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18日目 観光と失礼④

これは、とある男の旅路の記録である。

「律、どうしたの? 僕と合流してから【機嫌】ってものが悪いように見えるけど」



 写真を撮り終えて満足そうな笑顔の時司が戻ってきた後、黙って時司の手を取った俺は、そそくさと拝殿での参拝を済ませると、足早に車に戻ってきた。


 参拝してから車に戻ってくる間に不特定多数の奇異な目が俺と時司に向けられていたのは何となく気づいていたが、初対面の女性からキツイ言葉を言われた俺にとっては一刻も早く神社を立ち去りたかったので気にしている余裕は無かった。



「あっ、あぁ……ごめん、クロノス。せっかくこの世界の神社を案内してくれたのに、こんな形で立ち去ることになって」

「別に、律が満足しているなら構わないんだけど。でも……」




 パチン!




 横から聞き慣れた指を鳴らす音が耳に入って来たのと同時に、歩いていた人達の足がピタリと止まった。



「クロノス、これって……」



 突然の光景に驚いて横を見ると、つまらなさそうな顔をしたクロノスがつまらなさそうに口を開いた。



「律のことだからきっと、この世界の神社が撮れなくて【後悔】ってやつをしているんでしょ? まぁ、神様の僕からすれば、写真が撮れないだけでどうして律が後悔しているのか

 全く理解出来ないけど。でも、律をこの世界に連れて来た者として、律が後悔することを望んでいないから」

「クロノス……ありがとう!」



 優しい笑顔のクロノスに心からの礼を言うと、勢いよく運転席側のドアを開け、時の止まった世界に飛び込んだ。





「それで、写真は撮れたんの?」

「あぁ、たくさん撮れたぞ!」



 時の止まった世界で思う存分この世界の神社の光景を写真に収め、満たされた気持ちなっている俺が車に戻ったタイミングで時を戻したクロノスのナビで、再び車を走らせた。



「そう、それなら良かった」



 つまらなそうな顔でみかんを食べながら外を眺めているクロノスをチラ見すると、次の行き先を聞いた。



「それで、次はどこに向かって走ればいいんだ?」

「それはね……あっ、見えてきたね」

「えっ?」



 車が信号に止まったタイミングで辺りを見回したが、観光地になるような場所が書かれたような案内の看板はどこにも見当たらなかった。



「クロノス、ここからでも見えるか?」

「うん、見えるよ。ほら、律から見たら右手だよ」

「右手……あっ」



 クロノスが指し示した方向に目を向けると、あっちの世界や俺のいた世界で見覚えがある飲食店の看板が見えてきた。


 お前、この世界でもアレを食べるのか?


 少しだけ顔を引き攣らせながら助手席側を見ると、ショタ神様の楽しそうな笑みとぶつかった。



「律、そろそろ……お腹空かない?」



 そうですね、時の神様。





「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」



 拡声機っぽい機械から女性店員の明るい声が聞こえてくると、拡声機の近くにあるメニューを見ながら拡声機に向かって注文した。



「ハンバーガーセットを2つ! ドリンクは、コーラとオレンジジュースで」

「ハンバーガーセットを2つで、ドリンクはコーラとオレンジジュースですね! ドリンクとポテトのサイズはどうしますか?」



 う~ん、サイズか……こいつの分だけSにするか?



「お客様、早くしていただけませんか? 後ろがつかえておりますので!」



 耳を疑う言葉に意識を危うくまとまりそうだった結論を忘れそうになったが、軽く咳払いをして拡声機に向かって叫んだ。



「全てMでお願いします!」

「かしこまりました! 前の方のお進み下さい!」



 女性店員の声が途切れ、窓から出していた顔を引っ込めてると窓を閉めた。



「まさか、この世界でもハンバーガーを食べることになるとはな」



 クロノスのナビで次に向かったのは……観光地ではなく大人気ハンバーガーショップだった。

 そして現在、長蛇の列が出来ているドライブスルーレーンの一番後ろからお行儀良く入り、注文の順番が回って来るのを待っていた俺たちは、拡声機の前からゆっくりと車を発進させた。


 確かに、時間的には昼飯時だし、神社でたくさん撮りまくって多少なりとも腹は減ったが……



「もしかして律、ハンバーガー嫌だった?」

「嫌じゃない。むしろ、程よくガッツリ食べられるものが食べたかったから丁度良かった。でも、どうしてハンバーガーショップなんだ? あっちの世界でも食べただろ?

「それはもちろん、この世界のハンバーガーも食べてみたかったからだよ」

「なるほど、そういうことか」



 要は、食べ比べをしたかったってわけだ。

 どうやら、このショタ神様は【ハンバーガー】という食べ物がいたくお気に召したらしい。



「それにしても、今回は僕の分も律と同じものにしたんだね」

「まぁ……そうだな。でも、無理して食べなくて良いぞ。食べきれなかったら分は俺が食べるから」

「うん、分かった」



 満足そうな笑みを浮かべるクロノスに後ろめたさを感じた俺は、前方に並んでいる車を凝視しながらその後に続いた。


 言えない、『実は、あっちの世界でお前に拗ねられたことがこっちの世界でも起きたら面倒くさいから同じにした』なんて到底言えない。



 そんな決して口には出せないことを思っている内に、車は支払窓口の前に止まった。





「いらっしゃいませ! ご注文は、ハンバーガーセット1つとキッズセット1つでお間違いでしょうか?」

「……えっ?」



 キッズセット? 注文した覚えは無いぞ。


 困惑しつつも隣のショタ神様をチラ見すると、営業スマイル全開の女性店員に向かって営業スマイルで声をかけた。



「すみません。確か、ハンバーガーセットを2つ頼んだはずですが?」

「そうだったんですね。ですが、お客様のお連れ様はお子様ですから、ハンバーガーセットよりキッズセットの方がよろしいかと」



 えっ? そんなのこっちの勝手なんだから、第三者である店員さんが良かれと思って変えないで欲しい。

 というか、注文したものを違ったんだから、まずは謝らないといけないんじゃないのか?



「あの、それはこっちが決めることであって、店員さんに勝手に決めていいことではない気が……」



 少しだけ上目遣いをしながら柔らかくいうと、俺とそんなに歳が変わらなさそうな店員さんが、途端に面倒くさそうな目を向けてきた。



「はぁ……待く、これだから最近の若い子は! ここは、年長者の顔を立て得て素直に受け入れるのが()()ってものですよ!」



 常識!? この世界では、客商売を生業としている店でも、年齢によって客が店員さんの顔を立てることが当たり前なのか!?

 というかこの人、俺とそんなに歳が変わらないよな!?


 思わぬカルチャーショックに唖然としていると、店員さんが突然俺の隣を覗き込むようにじっと見てきた。



「それに、ですが助手席に座っているのはお子様ですよね?」

「はい、そうですね」

「でしたら、キッズセットの方が良いですよね?」



 いや、それだけで決められても……


 押しの強い店員さんに内心困惑しつつも、営業マンの意地で爽やかな笑顔を保ったまま口を開いた。



「それでしたら、残った分が父親である私が食べますので」

「えっ!? お父さんが残った分を召し上がるのですか!? カロリーの取り過ぎは体に良くないですよ!?」



 余計なお世話だ! 自覚はあるから!


 失礼千万ことを言われて顔を引き攣られている俺に、女性店員さんは矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。



「それに、そんなことを仰っていますけど何だかんだで残しますよね?」

「それは……そうなるかもしれませんが」



 というより、赤の他人でしかない店員さんにこんなことを言われないといけないんだ?


 思わぬ正論に顔を顰めながら渋々肯定すると、女性店員さんは勝ち誇ったような笑顔を見せた。



「そうですよね! でしたら、【ハンバーガーセット1つとキッズセット1つ】で決まりですね! ということで、お支払いをお願い致します! 後ろも詰まっておりますので!」



 『ということで』じゃねぇよ! 全然決まってねぇよ! それに、後ろが詰まっているは俺じゃなくて、お客様の注文を勝手に変えたそっち側だと思うが!?



「あの、お願いですからハンバーガーセット2つに変更して欲し……」

「しつこいですよ! 注文はこれで決まったんですから、早くお金を払って下さい! それ以上ごねるようでしたら、威力業務妨害として警察に通報します!」



 警察に通報!? こんなしょうも無いことで!?


 俺の懇願は非難するような目をしながら法の番犬を呼ぶことをちらつかせた店員さんによって拒否され、こみ上げてくる怒りを強引に押さえつけ、店員さんからの冷たい視線と後ろからの無言の圧力に耐えながら反対側に体を向けると、そっとクロノスの耳元に囁いた。



「悪い、クロノス。どうやら、ここのハンバーガーショップは外れだったらしい。すまないが、今回はキッズセットで我慢してくれないか?」

「うん、分かった」

「本当にごめん」

「ほら、さっさとして下さい! 後ろがいますよ!」



 それはもう分かったから!! 急かさなくてもちゃんとお金は払うから!!


 俺以上にハンバーガーを食べることを楽しみにしていたと思われるクロノスに申し訳なく思いながら、後ろに置いているリュックから自分の財布を取り出すと、少しだけ浮いた2人分のハンバーガー代をきっちり払った。




「すみません、これでお願いします」

「はい、丁度ですね。ありがとうございます! 良かったですね、お子様に丁度いいセットに巡り合えて! それでは、受け取り口にどうぞ!」



 営業スマイル全開の女性店員さんに引き()り笑いをしながら、車を支払い窓口の前から受け取り口の前に動かして止めると、そこには営業スマイルで紙袋2つを持っている女性店員さんが待ち構えていた。



「こちら、商品でございます。お客様、お支払を済ませましたら、早めにこちらにお越しくださいね。後ろのお客様にも大変なご迷惑をおかけしますので」

「はい、お騒がせ致しました」



 女性店員さんから笑顔で毒を吐かれ、内心苛立ちつつも営業スマイルで商品を受け取ると、さっさと窓を閉めて車を発進させた。



「なぁ、クロノス」

「ん、どうした?」

「ここから車内からでも綺麗な自然の景色が堪能出来る場所って無いか? 俺、そこで今買ったハンバーガーを食べたいんだが」

「ちょっと待ってね……あっ、あったよ。ここから少し遠いけど、どうする?」

「よし、行こう」



 俺は、この短時間で溜まったフラストレーションを発散させようと、自然豊かな景色を見ながらハンバーガーを食える場所を求めてクロノスのナビ通りに車を走らせた。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


8/7 加筆修正しました。 



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