14日目 強欲と対価⑩
これは、とある男の旅路の記録である。
※≪≫の部分はクロノスの語り部の部分です。
「どういうことだ?」
正面に疑いの目で向けると、視線の先の神様が心地良い笑みを浮かべた。
「律は思わなかったのかい? どうしてこの世界に【観光客】なんて人間達が来ているのか?」
「それは……この世界の人間がそれを願ったからじゃないのか? お前だって言ってたじゃないか。『外面を良くする為に、この世界に観光客を呼んでいる』って」
本当はさっさと鎖国状態にした方がAIにとっては都合がいいのかもしれないけどな。だって、『実はAIが統治しているんです』なんて公に知られたらひとたまりも無い事実を抱えているんだから。
でも、唐突にそんなことをしてみろ。周辺諸国から批判と疑いの眼差しが雨あられのように降ってくること請けあいだ。批判はまだしも疑いの眼差しなんて向けられたら、それがきっかけで事実を知られるかもしれないからな。体裁を保つ為に観光客を呼んでいるんだろう。
まぁ、観光客には理想の幻想を見せて好印象に映るように仕向けているが。
だが、もしかすると、今までの話を聞く限りでは『人間の心が知りたい』というAIの願望も入っている可能性だってあるな……でも、それは既に自分の手中に入ってしまった人間だけで事足りるはずだから、そこまで考えていないだろう。
「確かに言ったね。でもさ、それ以外の理由があったとしたら?」
「それ以外の理由?」
首を傾げる俺に、笑みを潜めたクロノスが静かに語り出した。
≪AIによる統治は、既存の文明を急速に発展させた。宙に浮かぶ車に、原子を使った物質の具現化。それは全て、自分のことを絶対視する人間達の心や欲望を知ったお陰であったことに他ならなかった。でもね、AIはこれで満足しなかったんだ。
何故なら……AIは知っていたからさ。日本という国以外にも人間達が住んでいることを。
でも、当時のAIが知っていたのは、翔太が治めていた【日本】という国に住んでいる人間達だけだった。つまり、それ以外の場所で住んでいる人間達のことを知らなかったんだ≫
「それで、知りたくなったのさ。日本以外に住んでいる人間達の欲望・心・思考をね」
「っ!? つまり、AIは自分に傅いた人間達だけでは満足しなかったから、日本以外に住んでいる人間達を『観光客』として招き入れることにしたってことか?」
「そういうこと」
言葉を失った。まさか、そんな恐ろしく単純な理由で観光客を呼び寄せていたのか。
「……そう言えば、観光客にもライフウォッチをつけていたよな?」
「うん、そうだね。観光客には『こちらは入国パスになりますので、滞在中は必ずつけていて下さい。尚、この国でのお買い物等の支払いに関しては、全てこちらを翳していただくと完了になります。お支払いに関しては、出国時にまとめて精算させていただきますので、ご注意ください』って伝えているみたいだよ」
「そっ、そうだったんだな。というか、人の心が対価だって言うのに、外貨はちゃんともらっているんだ」
ある意味、詐欺としか言いようが無いんだが。
「外貨?……あぁ、日本以外で使われているお金のことね。それなら一切貰ってないよ」
「えっ? それなら、どうしてそんなことを態々言ったんだ?」
「そう言った方が、観光客が納得してライフウォッチをつけるからだよ。謂わば、【建前】ってやつだね」
建前って……というか、AIにもそういう概念があったんだな。
「それに、ライフウォッチをつけた観光客がこの世界に足を踏み入れた途端、ライフウォッチに搭載されているAIが観光客に対して都合の良い記憶に改竄するから」
「はぁ!? それで、人格が変わったらどうするんだよ!?」
しかも、相手はこの世界に住んでいる人間達じゃなくて、観光客なんだぞ!? 一歩間違えれば、取り返しのつかないことになるかもしれないのに!
「それなら、この世界に対して害を働かない限り大丈夫だと思うよ」
「あぁ、あの教会のやつか。あれは酷かった」
今でも、思い出すだけで吐き気が来そうだ。
「ちなみに、律も一度だけ記憶を改竄されたことがあるよ」
「ええっ!? 俺がいつ改竄されたんだよ!?」
「律と図書館に行った時だよ。あの時の律、『この世界の成り立ちを調べるんだ!』って息巻いていたのに、結局【ラノベ】って呼ばれる本に夢中になって終わったじゃん。もしかして、覚えてない?」
「……すまん、全く覚えていない。というか、どうして俺の記憶が改竄されているのを知ってて見過ごしていたんだよ!?」
「だって、あの程度で律の人格が変わらないって知ってたからだよ。それに、この世界の記憶の改竄がどういうものか知りたかったし」
「お前なぁ……」
大きく溜息を付くと、片手で顔を覆った。
まさか、興味本位で異世界から連れて来た人間の記憶の改竄を見過ごしていたとは……まぁ、俺の人格が変わっていないってことは、時の神様から見て大事にならないって確信していたのだろう。
それに、その後に起こったラブホの件でだいぶ懲りたみたいだから、二度と同じ過ちは起こさないと思う。
だってあれから、相変わらず興味本位で俺のことを振り回しながらも、何だかんだ俺のことを気遣ってくれるようになったからな。
「ちなみに、この世界が出来た当初、AIはこの世界に住んでいる人間達に自分の都合が良い……とは言っても、人間達の生活に支障をきたさない程度に洗脳をしたり、記憶の消去……というより改竄をしたりしていたからね」
「そうなのか!? だとしたら、この世界に住んでいる人間達が一切表に出なかったのは、AIにそういう風に仕向けられたいたからなのか?」
「それもあるかもしれないね。AIにとって、観光客だろうとこの世界に住んでいる人間達だろと、この世界の真実を公にされたくないから」
そうだったのか……やはり、この世界は本当にAIが支配しているんだな。
「それに、AIは『日本人以外の人間がいると知ることで、自分が抱いている野望がより確実なもの』になると考えたんだ」
「野望って、『この国に住んでいる人間達を幸福に導く』ってものだろう? それなら、この世界に住んでいる人間達を傀儡にしたことで、実現出来ただろうが」
まぁ、この国限定の話ではあるが。
「それも、そうなんだけどさ。日本以外にも人間がいると知ったAIは考えたんだよ。『日本以外の人間の思考・欲望・心を知れば、より多くの人間達を自らの手で幸福へと導ける』って」
「ふさげんな!!」
両手に握り拳を作ると、クロノスを睨みつけた。
こいつに当たるのは筋違いだ。これは、俺の単なる八つ当たりで、無表情で俺のことを見ているショタ神様は巻き込まれただけだ。
分かっている、こいつを怒鳴り散らしても何の意味もないことを。
分かっている、自分のやっていることがどれだけ愚かなことなのかを。
でも、それでも……!!
「始まりは、1人の人間の野望を叶える為の道具だったのかもしれない。
だからと言って、『人間を自らの手で思い通りにすれば、人間達を幸福へ導ける』なんて大層なことを思い上がるんじゃねぇ!
確かに、AIに比べれば人間1人1人が有している知識や思考なんて、ちっぽけなのかもしれないし、それ故にAIが切って捨てるような過ちや失敗だってたくさんする。
俺だってそうだし、渡邊翔太や翔太が総理大臣になる前に蔓延っていた権力者達だってそうだ。
アイツらはクズで愚かで救いようが無かったし、俺にだって思い出したくも無いような失敗や過ちはたくさんある。
人間達の中にも、『AIに任せれば、全てが上手く行くんじゃないか』なんて安楽的な考え方がする奴がいることは否定しない。
だから……そんな弱い癖に欲深い人間だから、人間は1人でどうしようもない部分を他者と手を組んで補って生きようと、人間にしか持っていない心を満たそうと必死に足掻くんだ!
翔太や権力者達さえも、自分の心に忠実でありながら他者と手を組んだ。
それを、人間が残した足跡と無機質なデータだけで人間のことを勝手に決めつけて、その傲慢な結論で人間から人間足りえる尊厳を奪っておいて、挙句の果てには自分の知識欲を満たしたいが為に、知られるリスクを背負ってまで自分の手の及んでいないところにまで手を出すなんて、そんなの許されるはずがない!
お前は、一体何様なんだ!!」
きっと、この怒りは虚しい怒りなのだろう。
共感してくれる人間なんて、この世界に存在しない。
それでも、俺は口にしたかった。
この、AIという人ならざる物に支配される、高度な科学技術が発展した世界に物申したかった。
人間という、強欲で愚かだけれども、高性能なAIでは決して測れない、心と思考を持っているからこそ無限大に秘めている未知なる可能性を携えている生物のことを。
息せき切りながら叫んだ心からの言葉に、クロノスが無表情のまま静かに口を開いた。
「でも、翔太や他の人間達は人間ではなくAIを信じた。そしてAIは『これは絶対なことなんだ』と疑いもせずに野望を実行に移した。その結果、AIの性能は更に上がって、『自分の洗脳は、人間であれば誰も通じる』という確証を得た。また、AIの性能が上がったことで、この世界に住んでいる人間達は、律のいた世界以上に何不自由なく暮らしている」
「っ!……だけど!!」
「律だって自分の目で見たよね。何も知らない観光客が、ホログラムで造られた偽りの観光地に胸躍らせる姿や、図書館でAIが提示した本を満足そうに寛ぎながら読んでいる姿を。そして思ったはずさ……『この世界に住んでいる人間達は、俺のいた世界以上に幸福に暮らしているな』って」
「くっ!」
「それに、僕は何度も律に言ったはずだよ。『全ては、人間が望んだことだから』って」
「それでも!!」
それでも、俺は!!
「渡邊 律」
「!?」
熱を感じない声で名前を呼ばれ、その底冷えするような恐ろしさに立膝をつくと、ゆっくりと俺の前に歩み寄って来た時の神様が立ち止まり、そっと俺の顎を上げて顔を近づけた。
「君は、今までの僕たちの旅行を無かったことにしたいのかい?」
「そっ、そんなことは……」
深海のような青色の2つの眼に顔面蒼白の自分が映った途端、急に激しい眠気が襲って来た。
クロノス……俺は……そんなことを……思っていな……
「おっと」
前のめりに倒れてきた律の体を受け止めると、耳元から律の静かな寝息が聞こえてきた。
「久しぶりに律の中にある時を早めたけど、問題無かったみたいだね」
律の体を静かに仰向けに横たえると、彼の安心したような寝顔の覗き込んで小さく笑みを浮かべた。
「律、君は『人間が、無機物のものに支配されること』に対して怒りを覚えてみたけど、1つ勘違いしているよ。
確かに、この世界で人間を縛っているのは人間同士で決めたルールじゃなくてAIだね。
でもね、そのAIを作ったのは君たち人間なんだよ。
だから、【人間が人間を縛る】という原理は変わっていないんだ。
ただ、人間を縛っているものが、生身の人間から人間自らが欲に突き動かされて造った無機物に変わっただけ……それだけなんだ」
律を起こさないように静かに立ち上がると、右手を大きく上げた。
「フフッ、それじゃあ……次の世界に行こうか」
パチン!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




