18日目 観光と失礼②
これは、とある男の旅路の記録である。
「そうだ、この世界で観光地巡りをするにしても移動はどうするんだ? バスか? 電車か? それとも、今からレンタカーでも借りに行くか?」
クロノスが食器を洗っている間に、洗濯機を回していた俺は、リビングに戻ったタイミングでクロノスに大事なことを聞いた。
あっちの世界にいた頃は【ライフウォッチ】という素晴らしい代物のお陰で何不自由なくご都合主義の観光地を巡れたが、俺と似たような世界らしいこっちの世界では、あっちの世界に比べれば移動手段が選べる。
まぁ、多少面倒ではあるが、この面倒こそが旅行の醍醐味と言っても過言ではないはずだ。
「それなんだけどさ、律って【車】って物を運転出来たよね?」
「あぁ、仕事でよく社用車を運転してたから出来るぞ」
「うん、それなら良かった」
「『良かった』って何が?」
食器を片付け終えたクロノスが、爽やかな笑み浮かべながらズボンのポケットから銀色の鍵を取り出すと、そのまま俺に渡してきた。
「クロノス、これは?」
突然渡された物に困惑しながら視線を落とそうとした瞬間、爽やかな笑みを浮かべたままのクロノスが口を開いた。
「律の車の鍵さ」
「えっ!?」
俺の車の言って渡された物を思わず凝視した。
俺の車の鍵って……そもそも俺、元の世界で自分名義の車を持ってないんだが!?
驚きが隠せない視線を、そのまま時の神様に移した。
「クロノス、分かっているとは思うが……俺、この世界の人間じゃないぞ」
「うん、知っているよ」
「だったら、これって俺名義で借りたレンタカーの鍵か?」
「レンタカー?」
「お店にお金を支払って借りる車のことだ。俺たちのような旅行者には持ってこいの移動手段だ」
「へぇ~、そんなものがあったんだね。でもそれ、【レンタカー】って呼ばれる車の鍵じゃないよ」
「はっ?」
じゃあ、俺の手にある車の鍵は一体何なんだ?
「これは、僕と部下が律の為に用意した車の鍵なんだ」
「クロノスと部下達が?」
「そう。あっちの世界でも車で移動することが多かったから、こっちの世界でも車が合った方が何かと不自由ないかなと思って」
「確かにそうだったな」
あの世界にいた頃、俺たちの移動手段は主に車だったから、クロノスはそれを考慮して部下達と一緒に用意してくれたのだろう。
本当、気前の良い時の神様だ。
「ちなみに、律の為に用意した車は『律の(偽の)祖父が住んでいた家に置いてあった車を、祖父の入院に合わせて一時帰国した孫である律が持ってきた』っていう設定にしてあるから」
「あぁ、ありがとう」
偽りだらけの設定で用意された車の鍵に再び視線を落とすと静かに握り締めた。
お前と部下が用意してくれた車、大切に使わせてもらう。
「それで、行き先はどうするんだ?」
「それなら、僕に任せて。僕があっちの世界でいう【ナビ役】ってものになるから」
いつの間にか金髪碧眼から黒髪黒目になったクロノスの手には、恐らく部下達に用意してもらったのであろう水色の子ども用スマホが握り締められていた。
「あら~、時司君! おはよう! 今日は、パパとお出掛けかい?」
「裕子さん! おはようございます! 今日はね、パパが『今日はパパのお仕事がお休みだから、いつも頑張ってる時司にご褒美あげる』って、僕が行きたい場所に連れて行ってくれるんだ!」
「そうなの~! 良かったね、時司君」
「うん!!」
用意してくれた車が置いてあるマンション近くの専用駐車場に来た俺と時司は、同じマンションの住人と思われる俺のお袋と歳の近そうなマダム……裕子さんに捕まってしまったが、時司が裕子さんの相手をしてくれた。
その隙に、俺は家を出る前にクロノスから教えてもらった場所に足を運ぶと、そこには緑色の普通車が置いてあった。
どうやらあの車で間違いないらしい。
足早に運転席側に回った俺は、懐から鍵を取り出して鍵を開けるとドアを開けて車内を確かめた。
車内は至って普通の4人乗りの乗用車だな。これなら、仕事用で使っている社用車とさほど変わらないから問題無く運転出来そうだな。
運転席側のドアをそのままに後部座席のドアを開けて背負って来たリュックを降ろすと、後部座席のドアを閉めて運転席側から乗り込んだ。
ハンドルにブレーキにアクセル……うん、俺が知ってる車だな。
運転席側を一通り確かめてからドアを閉めると、クロノスから貰った車の鍵を入れてエンジンをかけた。
こっちも問題無さそうだな。
「さて、クロノス……いや、時司に声をかけるか。ここで時間を潰している暇は無いからな」
一旦エンジンを切った俺は、車外に出てそのまま時司と裕子さんがいる場所に向かった。
「お~い、時司。そろそろ行くぞ~!」
「パパ! 車、大丈夫だった?」
「あぁ、大丈夫だったぞ」
「やった~! それじゃあ、行こう!」
俺の隣に立った時司がそのまま俺と手を繋ぐと、俺のことを引っ張るように車に向かった。
「おいおい、時司。そんなに焦らなくてもお前が行きたい場所は逃げないぞ」
全く、可愛いやつだな。
苦笑いを浮かべながら前を進む時司に声をかけた瞬間、俺から手を離した時司が俺の耳元に囁いた。
「律、後ろから裕子さんが来るから、まだ車を発進させちゃダメだよ」
驚いて思わず振り向こうとしたが、そそくさと助手席に座った時司が視界に映ったので、後ろから来ている裕子さんから不自然に思われないよう運転席側に乗り込んで座ると、白いビニール袋を持った裕子さんがゆっくりとした足取りでこちらに向かってきたのが見えた。
本当だ、何か用か?
寄りそうになった眉を気合で抑えながらドアを閉め、シートベルトをしてエンジンをかけると、同じタイミングでドアを閉めてシートベルトをしている時司に小さく声をかけた。
「クロノス、裕子さんと何を話していたんだ?」
「それは、ここを出てから話すよ」
「分かった」
思わず出そうになった溜息を強引に飲み込んだ瞬間、運転席側の窓が2回ノックされた。
来たか。
営業スマイルで窓を開けると、朗らかな笑みを浮かべた裕子さんが持っていた白いビニール袋を顔の高さまで持ち上げた。
「律さん、これ! 時司君が前に『好き』って言ってたみかんよ!」
「これは、どうもわざわざ……ですが、このような素晴らしいものを頂いてもよろしいのでしょうか?」
「良いのよ! 時司君には何かとお世話になってるし『今日はパパと一緒に遊べる!』って大はしゃぎしていたから、居ても立ってもいられなくなっちゃって! だから、遠慮せずに受け取って!」
「そうだったんですね。そういうことでしたら、ありがたくいただきます。時司、裕子さんからお前の大好きなみかんをもらったぞ。お礼を言って」
「うん! 裕子さん、ありがとう!」
「良いのよ~! それじゃあ2人とも楽しんでね」
「うん!」「はい」
綺麗な笑顔で裕子さんに会釈すると、運転席側の窓を閉じて静かに車を発進させた。
「お前、いつからみかんが好きになったんだよ?」
ナビ役をクロノスの言われるまま車を走らせて暫く、高速道路に入ったタイミングで聞くと、隣のショタ神様の関心の無さそうな声が聞こえてきた。
「あれは、部下達が勝手に決めたこの世界での僕の設定だよ。僕自身、【みかん】って食べ物に対して、【好き】って感情があるわけがないからね」
「まぁ、そうことだろうと思ったよ」
『人間の感情なんて分からない』と言っている神様が、特定の物に対して【好き】という感情を認知しているとは考えにくい……が、白いビニール袋からみかんを取り出しているのは気のせいではないよな?
「それにしても、律って本当に【車】って物を操ることが出来るんだね」
「操るって……まぁ、さっきも言ったが元の世界にいた頃に仕事で運転していたからな。嫌でも慣れるってやつだ」
「ふ~ん、そうなんだね」
興味の無さそう返事をしながら取り出したみかんをじっくり眺めている時の神様を横目で見ると小さく溜息をついた。
「クロノス、この先に【サービスエリア】って場所はあるか?」
「え~っと、確か……うん、もう少ししたらあるよ。それがどうしたの?」
「そこで一旦【休憩】ってやつを取っても良いか? トイレにも行きたいし、食い物を買っておきたい」
「分かった」
あと、お前が持っているみかんを食べさせてあげないとな。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
(昨日、投稿し忘れていた分です。本当にすみませんでした!!)




