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18日目 観光と失礼⑥

これは、とある男の旅路の記録である。

 パチン!!




 聞き慣れた音が耳に届いた瞬間、色彩豊かだった世界が一気に白と黒だけの世界に変わった。


 あぁ、ここは……


 不気味としか思えない光景に不覚にも胸を撫で下ろしてしまった俺は、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込むと、こちらに来た金髪碧眼の美少年が見下ろしてきた。



「大丈夫? 律」



 不思議そうな顔をするショタ神様に、俺は小さく笑みを零した。



「これが大丈夫に見えるか? クロノス」

「神様の僕には人間のことは今一つ理解出来ないけど、今の律がいつもの律とは少しだけ違うってことだけは理解しているよ」



 それだけ分かれば十分だ。





「クロノス、単刀直入に聞く。【観光客用カード】って何だ?」

「【観光客用カード】?」

「そうだ、さっきのお姉さんが言ってただろ? 観光客用に配布されているカードのことだ」

「観光客用カード……あぁ、あれね」



 この世界から一時的に解放されたことに安堵してその場で胡坐を掻きながら聞くと、ショタ神様は顎に人差し指を当てながら思い出すような素振りを見せてすぐに、納得したような表情を見せると呆れたような笑みを浮かべた。



「クロノス、知ってたんだな?」

「まぁね」



 そうだろうと思った。


 大きく溜息をつくと、キッと目の前の神様に鋭い眼差しを向けた。



「だったら、どうしてそのカードを俺に渡さなかったんだ? あれがあれば、俺がお姉さんに冷たく言われることも、お前がお姉さんに拉致されそうになることも無かったんだぞ?」



 正直、時司(クロノス)がお姉さんに連れて行かれそうになった時は一瞬だけ肝が冷えた。



「そもそも、俺たちはこの世界では『旅行者』なんだから、持っていてもおかしくなかったはず……」

「ねぇ、律」



 熱弁を繰り広げている俺のことを、クロノスが冷たい声で遮った。



「どうして、僕がそんな代物を使わなかったと思う?」

「そっ、それは……」



 クロノスの冷気を帯びた声で一気に頭が冷えた俺は、少しだけ怯えを感じながら考え込むように自分の口元を片手で覆った。


 確かに、そんな代物があるのだと分かっていたとしたら、迷わず使うはずだ。だとしたら、どうして……



「確かに、【観光客用カード】なんてものを使っていれば、僕と律が引き離されるなんてことにはならなかったと思う。でもさ……」



 答えに辿り着こうと必死に頭を動かしている俺に冷たい表情をしたクロノスがそっと顔を近づけた。



「もしそれが、人間を区別する為のものであり、人間の行動を縛る【枷】と呼ばれるものだとしたら……律は使いたいと思う?」





「人間を区別するものであり行動を縛る枷?」



 どういうことだ?


 クロノスの告げた真実に言葉を失いながらも首を傾げた俺に、満足そうな笑顔を浮かべたクロノスが、近づけていた顔を離して俺に背を向けるとそのままお姉さんの方に歩き、お姉さんの隣まで行くと振り返りながら立ち止まった。



「そうだよ。とりあえず、【実物】ってやつを見せないと分からないと思うから今から出すね」




 パチン!




 クロノスが軽く指を鳴らすと、胡坐を掻いている足の上に突然何かが落ちてきた。



「うわっ! 何だ!?」



 足の上に何かが乗ったのを感じて驚いた俺は恐る恐る重さを感じた方を見下ろすと、そこには銀色の長方形の板が吊り下げ名札の透明なカードケースの中に入った状態で置かれていた。



「『何だ!?』って、これが律の『欲しい』って言った観光客用カードだよ」

「これが、観光客用カード?」



 というか俺、『欲しい』なんて一言も言ってない。


 どこからともなく落ちて来た薄いカードをカードケースに入った状態でゆっくりと両手で持って目の前に掲げると、表面にははっきりと【観光客用カード】と書いてあるのが見えた。



「なぁ、首から下げられるストラップがあるってことは、これをぶら下げていれば観光客としてあちこち行けるのか?」

「あちこち……ではないけど、ある程度の場所なら行けるよ。ちなみに、それは絶対にぶら下げておかないといけないよ。観光客と認識されないからね」

「えぇ……」



 クロノスの言葉に不快感を覚えると、再びカードに目を落とした。


 何とシンプルで、そして何とでかでかと書かれているのだろうか。こんなダサいカードをぶら下げて色んな場所を歩きたくない!



「ねぇ、律。これを見てどう思った?」

「正直、『これをぶら下げて歩くのはちょっと……』って思った」

「まぁ、そうだよね」



 分かってなら聞くんじゃねぇよ。でも、これって……


 銀色のカードに先程から既視感を覚えていた俺は、カードを前に掲げながらクロノスを見た。



「これって、どう見てもICカードだよな?」

「ICカード?」

「あぁ、俺のいた世界にあった物なんだが、このカードに現金をチャージしてそのチャージした分をバスとか電車とかの公共交通機関に乗った時の運賃や買い物をした時の支払いに使うんだ」

「へぇ~、そうなんだ。でも、そのICカードに【現金をチャージする】という行為は意味があるの? お金を払うことには変わらないのに」

「まぁ、わざわざ財布を取り出して硬貨や紙幣で払わなくても、このカード一枚で支払いが済むなら便利だぞ」



 実際、社会人になってからは俺にとってICカードは必須アイテムなんだよ。毎日の通勤に使っているのはもちろん、色々と手間が省けて何かと重宝してるんだよな。



「ふ~ん、そうなんだね。僕にはよく分からないけど」



 興味のなさそうな顔をしているからして、この手の話はショタ神様には早すぎたようだ。



「……それより、どうしてこの世界の住人達はこんな代物を作ったんだ?」

「フフッ、それはね……」



 俺の手元にあったはずのICカードがいつの間にかクロノスの手元に瞬間移動していて驚いている俺に、手元にあるICカードを左右に軽く振った神様は不気味な笑みを浮かべた。



「身の危険から自分達を守る為だよ」





「はっ?」



 身の危険から自分達を守る為にこんなものを作った? 全く意味が分からん。


 眉間に皺を寄せながら首を傾げる俺に、クロノスは不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。



「この世界ではね、観光客って謂わば【危険人物】って呼ばれる人間になるらしいんだよ」

「……すまん、意味が分からない」



 思わず口に出てしまったが、今のクロノスの言葉で完全に思考放棄した。



「うん、僕も自分で言ってて意味が分からないんだけど、これがこの世界の【常識】って呼ばれるものなんだよね」

「随分と歪んだ常識だな」



 この世界の常識は、俺のいた世界の常識を比べると、かなり極端なものらしい。



「そうなんだね。でもね、そんな常識が自分達で作ったのにも関わらず、『観光客をこの世界に招き入れないと、あの世界に負けてしまう!』って彼らの【プライド】ってものが許さないらしいんだよ。これも、僕にとっては意味が分からないんだけど」

「あの世界に負ける?」



 あの世界って……もしかして、AIと科学技術が発展したあの世界のことか? だとしたら、どうして張り合う必要がある?



「ちなみに、このカードには【GPS】ってものがついているらしいよ」

「はぁ!?」



 観光客専用のICカードに位置情報システムをつけるなんて、一体何を考えているんだ?



「……なぁ、クロノス。どうして観光客専用のICカードにGPSが搭載されているんだ?」

「それはもちろん、身の安全を確保する為だよ。【観光客=危険人物】と認識している彼らは、身の安全を確実にする為にGPS付きのカードを観光客に渡して、『これを肌身離さず首からかけて下さいね』って観光客に言い含めることで、観光客の行動を常に自分達で把握しして管理出来るシステムを取ったんだよ」

「自分達で観光客の行動を管理……」



 観光客相手に、この世界の住人達は本当にそんなことをしていたのか。


 徐々に込み上げてくる怒りを、拳を作ることでどうにか抑え込んだ。



「まぁ、この世界においての観光客の扱いを事前に把握していたから、この世界における僕と律の設定を『観光客』にしなかったんだけどね。神様である僕がたかが人間如きに管理されるなんて【真っ平ごめん】ってやつだから」

「そっ、そうだったんだな……」



 得意げに話すクロノスの横で、俺は身の毛がよだつような恐怖を感じた。


 さっきクロノスが言ってた『人間を区別するものであり行動を縛る枷』ってこういうことだったのか……これが、未来の世界を生きている人間がすることなのか?



「それに、彼らが指定した観光地を案内すれば観光客が【お金】ってものを落としてくれるから、この世界に住んでいる人間達にとっては良いこと尽くめらしいよ」

「くっ!」



 再び込み上がってきた怒りを、強く握った手と奥歯を噛み締めることで今度はギリギリ抑え込んだ。


 観光客に対して偏見を持って自ら遠ざけているくせに、『自分達が案内すれば、お金を落としてくれる』なんて思っているとは……この世界の住人達は、ご都合主義者の集まりなのか!?



「ちなみに、この世界を訪れた観光客はこのことを知っているのか?」

「そんなの知ってるはずが無いでしょ。彼らの【沽券】ってやつに関わって来るみたいだから」

「あぁ……」



 ここでも、我が身可愛さですか。何だろう、あっちの世界で旅行をしていた時のことを思い出したよ。





「さて、律。ここの写真を撮っておく?」

「あぁ、もちろんだ!」



 ここで何も撮れなかったら、あのメガネ女の思い通りになってしまうし、来た意味も無いからな!



「そう。それじゃあ、景色を変えるだけにするね……あぁ、それと律」

「ん? 何だ?」

「そのカードを持ったままで良いからさ、写真を撮り終えたら僕のところに戻って来てくれないかな? 律に【ご褒美】ってやつを渡すからさ」



 ご褒美?


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


8/7 加筆修正しました。


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