14日目 強欲と対価⑤
これは、とある男の旅路の記録である。
※≪≫はクロノスの語り部の部分です。
「大学院卒業後の翌年に衆議院議員になって、その3年後には総理大臣に任命されて……つまり、翔太は30歳で国の舵取り役になったってことか?」
「そういうことだね」
「噓だろ!? 30歳って今の俺と同い年ってことだろ?」
「僕には【年齢】って概念が今でもよく分からないけど、律が言うならそうじゃないのかな」
会社で例えるなら、社会人5年目の30歳で大企業の社長になったってことか……普通のサラリーマンでそれなりに満足している俺には絶対無理だ。
社会人としてまだまだ未熟な部分が多い自分が会社の舵取りを担うなんて、考えただけでも過度なプレッシャーで吐き気がきそう。
でも彼は……渡邊 翔太は、彼を手助けしたAIが緻密に練り上げられた策略によって成し遂げたんだよな。
「それで、史上最年少の内閣総理大臣になった翔太は、その後どうなったんだ?」
そう問いかけると、近づけていた顔をゆっくり離したクロノスは、そのまま背を向けて元居た場所まで歩いて行き、振り返りながら立ち止まった。
「それはね……」
≪総理大臣という立場になった渡邊翔太は、就任して半年後に腐敗した日本を作った元凶の一つである、国会議員や有力者など権力がある者達や国を動かす者達が作った自分達に都合の良い法律を、容赦無く次々と廃案にしていった。
自分達が作った法律で良い思いをしていた人間者達は、若手で実力があって自分達にも懇意にしてた翔太の突然の手のひら返しに、当然のことながら憤慨した≫
「まぁ、そうなるだろうな」
今まで自分達に忠実だった駒が、日本のトップになった途端、急に自分達に対して反抗的な態度を取り始めたんだからな。
≪そんな人間達に対して、翔太はこう言ったのさ。『私に何の力の無かった頃に、皆様から手を貸してくださったことには、総理大臣という立場になった今でも、とても感謝しております。しかしそれは、私の抱いていた願望を現実にして欲しいと願ってのことでしょう? でしたら、私の願望が叶った今、私があなた方の作った身勝手な法律をどうしようが別に構わないじゃないですか。何故なら、今の私はこの国のリーダーなのですから』と≫
「うわ~、随分と強気なことを言ったな」
自分の手の中に国を動かす絶対的な権力を有した途端、それまでのことをあっさり切り捨てるなんて……それだけ、翔太にとって彼らは、自分がのし上がる為の駒としか思っていなかったってことなのだろう。
「まぁ、彼らは翔太のことを【使える傀儡】程度にしか思っていなかったらしいし、翔太も彼らのことは【願望を実現する駒】としか考えていなかったみたいだからね」
「どっちもどっちだな。だけど、それだけ翔太は、自分以外の人間のことは一切信じられなかったんだな」
「そうだね」
この世界の政界は、俺のいた世界以上に悲惨だったのか。
「しかし、そんな強気なことを言って大丈夫なのか? 相手は一応、この国を牛耳っている人間達なんだろ? そんな奴らを敵に回したら、逆恨みで総理大臣から引きずり降ろされるんじゃねぇのか?」
「そうかもしれないね。でも、翔太はそれさえも、既にAIと共に手を打っていたんだ」
≪彼に手を貸していたAIは、翔太が逆恨みされることを予め想定していた。そして翔太自身も、総理大臣に就任する前からこうなることは分かっていた。
そこで翔太は、あらゆる手で自分のことを陥れようとしてくる人間達をAIにピックアップさせて、権力者達や国を動かす者達に都合の良い法律を立て続けに廃案にしていくのと同時に、自分に害しか与えない権力者達や国を動かす者達を徹底的に粛清していったんだ≫
「粛清!?」
あいつ、そんなことしたのか!?
「そうだよ。翔太は、当時の法律では彼らを排することは出来ないと分かっていたし、AIもそれを予測していた。だから翔太は、内閣総理大臣という絶大な権力を使って、彼らの不正を次々と表沙汰にしたり、彼らが発案した法案を発案者ごと糾弾したりして、翔太や国にとって害悪である権力者達や国を動かす者達を、全員追放したんだよ」
「怖っ! しかも全員!? そんなことが許されるのか!?」
「それは、僕には分からないけど……翔太が追放した権力者達や国を動かす者達は全員、国民から恨まれても仕方ない人間達だったようだよ」
「そうだとしてもだ! それに、そんな害虫みたいな奴らを全員追放したら、国が大混乱するんじゃないのか!?」
「それに関しては問題無いよ」
「問題無い?」
「うん。だって、彼らを全員追い出しても混乱が起きないように、総理大臣に就く前、AIがピックアップした『翔太にとって都合が良い人間達』に全員声をかけて、全員追放した後に、声をかけた人間達を全員、追放した人間達の【後釜】ってものに据えて、自分の理想が問題無くスムーズに実現出来るようにしたんだから」
「うわぁ……まるで独裁者だな」
「独裁者?」
「あぁ、独裁者ってのは……簡単に言えば『自分こそが、国民を幸せに出来る唯一無二の存在で、自分の行うことは全て国民や国にとって一番のこと! それ以外は全然害悪でしかない』ってことを本気で考えている人間のことだ」
「まるで【神様】みたいだね」
「おぉ、時の神様であるクロノスからそんな言葉が聞けるなんて」
「律、何か勘違いしているみたいだけど、僕が言った神様は『本やテレビで出てくる神様』ってことだからね」
「そう、なんだな」
何が違うのか全く理解出来ないが、本物の神様であるクロノスの口から【神様】という単語が出て来るとは、渡邊翔太って人間はよっぽど自分に対して自信があるんだな。
≪翔太が総理大臣として、国に害する法律や権力者達と国を動かす者達を全て排した後、翔太は政治的に信頼をおける人間達と共に次々と新しい法律を作っていった。もちろん、自分達に有利に働くものではなく、国民を第一においたものだけどね。そうして、翔太が総理大臣に就任してから1年後……国の状態は、権力者達や国を動かす者達が傍若無人に振る舞う前の状態に戻った≫
「おぉ! たった1年で国を立て直すなんて! 翔太のやつ、本当に有能な政治家だったんだな!」
「そんなにスゴイことなの?」
「あぁ! 何せ国民を蔑ろにしていた腐敗した国が、たった1年で国民がそれなりに安心して暮らせる国になったんだからな! そりゃあスゴイってもんだよ!」
「まぁ、律が言うならそうなのかもしれないね。翔太は就任して1年で、律がいた世界と同程度の状態にしたみたいだから」
あぁ、十分にスゴイすぎる! 翔太、俺の世界にも来てくれないかな? こっちの世界も、それなりに腐っているところがあるから。
「でも、そんな世界が、どうしてこんなAIに頼りきりな世界になったんだ? 人間達だけでもそれなりに平和になったじゃねぇか?」
「それはね……翔太がそれだけでは満足していなかったからだよ」
「はあっ?」
≪一年で国の治安を回復させた翔太は、内閣総理大臣として国民や権力者達に自身と共に国を動かす者達から絶大な人気と信頼を誇った。しかし、翔太本人は『それだけではダメだ』と心の中で危惧していたんだ。『これは、あくまでその場しのぎでしかない。もしかすると、再び同じことが起きるかもしれない。だから、そんなことが二度と起こらないよう……この国に住んでいる全ての人間がそんな愚かな考えさえも起きないよう、もっと国民にとってよりよく、この国に住んでいる全ての人間達が、『人間としての正しさ』を持っている私のことを更に絶対視してもらえるように更に策を練らなくてはならない』と≫
「確かに、『このままってわけにもいかない!』という気持ちは分からなくも無いが……それにしては、あまりにも強欲すぎるんじゃねぇか」
民主主義を掲げている国のトップが『自分のことを絶対視して欲しい』なんて、考えてはいけない気が……
「そうかもしれないね。でもね、そんな翔太の強欲が、この世界を作るきっかけになったんだよ」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
※5/22 最後のセリフを変えました




