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16日目 住処と偽装③

これは、とある男の旅路の記録である。

「へぇ~、これが人間の手で作られた【料理】ってやつなんだね」



 久しぶりに作った俺の手料理を2人揃って完食し、満足げにオレンジジュースを飲むクロノスに苦笑しながらホットコーヒーを一口飲んだ。


 この世界に来て初めて俺がクロノスに出した手料理は、スクランブルエッグにレタスを中心とした野菜サラダ。そして、インスタントのコーンスープになぜか冷蔵庫近くにあったコッペパンだった。


 まぁ、手料理と呼べるものはスクランブルエッグぐらいしかないのだが、俺がスクランブルエッグを作っている間、椅子から立ち上がったショタ神様は、俺が料理はしている様子を食い入るように見ていた。

 ……正直、ずっと見られて途轍もなくやりづらかった。



「そうだな。とは言っても、大したものは作れなかったが」

「そうなの? 僕にはよく分からないけど」



 小首を傾げるショタ神様に小さく笑った。


 そりゃあ、コイツにとって人間が料理を作っているところ見ること自体初めてなのだから知らなくて当然なんだろうけど。



「まぁ、あの世界にいた頃に食べていたものに比べれば……」



 苦笑交じりにお手製スクランブルエッグに目を落とした。


 何せ、あの世界で出された料理は全てAIが人間1人1人の好みを完璧に把握したものだったから、それに比べて俺のさじ加減で作った料理なんて……



「ふ~ん。僕としては黄色い料理……スクランブルエッグって言ったかな?」

「あぁ、そうだな」

「そう、そのスクランブルエッグなんだけど、あの世界のも良かったけど、律の作ったスクランブルエッグも良かったと僕は思うよ」

「クロノス……」



 別に自分で作った料理を卑下して言ったつもりじゃなかったが、15日間を一緒に旅している相棒に言われると……何だかむず痒いな。





「そう言えば、律に1つ言っていないことを思い出したよ」

「言っていないこと? この世界に来る前に言っていないことがあったのか?」



 クロノスから作った料理を直球で褒められ、年甲斐もなく照れてしまったことを隠そうとホットコーヒーを飲もうとした瞬間、目の前の神様がうっかりしていたと言わんばかりの顔で手を叩いた。


 この世界に来る前、俺に『伝えていない制約は無い』って言っていたのはコイツだったよな。


 持っていたマグカップをテーブルに置きながら少しだけ顔を顰めると、対面に座っていたクロノスが軽く頷いた。



「うん。言っていなかったっていうのは、制約じゃなくて……この世界での僕と律の【設定】って呼ばれるものについてだよ」

「設定?」



 確かに神様であるお前は本性を隠す為にも設定は必要だと思うが、ただの人間である俺に必要なことか?



「クロノス、こう言っては何だが、そこまでする必要があるのか? いくら何でも大袈裟すぎると思うんだが」



 それに俺たち、この世界には旅行で来ているわけだから、万が一この世界の住人達に俺たちのことを聞かれた場合、『旅行者です』ってことで話が通じるはずだ。



「まぁ、別の世界から来た律には【大袈裟】ってものになるかもしれないけど……そうしないと、この世界で生きていけないどころか、律が警察に捕まっちゃうんだよね」

「…………はっ?」



 俺、設定が無いとこの世界でも警察のお世話になってしまうのか?



「……なぁ、クロノス。その設定ってどうしても必要なのか?」

「そうだね。僕と律が旅行する上では、どうしても必要なことだよ」

「……ちなみに、その設定って何だ?」



 まぁ、見た目がショタのクロノスと大人の俺だから、この2人に適している関係と言えば……



「【親子】って呼ばれる設定にしているよ」



 やっぱりな。





「でもそれって、その場しのぎの噓じゃなかったのか?」



 昨日、この世界の住人である智子さんと会った時、クロノスは俺の『パパ』と呼んで眩しい笑顔を向けていたが……あれは咄嗟についた噓じゃなかったのか?

 あの嘘には一瞬驚いたが、クロノスが事前に例として出してくれていたことが功を奏して、動揺を一切顔に出さないまま嘘に乗っかることが出来たんだけどな。



「違うよ。この世界での僕と律は、本当の親子ってことになっているんだ」



 正直、こんな生意気なショタ神様と親子なんて、こちらから願い下げなのだが。



「でも、どうしてそんな設定にしたんだ?」



 『ただの男2人旅』って設定でも十分に通じそうな気がする。



「そうしないと、律のような【大人】って呼ばれる人間が、僕のような見た目の【子ども】って呼ばれる人間を連れていたら即警察に捕まるからだよ」

「はぁ!?!?」



 そんな理不尽極まりない理由で捕まるのか!?



「ちょっと、律。声落としてくれないかな。この世界の住居の防音性は、律のいた世界とあまり変わらないんだから、隣に住んでいる人間が僕たちの様子を怪しまれたら警察を呼ばれるよ」

「あぁ、すまん。悪かった」



 時の神様から人間らしい正論を突き付けられ冷静になった俺は、少し反省しながら椅子から立ち上がった反動で後ろに倒してしまった椅子を起き上がらせて座り直した。


 というか、大声が聞こえただけで近所迷惑扱いされて警察呼ばれるんだな。この世界の防犯意識、俺のいた世界に比べて高い……というより、過剰な気が。



「つまり、俺が不当な理由で警察に捕まらない為にも、この世界では俺とクロノスは親子関係ってことにしていることなんだな?」

「そういうこと」



 爽やかな笑顔を向けるクロノスに大きく溜息をつくと、天井を見上げた。


 まさか、そんな理由で親子の設定にされているなんて思いも寄らなかった。



「それじゃあ、昨日お前が名乗った『時司』って名前も設定の内ってことなのか?」

「そうだよ。それで、この世界における僕と律の設定っていうのは具体的に……」



 そこから俺はこの世界での俺とクロノスの設定をクロノスが嬉々として教えられたのだが……あまりの情報量の多さに、一通り聞き終わった俺はげっそりした顔でテーブルに突っ伏した。


 クロノス曰く、俺とクロノス……もとい時司は、元々俺の(偽の)仕事の関係で家族全員他国に住んでいたが、この世界に住んでいる俺の(偽の)祖父が倒れ、その看病の為に俺の(偽の)の実家のあるこの世界に帰って来たという。

 そして現在、俺の(偽の)奥さんは、父方の祖父が入院している病院に臨時看護師として働いていて、俺と時司は、リモートを使って自宅で仕事や勉強をしているとのこと。


 俺とクロノスが初めてこの家に来た時、既に家財道具一式が揃っていたのは、この世界には既に何日間か住んでいるという設定にしていたからだったとのこと。


 実際は、俺があの世界で寝ている間にクロノスが神界にいる部下達と共に、クロノスの偽名や俺とクロノスの関係の偽装、俺たち今が住んでいる家の手配に、俺が快適に暮らせるようにクロノスがあの世界で知り得たもの家具や食料を全て揃えたらしい。

 神様がチートなら、その部下もチートらしい。





「なぁ、どうしてそんな事細かい設定にしたんだ?」



 部下達と一緒に作ってもらってなんだが、クロノスの正体がバレたり俺がこの世界の警察に捕まったりしない為だとしたら、こんな細かい設定にしなくても良いような……


 テーブルに突っ伏しながら上目遣いで対面にいるクロノスに聞くと、優雅にオレンジジュースを飲んでいたクロノスがゆっくりとコップを置いた。



「それは、この世界に住んでいる人間達から怪しまれない為だよ」



 怪しまれない?



「でも、その設定って俺やクロノスがこの世界の住人達に言いふらさなければ良いだけの話だろ?」



 まぁ、俺がこの世界の住人達に言いふらすつもりなんて更々無いんだけどな。自分の身がかかっているので。


 事細かい設定を聞かされて精神的に疲弊している俺に、小首を傾げたクロノスは何の気なしに口を開いた。



「何言ってるのさ、律。この世界はこの世界に住んでいる人間達は、()()この設定を知ってるよ」



 えっ?


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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