び動き出したら、この世界が滅茶苦茶になるとか無いよな?」
『世界が滅茶苦茶なる』はさすがに言い過ぎかもしれないが。
「世界が滅茶苦茶? そんなこと、時の神様である僕がするわけないでしょ」
「そう、だよな……」
「そうだよ。それじゃあ、行こうか」
少しだけ口角を上げたショタ神様は、両手を頭の後ろに回したまま歩き出したので、後を追いかけるように一歩を踏み出した。
「それで、ご褒美って?」
無事に駐車場に辿り着いた俺とクロノスは、仲良くドアロックを解除して車に乗り込んだ。
「その前に、もう一つだけ良いかな?」
「あぁ、別に構わんぞ」
いつものクロノスにしては、随分とじらすなぁ。
「律、目を閉じて」
「えっ、あぁ……」
少しだけ戸惑いながらクロノスの言う通り目を閉じた途端、隣から聞き慣れた音が聞こえてきた。
パチン!
「律、目を開けて良いよ」
「ん?……っ!?」
遠くから聞こえてきた賑やかな音と楽し気な笑いを含んだ声に導かれて、ゆっくりと目を開けると、眼前に広がる光景……突如現れた巨大テーマパークに思わず目を疑った
「クロノス、これって……!?」
「フフッ。これが、僕から律への【ご褒美】ってやつだよ」
そう言って助手席から手渡されたのは……この世界の巨大テーマパークのチケットだった。
「クロノス、どうしてこれを?」
予想外のご褒美に困惑しながらチケットを受け取ると、時の神様の笑みが深くなった。
「それは、律が今日一日、僕の為に色々と動いてくれたからだよ」
「俺が動いた?」
俺、クロノスからご褒美を貰える程のことをしたか? むしろ、行く先々で俺がこの世界の住人達と対立したいた所為でクロノスに迷惑をかけてばかりだった気がするが。
「そうだよ。だって、僕と部下達が用意してくれた車を運転してくれたし」
「それは、元のいた世界で運転していたから、その流れで運転役をやることになったわけで……そもそも、お前と部下達が車を用意してくれなかったら、今日一日こんな自由に色んな場所に行けなかった」
移動手段を予め用意してもらえて感謝しかないなかった。
「そう? それに、今日の律、色んな人間から色んなことを言われたでしょ」
お前、気にしてくれていたんだな。
時の神様が俺のことを気にかけてくれていたことに、何故だか安堵した気持ちになった。
「まぁ、そうだが……あんなの別に気にしないだけでいいだけだ」
「そうなんだね。でもまぁ、今日の律は色々と【頑張った】ってことだから、そんな頑張った律に、僕からご褒美をあげたっていいでしょ?」
「そう、なのか?」
お前からこうしてまた何かを貰えるってこと自体が、俺にとって何だかだか申し訳なく思えるんだが。
ここに来てからずっと困惑している俺に、時の神様が何の気なしに本音を口にした。
「あと、単純に僕が律と一緒にこの世界の巨大テーマパークに行ってみたかったし」
なるほど、本音はそっちでしたか。
好奇心旺盛なショタ神様の本音に苦笑いを浮かべると、受け取った巨大テーマパークのチケットに視線を落とした。
確かに今日一日、2つの観光地に行って、行く先々で色んなことを言われたが……
チケットから再びクロノスに視線を戻してみると、不思議そうな顔で俺のことを見ている視線とかち合った。
「どうしたの、律? 突然黙って」
このショタ神様からこんな素敵なご褒美が貰えるのなら、今日一日で感じて我慢した不平不満や怒りを『頑張り』として報われたってことで水に流しても良いのかもしれない。我ながら、単純だなと思うが。
そう思い至った俺は小さく笑みを零しながら、助手席に座っている神様の頭を小さく撫でた。
「いいや、何でもない。ありがとう、クロノス」
「うん。どういたしましてだよ、律」
「そう言えば、巨大テーマパークに入るのにこれだけで足りるのか?……はっ! もしかして、神社や城を訪れた時と同じで、ここも『余所者だからお断り!』って場所なのか!?」
だとしたら、ご褒美じゃないからな!
「違うよ。ここは、観光客専用の巨大テーマパークだから安心して」
「あぁ、観光客専用の……って俺たち、この世界では観光客じゃねえよな!?」
今日会ったお姉さん達も、俺たちのことを『観光客』じゃなくて『余所者』って言ってたし!
「フフッ、そこは時の神様である僕がどうにかしてるから大丈夫だよ。だから律は、僕から貰ったチケットと観光客専用カードを【受付】って呼ばれる場所に立っている人間に素直に渡せば良いよ」
「そっ、そうか……」
さすが時の神様。チート能力を遺憾なく発揮しますね。
「それと、今日はこの巨大テーマパークの近くにあるホテルに泊まることにしたから」
「えっ、この世界でもかよ!? というかお前、いつホテル予約なんてしたんだよ?」
「律がさっき写真撮影している間にだよ。もちろん、律の名前で部屋を取ったから」
「……この神様、本当何なんだよ」
時の神様の人智を超えた力に思わず出た溜息は、2人で仲良く車の外に出た時に響いたドアを閉める音にかき消させた。
旅行18日目
今日は、クロノスの提案でこの世界の観光地巡りをすることになった。
あの世界にいた頃もクロノスの提案で観光地巡りをすることになったが……まさか、この世界に来ても同じことになるとは。『我ながら不甲斐ない』と思った。
そんなことを思いつつ、クロノスと部下達が用意した車を運転して、クロノスのナビで巡った観光地は、神社に復元された城に巨大テーマパークだった。
何だか、あの世界にいた頃に巡った観光地と同じ順番で巡ったな。
だが、行く先々で出会った人達に何かと言われた。しかも、出会った人達全員が俺と時司の名前も知っていた。怖すぎる。
しかも、【自分達の身の安全を守る】という傲慢が極まった大義名分で観光客に対してGPS付きのICカードを渡し、観光客の動向を住人達がいつでも見ることが出来るシステムを取っているらしい。
そうすることで、観光客と住人達を区別し、観光客の行動を自分達で管理しているとのこと。
クロノスもこの事実を知っていたから、この世界における俺とクロノスの立ち位置を『観光客』にしなかったようだが、有能な神様に感謝だな。俺も、この世界の住人達に24時間行動を監視されるのは、真っ平ごめん被る。
正直、『常軌を逸している』とか思えないが……どうやら、この世界の住人達も、あの世界の住人達と同じように余所者に対して異様に厳しいらしい。
あの世界にいた頃も思ったが、どうしてこの世界の住人達も余所者に対する態度が異常なのだろうか?
それはまぁ、この世界を旅行すれば分かることなのだろうけど。
ちなみに、クロノスの計らいで最後に訪れた巨大テーマパークは、時の神様の力が働いたおかげなのか純粋に楽しめた。
時の神様からのご褒美、最高!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




