14日目 強欲と対価⑦
これは、とある男の旅路の記録である。
※≪≫はクロノスの語り部の部分になります。
「くっっ!!」
湧き上がってくる感情を抑えようと、胡坐の上に乗せていた両手を強く握り締めながら奥歯をきつく噛み締めると、神々しい笑みを浮かべるクロノスから目を逸らした。
やっぱり、そうなのか。そうなんだな。頭では、理解出来た。翔太が総理大臣を辞めると言った時点で、何となく察していたのだから。
それでも、そうだとしても……!!
「どうして、傀儡になんてなってしまったんだよ!」
拳を作っていた右手を大きく持ち上げると、勢い良く右膝に叩きつけた。
思ったより力が入った所為か、鈍い痛みが全身を走ったが、今はそんなのはどうでも良い!
お前は、AIの傀儡になる為に総理大臣になったわけじゃないだろ! お前には、父親を踏み台にしてまで、成し遂げたいことだってあっただろ! 国の舵取り役に執着していたお前だったら、そんなやつに国を任せたらどうなるかなんて、自分も直接関わっていたのから分かるだろう!
それに、AI研究の第一人者である拓也が成し遂げた功績やその背中を間近で見ていたのなら、想定出来たはずだ!
「そんなの、翔太がAIの洗脳に抗えなかったからでしょ?」
「それは分かっている! そうだとしても、そうなる前にAIを無用の長物として処分することだって出来たはずだ!」
例え、翔太の手に余るものだったとしても、当時の日本で最先端技術の分野においては最高峰の頭脳を持っていた父親の拓也に託すことも可能だったはずだ!
それが例え、翔太のプライドを傷つけることになろうとも、AIに自我を洗脳されるよりは遥かにマシなはずだ。
「でも、それさえもAIが織り込み済みだったとしたら?」
「そんなの……!?」
『あるはずがない!』とは言えなかった。そう言い切れたら良かったのかもしれないが、この世界を13日間、自分の目で直接見て感じてきた俺の手の中には、今のクロノスの言葉を否定する材料を持っていなかった。
もし俺が、この世界に来たばかりの頃だったら、笑いながら否定出来たのかもしれない。
「どうしたの? 律」
逸らした視線を戻すと、そこには神様とは思えない含み笑いを浮かべているクロノスが真っ直ぐ俺を見ていた。
初めて見る笑みだが……怖いな。
目を閉じてゆっくり深呼吸すると、眼前にいるクロノスを見据えた。
「いや、何でもない。それよりも、そんな提案をして知事達は反対が無かったのか?」
まぁ、足元にある日本列島の様子を見た限り、色々あったのだろうと予想は出来るが、この世界が実現しているということは……
「まぁ、そうだね」
≪AIの傀儡となった翔太から齎された総理大臣の辞任報告と、それに伴う2つの選択肢の提示に、長達は最初、真に受けずにせせら笑っていたらしい。
『この若者は、一体何を考えているのやら』とか『最近の若者は、年上に対して冗談を言うのが流行っているのかな』とかね≫
「まぁ、そういう反応になるよな」
国のトップがこんな突拍子しもないことを唐突に言い出したら、大方は冗談としか受け取らないよな。
≪AIに洗脳された翔太にとって想定内だった長達の反応に、彼は静かに語り出したんだよ……【渡邊翔太】という人間が、どうやって『史上最年少の衆議院議員』として政界進出して、それからたった3年で『史上最年少の内閣総理大臣』にまで上り詰めたかという経緯を何一つ漏らすことなくね≫
「なっ!? そんなことを暴露したら、知事達からの凄まじい反感を買うんじゃないのか!?」
史上最年少の衆議院議員であり内閣総理大臣でもある男の政治的な手腕が、実はAIによるものだったなんて話したら、聞いた人間は怒り狂うはずだ。
「そうだね。まぁ、僕に言わせれば『自分達も似たようなことをしていたのに、どうして【怒り】って感情が生まれるのかな』って思ったけどね」
「それはまぁ、自分が今まで行ってきたことを棚上げに出来るって思ったからじゃないか」
「棚上げしてどうなるのさ? 自分がやったことは消えないんだよ?」
「『自分がやってきたことは、こいつに比べればマシなことだって』って思い込みたいんじゃないのか」
「ふ~ん、そんなことをしても事実は消えないのに……本当、人間って愚かで無駄なことを考えるよね」
それに関しては、俺も同意する。この時代の日本を治めていた権力者達が、救いようもないクズだったから尚更だ。
≪翔太の暴露を聞いた長達は、当然のことのように憤慨して彼を罵った。
『人間の矜持を捨てた恥知らずが!』とか『お前は、今まで国民を騙してきたのか!?』とかね≫
「まぁ、神様である僕からしたら『君たちだって、国民を騙して搾取してきたのに、よくそんなことが言えるね』って思うけどね」
≪今まで行ってきた自身のやり方に対して憤慨して罵る長達を見て、僅かながら自我が戻った翔太は内心で『愚鈍な奴ら。これだから、頭の足りない奴らとは話したくないんだよ。時間を無駄に浪費するだけだから。全く、そうやって自分達の愚行に目を背けているから、俺のような若輩者に国の舵取り役を取られるんだよ』嘲笑っていたらしいよ≫
「うわぁ、クズだな」
「まぁ、この国で生まれ育った人間なんだから、そういう考え方になっても仕方ないんじゃないかな」
≪そんな自分のことを非難することしか出来ない彼らに、自我が戻った翔太は、人の良さそうな笑みを浮かべてこう言ったのさ。
『でも、私が行って来た政策のお陰で、あなた方は今の地位を保っていますし、私が総理大臣に就任したことで、今まで以上に地方自治がやりやすくなったのではありませんか?』って≫
「おぉ、言うねぇ」
「実際そうだったみたいだし、翔太からすれば事実を述べたにしかすぎなかったみたいだよ」
≪他人を罵るのに躍起になりすぎて、すっかり頭から抜け落ちていた事実を翔太が突きつけると、途端に長達は揃って口を閉じて国のトップから目を逸らした。
長達は自分の行ったことを棚上げする程に愚かではあったが、翔太が総理大臣に就任してから、地方自治が上手く回り出したという事実に目を背けられる程に、愚かではなかった。
そんな長達の間では周知の事実になっていたことを指摘されて、47人の長達がいる部屋に沈黙が降りる中、一人の長が手を挙げて言ったんだ。
『それは、渡邊総理がいなくても、私達で何とか出来ることではないでしょうか?』って≫
「おぉ! このタイミングで勇気あるようなことを言う人間もいたんだな!」
「えっ? これって、【命知らず】ってやつじゃないの?」
「それを言うなよ」
≪その言葉が部屋に響いた途端、翔太の口角は更に上がって、発言した長以外の長達全員は顔面蒼白になったんだ。
発言した長以外の長達は、AIが作った政策を知らなかったとはいえ、今の彼らの地位や支持率は、間違いなくその政策によって維持されているのを知っていたからね。
それに、国民から翔太への支持は、47人の長達の独断をあっさりと無かったことに出来るほど熱すぎるものだったから、この国で翔太を敵に回すことは、この国の各地方を治める長達とっては自殺行為に等しかったんだ。
そんな事実を知らずに発言してしまった長に対して、翔太は冷たく言い放ったのさ。
『じゃあ、自分達でやってみればいい。でも、もしかすると君達全員の地位が無くなるかもしれないけど』ってね≫
「うわぁ、国のトップが知事達を脅している」
「まぁ、翔太も自分が行って来たものの影響力は把握していたみたいだから言えたんだろうけどね」
≪再びAIの傀儡になった翔太の目に光を宿らせていない冷徹な言葉に、発言した長は『そうですか』と最初は鼻で笑ったらしいけど、言葉を無くして呆然としている他の長の顔を見て、ようやく自分の失言に気づいて冷や汗をかきながら『申し訳ありませんでした!』と前言撤回したみたいだよ≫
「見事な手のひら返しだな。お手本にしたいくらいだ」
というか、国のトップに対して大口叩けるその知事は、果たして地方自治の長として本当に信用出来るに足りる人物だったのか?
「まぁ、発言した彼の手腕は有能だったみたいだし、内心では『自分が舵取り役なれば良い』って思っていたらしいよ」
「それは、清々しい程のクズですな」
≪AIは自身の傀儡である翔太を使って、47人の長に真実を告げた翌日、日本国民全員に翔太の辞任とその経緯、そして、今後の行政を全て国から地方に任せることを発表したんだ≫
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