18日目 観光と失礼⑤
これは、とある男の旅路の記録である。
パシャッ!
「パパ~! お城撮れたよ~! 見てみて~!」
「おっ、どれどれ……うん、綺麗に撮れているじゃないか!」
景色の綺麗な場所で腹ごしらえをした後、クロノスの道案内に従い、下道と高速道路を使って向かった次の観光地は、復元された城だった。
何でも、この世界ではとても有名な城とのこと。クロノス曰く、この城は関ヶ原の合戦で活躍した侍が褒美として賜ったもので、一城の主となった侍はその後、死する時まで民草のことを思い寄り添った政策を次々と施したらしい。
城主が亡くなり、一度は焼け落ちてしまった城がこうして復元され、それを地元の人達が大切にされているからして、侍から城主に成り上がった人間は、余程民草の為に尽力したのだろう。
そんなことを考えながらクロノス……ではなく、時司がデジカメで撮った写真を褒めていると、遠くからカツカツとヒールを鳴らす音が近づいてきた。
「パパ……」
「ん? どうした?」
ついさっきまでキラキラしたような笑顔を見せていた時司が、急に不安げな顔で上を見ながら俺の服の袖を引っ張ってきたので、首を傾げつつ視線の先を追うと……そこには、黒のタイトスカートに緑と白のジャンバーに身を包み、きっちりとメイクを施した顔に銀縁の細いフレームのメガネをかけて女性が、非難するような目で俺のことを見下ろしながら睨み付けていた。
えっ、何? 俺、ここでも何かしたのか!?
心の中で冷や汗を大量に掻きつつも女性に向かって営業スマイルをしながら中腰の姿勢から直立の姿勢に戻すのと同時に、自分の後ろに時司を回り込ませた。
今のこいつは俺の息子だからな。ここは父親らしく、ショタ神様を守らないと。
「あの、何か?」
「『何か?』ではありません。あなた、ここがどこだか分かっていますか?」
「どこって、復元された天守閣の前ですよね」
そう、俺たちがいる場所は立派な天守閣の前である。ちなみに、天守閣を含む城の敷地内での写真撮影は訪れた人全員に許可されている。
このお姉さん、一体何を言っているんだ? 見た限りでは、ここのボランティアスタッフのようだが、お姉さんに冷たく声をかけられるようなことは何もしていないはずだぞ。
少しだけ困ったような顔で返事すると、ピンヒールを履いたお姉さんが大きく溜息をついた。
おい、訪れた人間に対してあまりにも失礼じゃないか?
「でしたら、ここに訪れる際の注意事項は読まれましたよね?」
「えぇ、一応読みましたよ」
神社の一件で『次こそは、注意されないようにしなければ!』と意気込んだ俺は、城門近くにあった注意事項をある程度読み込んでいた。
まぁ、あの時に向けられた不特定多数の人間の視線が途轍もなく痛かったが……というか、注意事項を読んでいるのが、この世界ではそんなに珍しいことなのだろうか?
俺のいた世界でも多少なりともいたはずだが……
「でしたら、ここが撮影禁止ってこともご存知でしたよね?」
「……えっ?」
クロノスから『外出先では、くれぐれも隙を出してはいけない』と言われたはずなのに、この世界に来てから4日目にしてその約束を違えることになってしまったことは許して欲しい。
だが、これだけは言わせて欲しい。これは、一種の【不可抗力】と呼ばれるものであることを。だって……
「あの……あの看板には『撮影禁止』なんて文言は書いていませんでしたよ?」
何度も言うが、この城の敷地内は全て写真撮影が許可されている。
数多の人々から可哀そうな視線を容赦なく浴びせられていても尚、注意事項の読み込んだ俺が言うんだから間違いないはずだ。
だから、俺と時司はここで思う存分写真を撮っているのだが……ということは、このお姉さんの勘違い?
まぁ、ここから見えている光景からして、たくさんの観光客がこの場所に足を運んでいる。恐らく、目の前の女性はその人達を捌くのに疲れてしまい、思わず誤った注意してしまったのだろう。
その標的に俺がなってしまったのは大変不本意だが、人間誰しも間違いはある。今回は、不慮の事故ということで納得しよう。
そう結論付けた直後、お姉さんは謝罪をするどころか俺のことを鼻で笑った。
「確かにそうですけど……お客様、失礼ですけど【暗黙の了解】って言葉をご存知ですよね?」
「まぁ、そうですね」
突然、何を言い出しているんだ?
「でしたら、分かりますよね?」
「……えっ?」
何が? 何が『分かりますよね?』だよ。言ってもらわないと分からなんだが。
意味深な笑みを浮かべているお姉さんの言葉の真意を読むことが出来ず、眉間に皺を寄せている俺をお姉さんは驚いたような顔で見てきた。
「えっ、ちょっと待ってください。お客様、【暗黙の了解】という言葉の意味をご存知なんですよね?」
「まぁ、そうですね」
「でしたら、分かりますよね? 察して下さいよ。同じ日本人なのですから分かって当然なんですけど」
いや、確かに俺はあなたと同じ日本人ですけど、『察して下さい』で察せられるほど出来た人間じゃありませんよ。
困惑した表情をしている俺に、今度は呆れたような顔で見てきた。
このお姉さん、さっきから俺に対して失礼じゃないか?
「はぁ……まさか、同じ日本人でこんなにも察しの悪いにも日本人がいたとは。これはもう、近々会議を開催して頂かないといけないですね」
あっ、また『会議』って言葉が出た。というか、『察して』で察せられる日本人の方が少ないんじゃねぇのか?
沸々と怒りが湧いてくる俺の耳元に、呆れ顔のお姉さんがそっと耳打ちした。
「良いですか、この場所は本来、地元民の人にしか撮影が許されていないんです。ですので、余所者であるあなたに撮影が許可されていないんです。分かりましたか?」
地元民限定? 余所者には許されていない? 何それ、そんなの……
耳元に近づいてきたお姉さんから少しだけ距離を取ると小さな声で問い質した。
「そんなの看板に書いていなかったじゃないですか」
「当たり前じゃないですか。だって、観光客に受けが良いこの場所にそんなことを記載出来るはずがないじゃないですか。私たち地元民だって本当は、神聖な場所であるこの場所を余所者である『観光客』に踏み荒らして欲しくないんです。ですが、そうすると色々と負けてしまうので、仕方なく【観光客用カード】をぶら下げている人達に限り、仕方なく撮影を許可しているんですよ」
えっ、観光客用カード? そんなものがあるとは知らなかったし聞いてないんだが。
チラッと時司の方を見ると、不思議そうな顔で小首を傾げて俺のことを見上げていた。
チクショウ、可愛いな……じゃなくて、今のこいつに聞くのは無理そうだな。
だとしたら、あの手を使うしかない。
後ろ手に時司と共に後ろへ一歩下がると、お姉さんに営業スマイルを向けた。
「すみません。実は私たち、その【観光客用カード】というものをさっき落としてしまって、今から息子と一緒に総合案内所に行って落し物として届けられていないか確かめに行こうかと……」
こうなったら、嘘をついてこの場を立ち去るしかない。この状況は、この世界のことを良く知らない俺にとってあまりにも不利だ。
温和な形でその場から立ち去ろうとしたその時、俺の考えていたことを見透かしたであろうお姉さんが冷たい笑みで口を開いた。
「その必要は無いと思いますよ……渡邊 律さん」
「えっ?」
どうして、俺の名前を?
啞然としたまま立ち尽くしている隙に、俺の後ろにあった温もりが突如として失われた。
目を丸くしながら慌てて辺り見回すと、後ろにいたはずの時司がいつの間にかお姉さんの隣に立ちながら手を繋いでいた。
「さぁ、時司君。これからお姉さんと一緒にお城の中に行こうね~」
思いがけない出来事に言葉を失っている俺を、勝ち誇ったような笑みを浮かべるお姉さんが再び耳打ちした。
「安心して下さい。時司君は私が責任を持ってお城をご案内しますし、あなたのことはちゃんと言っておきますので……『世間知らずのパパ』だってことを。ウフフッ」
冷たい笑みを残したお姉さんが時司の手を引き始めた瞬間、血の気が引くのを感じた俺は咄嗟に時司の方に手を伸ばした。
ダメだ、俺の本能が『時司と離れちゃダメだ!』と警鐘を鳴らしている!
「おい、待て! クロ……時司!」
お姉さんに手を引かれるままこっちを向かない時司の手を掴もうとした瞬間、聞き慣れた音が辺り一帯に響き渡った。
パチン!!
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