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14日目 強欲と対価⑧

これは、とある男の旅路の記録である。


※≪≫部分はクロノスの語り部の部分です。

「翌日に発表!? 只得(ただえ)さえ、知事達の動揺が収まっていないのにか!?」

「まぁ、AIからすれば『長達に大事なことを伝えただから、その翌日に国民に発表しても問題無いだろう』と判断したんじゃないかな」

「そんな、無茶苦茶な……」



 翔太から齎された真実を整理するのに体いっぱいのはずなのに、そこに間髪入れずに自分が治めている各都道府県民からの発表に対する動揺の声や意見も聞かないといけないとか……この時代の知事達があまりにも可哀想すぎる。



≪翔太の辞任は、大勢の人間達に動揺を激しく揺さぶった。何故なら、総理大臣としての翔太の手腕は、国民全員が認めるものだった上に、これからも翔太が先陣切って舵取りをしてくれると信じていたからね。

 でも、その後に告げられた辞任の経緯……自分がAIと協力して政治を動かしていたという真実を聞いて、国民の反応は動揺から一気に反感へと変わったんだ≫



「だろうな。今までの自分の生活を守ってくれたものが『人間じゃなくて実はAIでした』なんて知ったら、怒りたくもなるよな」

「僕、その考えに至る人間の感情が理解出来ないんだけど。人間達の平穏が保たれていたらそれで良いんじゃないの? それが、人間以外のものであってもさ」

「まぁ、そうなのかもしれないが……人間社会ではな『人間のことは、人間で解決する』という、暗黙の了解とも共通認識とも言えるものが存在しているんだよ」

「何それ? つくづく、人間って面倒くさい生き物だね」

「それに関しては、否定はしない」



≪こうして、翔太の口から国の現状と国……というより、地方自治のこれからの未来の選択を迫られた長達と国民は、様々な形で各々が抱く意思を表に出した。

 国民達は、自分達が住まう土地の長に意見や想いをぶつけた。そして長は、自分が治める地方に住む人間達の意見を自分と共に地方自治を行う【部下】と呼ばれる人間達に取り纏めさせたり、部下や他の長達に意見を求めたりした。

 最初は全員首を横に振った47人の長達だったけど、部下達や住民達の意見を聞いていくうちに、徐々に否定的な意見から考え直すようになったんだ。


『AIの力を借りれば、我が県も今の国と同じ……いや、それ以上の安泰や繫栄が(もたら)されるのでは!?』とか、『渡邊首相の言葉を素直に受け取れば、自分達だけでこの状況を維持するのは難しくなるかもしれない』とかね。


 それでも、AIに全権を委ねるということに抵抗があった47人の長達は、最後の手段にしてあがきとして、自分が治める地方にする住民達全員に【住民投票】と呼ばれるものをした。

『今、住んでいる場所の自治を人間任せるか、AIに任せるか』という2つの未来を住民達の手に委ねたんだ。

 それに対し、住民達は『自分の意見が言える最後の機会』として、その住民投票に参加したんだ。その参加率は住民投票を実施した47都道府県全てで100%だったらしいよ≫



「参加率100%!?……でも、住んでいる場所の命運がかかっていると考えれば、そうなるか」

「100%って、そんなに珍しいことなの?」

「まぁ、そうだな。選挙の投票率さえも、50%を超えていればマシな方だからな」

「へぇ~、そうなんだね」



 まぁ、選挙ってもの自体が頻繫にするものじゃないからな。それに、俺の場合は『選挙よりも自社の利益が大事』なんていうクソ上司のお陰で、あまり参加出来なかった。



≪住民投票が行われた数日後、渡邊翔太が最後の内閣総理大臣として辞職するその日に、47人の長達は全員揃って翔太の前に現れると、1人ずつ選び取った未来を口にしたんだ≫





「その結果が、これさ」



 クロノスがつま先を軽く弾ませて指し示したのは、縦長に広がる緑色の領土にショッキングピンクの巨大ドームが点在する日本国だった。



「これが、翔太……というより、AIの提示した選択肢に対して知事達と住民達が出した答えなのか」

「そういうことだね」



 のそりと立ち上がり、足元にあるマーブル模様の島国を見下ろすと、大きく溜息をついた。


 『たかがAIに……』と言いたいところだが、そのAIによって国の腐敗は一気に拭われ、誰もが(とは言い難いが)安心して暮らせる平和な国になった。

 もちろんそれは、政治家としての野心が強かった翔太の人柄と手腕もあったかもしれない。

 けど、それさえも全てAIが翔太のことを分析したお陰であったことには変わりはない。

 そして、その真実を目の当たりにした地方自治のトップ達と国民達は、翔太やAIに対して怒りを感じたものの、翔太とAIによって齎された平和を今更拒絶しようとなんて出来なかったのだろう。

 むしろ、地方行政が逼迫している場所や上手く行っていないの長にとっては、AIが提示した選択肢が地方行政を立て直す千載一遇のチャンスと捉えていたかもしれない。





≪翔太が最後の内閣総理大臣として辞任した翌日、AIに地方自治の全ての権限を渡すことを選んだ長達に対して、AIは翔太を使ってあるものを長達に渡した≫



「それが、これさ」



 そう言って、掲げたのは……自身のライフウォッチだった。



「ライフウォッチ? その時代には既にあったのか?」

「そうだね。とは言っても、僕や律が付けているものとは遥かに性能が劣っているものだったけど。何せ、長達に渡したものは既存のものを書き換えただけだったね」

「既存品?」

「ほら、律がいた世界にもあったでしょ。これに酷似した【携帯端末】って呼ばれるものが」

「携帯端末?……ああっ!」



 あのクソ上司が自慢げに見せびらかしていた……じゃなくて、CMとかでたまに宣伝していたあれか!

 俺が初めてライフウォッチを見た時に抱いた感想でもあったな。

 だがまさか、ライフウォッチの雛形が本当に腕時計型携帯端末だったとはな。



「あれか! でも、どうしてそれを採用したんだ?」

「それは、人間が肌身離さず身につけているものとしてAIが判定したからだよ。人間達の間では【スマートフォン】ってものが広く使われていたらしいけど、あれって人間が身に付けるには適さなかったらしいから、この【腕時計】ってものにしたらしいよ」



 確かに、スマホは『身につける』っていうより『持ち運ぶ』って感じだからな。

 それに、スマホは落としたり紛失したりする可能性が腕時計に比べて高いから、AIがライフウォッチの雛形として採用したのは、ある意味で理にかなっているのかもしれない。



「それに、彼らに渡したものは、AIが実験用として翔太と共に秘密裏に作っていたものだからね」

「実験? 一体、何の実験だよ?」

「AIが作ったライフウォッチが、人間社会において有用であるかの実験さ。AIは『この国に住む全ての人間を幸福にする』という翔太の願望であり自身の野望を現実にする為、自分達が作ったライフウォッチが、人間社会において有用であるかを知る必要があったんだよ」

「なるほどな。でも、どうして長達に渡したんだ? 実験という名目なら、長達じゃなくても良かったんじゃないのか?」



 それこそ、長達にお願いしてAIが無差別に選んだ人達に協力させるとか。翔太を自身の手元に置けたのだから、それくらいは容易いはずだ。



「それは、ライフウォッチの有用性を長達に広めて……彼らを翔太と同じように傀儡させたからだよ」

「はぁ!?」



 長達を傀儡に!? 翔太だけでは、満足しなかったのか!?



「どうしてそんなことを!? 翔太だけでも十分じゃないのか!?」

「残念ながら、内閣総理大臣を辞任した翔太は、国民達から『売国奴』として非難の的だったから、ライフウォッチを広める為の傀儡としては機能しないとAIが判定したんだよ」

「うわぁ、血も涙もねぇ」



 散々利用しまくった挙句、最後は切り捨てるとか……AIに呆気なく切り捨てられた翔太が、物凄く気の毒に思えた。



「まぁ、神様の僕でも流石に……ね。でも、AIに感情なんてものは無いからいとも簡単に切り捨てられてたんじゃないのかな。それに、自分を慕ってくれた翔太を切り捨てでも、長達を傀儡にしてライフウォッチを普及させる必要があったからみたい、AIの判断は間違っていないのかもしれないけれど」

「それは、翔太の願望でもあり自身の野望を叶える為か?」

「そういうこと」



 自分を慕ってくれた相棒を見放してでも、相棒と自身の願望を叶えるなんて……歪んでいるな。



≪AIに全てを委ねると決めた長達に、AIは翔太を通して実験用ライフウォッチを渡した。最初は『不気味なものだな』って眉をひそめたらしいけど、その有能性と快適さに気づいた途端、一瞬で虜になった……自分の心と欲望を対価として。そして、彼らがAIの傀儡になるには然程時間がかからなかった。

 AIの傀儡になった長達は、AIの命じるままにライフウォッチを住民達に無償で配り、その有能と自分達に齎されてる幸福を熱弁して広めた。

 長の言葉に、最初は半信半疑だった住民達だったけど、長達と同じようにライフウォッチの優秀さの虜になった住民達は、次第にライフウォッチを絶対視するようになったのさ≫



「それが、この世界ってことか」

「そうだね……ところでさぁ、律」



 不気味に口角を上げたクロノスが俺のところに近寄ってきた。



「【等価交換】って言葉、知ってるよね?」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


※6/4 加筆修正しました。よろしくお願いします。

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