14日目 強欲と対価⑥
これは、とある男の旅路の記録である。
※≪≫部分は、クロノスの語り手の部分になります。
「きっかけ」
「そう、きっかけさ」
そう告げた時の神様は、どこか寂しそうな目をしながら語り出した。
≪それは、翔太がAIに更なる野望を告げた後のことだった。彼を大学院生の頃から支え、彼の指示で政治に関することだけでなく、彼や彼以外の人間の言動や行動から人間の心理思考を全て把握していたAIが、彼の抱いた更なる野望実現の為に今までに培ったあらゆるデータを解析し直していると、ある結論に至ったのさ。
『人間より有能なAIが、この国の舵取りすれば、翔太の野望が実現するじゃないか』って≫
「っ!!」
背筋が凍って顔を引き攣らせている俺に構わず、慈悲深い神様とは思えない冷酷な笑みを浮かべるクロノスが話を続けた。
「それでね、そんな結論に至ったAIは、翔太の野望を引き継ぐような形で持ってしまったのさ……『AIがこの国に住んでいる人間達を全員、幸福にする』って野望をね」
「…………」
冷たい笑顔で言われたAIの野望に、俺は言葉を無くしていた。
AIが、人間に対して有意な考えを持ったり反逆したりするというものは、SF系のアニメや小説などではよくある展開だ。
でもまさか、そんなフィクションのようなことが現実に……
「でもね、AIはすぐにでも国の舵取り役を翔太から奪おうとなんてことはしなかったんだ」
「どうしてだ?」
「フフッ、それはね……」
≪人間の心理思考を把握済みだったAIは、自分がこの国においての立場や、人間がAIに対する印象を知っていたから、唐突に翔太から舵取り役を取ったところで、翔太以上に国民にとっての信頼を得られないと分かっていたからさ。
そして、翔太以上の信頼を得られなければ『全ての人間を幸福にする』という自身の目的も達成することも叶わないことも知っていた。
だからAIは、総理大臣になっても自分達に頼りきりな翔太に今まで通り加担しながらも、あらゆる場所からデータを収集して解析してきた人間の心理思考の【パターン】ってやつを利用して、ある手段を取ったんだよ≫
「その、手段って?」
正直、肝が絶対零度に凍りつくような聞きたくない。だが、目の前にいる神様と交わした約束を果たす為にも……そして、俺がいた世界が辿る可能性が一番高い未来の世界のことを知ってしまった俺自身の為にも!
固唾を飲んで次の言葉を待っている俺に、時の神様は冷酷な笑みを絶やすことなく口を開いた。
「『人間を洗脳する』という手段さ」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に昨日の光景が蘇った。
あの拷問のような洗脳を、当時の日本の首相である翔太にやったのか!?
目に焼きついてしまった凄惨な光景を思い出して思わず顔を顰めると、それを見たクロノスが穏やかな笑みを浮かべた。
「とは言っても、昨日みたいなものじゃないけどね」
「そうなのか?」
「うん。その当時は、今みたいな科学技術が発展していなかったからね」
「そう、だったな……だとしたら、どうして洗脳なんて手段を取れたんだ?」
「それはね、それが可能性だからだと知ったからさ」
≪AIは、あらゆる場所……特に【インターネット】って呼ばれるものを使って人間の思考心理を学習していった。まぁ、当時の日本は、律がいた世界に比べて少しだけネットワークってものが発達していたから、日本居ながら世界中の文献や書籍、研究論文などが閲覧出来るようになっていたんだ。
その中でAIは『人間の洗脳』が理論的に可能であることを知った。そして、その理論がAIの有能な能力を以ってすれば実現可能であることが判明したのさ≫
「そこでAIは、とある人間を洗脳したんだ」
「とある人間?」
「そう、【渡邊 翔太】って人間をね」
「っ!?」
まさか、自分のことを頼ってくれている人間を実験体にするなんて……
「そりゃあそうだよね。だって、一番身近にいて一番理解している人間なんだもん。自分達の実験の被験者にするには、ピッタリな人材だし」
「…………」
≪とは言っても、【渡邊 翔太】という人間をいきなりAIが思い描く人間に洗脳した場合、洗脳した人間が【廃人】って呼ばれる人間になることは想定していたから、手始めに翔太にとって都合の良い施策の中に自分達の願望を織り込ませて、翔太がAIの洗脳に気づいていないか確かめると同時に、改めて【渡邊翔太】という人間が自分にとって利用出来るか確認したのさ≫
「そんな……」
口角を上げながら淀みなく言うクロノスの話に、言葉を無くしていた。
「本当に、そんな人間じみたことをAIがしたのか? しかも、自身を頼っている人間を実験体として?」
「うん、そうだね。まぁ、AIが野望を持った瞬間、AIは翔太のことを【仕えるべき人間】から【自身の理想を実現する為の傀儡】って考えるようになったらしいからね」
「……ちなみに、その洗脳は成功したのか?」
「もちろん、成功したよ。とは言っても、AIが翔太に与えた影響なんて、最初は微々たるものだったよ」
「『最初は』ってことは、その実験は継続的に続けられたのか?」
「そうだよ。『そうじゃなきゃ、効果が出ない』って判断したみたいだから」
「そう、だったのか」
≪一方、AIがそんな大それた思惑を持っているとは夢にも思っていなかった翔太は、AIが自分を洗脳していることに一切気づかないまま、自分が理想としていた国家運営が次々と現実になっていることに気を良くしながら、【自分の中にある正義】ってものを信じてAIと共に施策を練っていた≫
「そうして、翔太が総理大臣に就任してから4年後、突然翔太は47人の長を集めたのさ」
「47人の長を集めた? どうしてそんなことを?」
クロノスの言った『47人の長』とは、恐らく都道府県知事のことだ。彼らは都道府県民からの信頼を糧に、課せられた責務を全うし、己に任せられた土地の繫栄に尽力している……はず。
そして、地方自治のトップである彼らが一堂に会して、国のトップである内閣総理大臣と直接顔を合わせることは、あまり無いと思うのだが……
「簡単だよ。彼らにどうしても直接話がしたかったからさ」
「話?」
≪47人の長を集めた翔太は、突然の招集に困惑しながらも怪訝な顔をしている彼らの前に現れると、挨拶がてらこう告げたのさ。
『皆様に集まってもらったのは、他でもありません。私が、この国の最後の内閣総理大臣になるということを、皆様に直接お伝えしたかったからです』と≫
「最後の、総理大臣?」
それって、あれか? 『私は、本日を以って内閣総理大臣を辞職します』ってやつか?
「うん、そうだよ」
「つまり、翔太は『自分は内閣総理大臣という仕事を降ります』っていうのを言いたいが為に、わざわざ47人の知事を集めたってことか?」
だとしたら、とんだ傍迷惑な話だ。翔太も知事達もお互い何かと忙しいはずなのに、どうしてわざわざ集めてそんなこと……って言ったら語弊があるかもしれないが、そういうのは直接じゃなくても良いのではないだろうか。
どうしてだろう、仕事とはいえ、翔太の総理大臣とは思えない振る舞いに巻き込まれた知事達が、物凄く気の毒に思えてきた。
「律が、僕の言葉をどんな風に受け取ったのか何となく理解出来たけど、恐らく律の解釈は間違っていると思うよ」
「どういうことだ?」
≪翔太の突然の辞任発言に、47人の長達は困惑しながらも『何だ、そういうことか』と呆れ返った。そんな長達を前に、翔太は有無を言わせぬ威風堂々とした風格を保ったまま、こう続けてたのさ。
『それに伴って、これからあなた方には2つの選択肢を与えます。1つは、今まで通り自分達の手で地方を治めるか。そして、もう1つは……AIに地方自治の全権を委ねるか』ってね≫
「なっ!?」
神様らしい慈悲深い笑みを浮かべるクロノスの言葉に開いた口が塞がらなかった。
翔太が……あの、実の父親ですらも自分がのし上がる為の踏み台程度にしか思っていなかった翔太が、自らの願望であった国の舵取り役を放棄するだけでなく、地方自治の長である知事達に対して、自身の片割れと言っても過言ではないAIに『地方自治を任せてみないか?』と提案したのか!?
「ほっ、本当に翔太が言ったのか?」
「あぁ、言ったよ」
「だっ、だとしたら! どうして翔太がそんなことを言った?」
政治家としてのプライドの塊みたいな翔太が、なぜ……いや、本当は翔太がどうしてそんな己のプライドを投げ捨てるような提案をしていたのか、何となく察していた。
俺がこの世界に来てから見て感じたこと。そして、クロノスが俺に話してくれたこの世界の真実を一つ一つ整理していけば、自ずと答えは出ていた。
ただ……俺は、それを本能的に認めたくなかった。
一人の人間として、一人の日本国民としてそれを認めてしまったら、俺はこの世界ことを心底嫌ってしまうから。
そんな俺の葛藤を嘲笑うかのように、慈悲深い笑みを浮かべていたクロノスが、両腕を大きく広げると今まで俺が見たいことも無い恍惚とした笑みを浮かべて告げた。
「そんなの、47人の長達の前に立った翔太が、既にAIの傀儡になっていたからに決まっているじゃないか」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




