13日目 犯罪と処刑⑥
これは、とある男の旅路の記録である。
「やめてくれーーーーーー!!!!」
俺の懺悔に似た切なる叫び声は、静まり返った教会に虚しく響き渡った。
「律、大丈夫かい?」
「えっ?」
頭を抱えたまま顔を上げると、そこには中腰の姿勢で眉を寄せながらこちら覗き込んでいる時の神様がいた。
「はっ? えっ?」
俺は、一体、何をしていたんだ?
「律、目を閉じて【深呼吸】ってものをしようか。それをすれば、人間は【平静】ってものを取り戻すって聞いたことがあるから」
「あっ、あぁ。分かった」
クロノスの言う通り、ゆっくり目を閉じると大きく深呼吸をした。
目の前の光景を直視してしまい熱を持った体。特に喉と耳は焼けるような熱さを感じる。
思っていた以上に錯乱していたようだ。
それもそうだ。だって、目の前にいるのは、クロノスに救われなかった自分なのだから。
頬に液体が伝った後を感じる。どうやら俺は、泣いていたらしい。
それさえも認識出来なかったくらい、目の前の光景に囚われていたのだろう。
熱を持った体が、段々と冷えていくのを感じる。錯乱して混乱していた頭も徐々に冴えてきた。
瞼にこびりついてしまった光景とそこから聞こえて来た声は、今でもこの頭と耳に残っているが、今ならいつものように辺りを冷静に見れる気がする。
体を支配していた熱が、ある程度まで離散させると、大きく息を吐いてゆっくりと目を開けた。
「律、大丈夫かい?」
声が聞こえた方にゆっくりと顔を上げると、クロノスが困惑しているような表情をして俺のことを見ていた。
「あぁ、大丈夫だ。心配かけて、悪かった」
「ううん、別に良いよ。どうやら、いつもの律に戻ったみたいだね」
俺の顔を見て安堵したような顔を見せたクロノスは、そのまま視線を俺から正面に向けると、さっきまでの無表情に戻した。
「律、これがこの世界の処刑を受けた直後の人間の姿だよ」
「っ!?」
クロノスが冷たい目が見ているものにゆっくりと目を向けると、そこには体のあらゆる場所から様々な体液を垂れ流し、小さく痙攣を起こしながらぐったりと座っている犯罪者がいた。
その見るも無残な光景に、思わず吐き気が込み上げて目を逸らそうとした瞬間、正面にいた犯罪者を半透明の小さなキューブ達が覆い弾け飛んだ。
「消えた!? クロノス、これって一体……」
「うん、どうやら処刑が終わったから、元の場所に戻されたみたいだね」
「元の、場所?」
俺はこの世界の人間じゃないから、元の場所って言えばここより遥かに科学技術の発達が遅れているあの住み慣れた世界になるはずだが。
「律」
「何だ?」
「悪いけど、もう一回だけ目を閉じててくれないかな?」
「別に構わないが、今度はどこに連れて行くんだ?」
首を傾げる俺に、能面のような顔をしたクロノスが口を開いた。
「これから、この世界で処刑された人間の末路を見に行くのさ」
パチン!
「律、着いたから目を開けて良いよ」
「うっ、ううん……って、うわっ!?」
正座の状態で目を閉じていた俺の目に映ったのは、ショッキングピンクの綺麗で不気味な空だった。
って、また空中かよ!
「律、これで二回目なんだからいい加減慣れてよ~」
俺の驚愕ぶりに呆れているクロノスだが、『これを慣れろ』っていうのが無茶な話なんだよ!
「クロノス、悪いがそれは、俺が人間であるうちは諦めてくれ」
「あっ、そう。分かった」
やけにあっさりと聞いてくれた。どうやら、俺が驚くことは想定済みだったらしい。
「それで、ここに連れて来た目的は何だ? 辺りを見た限り、さっき犯罪者が捕まった場所だと思うんだが」
混乱した頭が落ち着きを取り戻し、周辺一帯を見回すと、俺がこの時間軸に来た時と同じ風景が広がっていた。
実際、俺の足元にはこの世界に来て初めて訪れた場所でもある公園があるからな。
「もちろん、律にこの世界で処刑された人間の末路を見てもらう為さ」
「それは分かっているんだが、俺の死体らしきものは見当たらないぞ」
「死体?」
「ほら、手酷く処刑された人間の末路なんて、大抵は他人様に見えないところに放置して、そのまま息絶えさせるじゃないのか?」
まぁ、アニメや小説でしか見たことが無いが。
「そんなの、この世界がするわけないじゃん。だとしたら、態々記憶を改竄させる必要なんてないでしょ」
「それもそうか」
確かに、最初から犯罪者を野晒にさせるつもりなら、記憶改竄なんて面倒なことをせずに、人目の付かない場所で首と胴体と分ければ良いだけの話だと思うから。
「それで、この世界で処刑された人間の末路なんだけど……あれだよ」
「あれ……って!?」
クロノスが指を差した方を見ると、そこにはマンションの一室でうろついている元犯罪者がいた。
「この時間軸の俺が、生きてる?」
あんなに大量の電流を浴びたのに、生きていたのか!
「当たり前じゃん。いくら犯罪者でも、一応は人間なんだし生かしておくよ」
「そっ、そうか」
この時間軸の自分が生きていることに、心から安堵した。
良かった~! 理不尽にこの世界に呼ばれて、理不尽にこの世界の殺されるという、最悪の結末を迎えなくて本当に良かった!
「それで、この世界で処刑された人間の末路って何なんだ?」
まさか、あの記憶改竄で終わりなのか? だとしたら、やり方としてはかなり酷いものだったが、処刑後は生かしておいてくれるという点では、俺のいた世界より比較的優しいのではないだろうか?
安心したような笑みを浮かべながら隣を見ると、表情を無くしたショタ神様が冷たく言い放った。
「この世界の住人になることさ」
「この世界の、住人になる?」
それって一体、どういうことなんだ?
「この世界の処刑って、記憶の改竄とその改竄した記憶の奪うことなんだよ」
「記憶を、奪う?」
「うん、この世界で罪を犯した人間は、教会に運ばれて高圧電流が流れる椅子に座らされて、自分達の都合の良い記憶を埋め込ませる。それと同時に罪を犯した時の記憶を【消去】という形で奪うんだよ」
「……なぁ、奪われるのは、記憶だけでなく、罪を背負った時に抱いた感情もなのか?」
「そこまでは分からないけど、でも罪とそれに関するものは全て奪うみたいだよ」
「全て!? どうして、そんなことを?」
「それはもちろん、この世界が人間にとって更により良いものにする為さ。罪を犯した人間には、どうしてそんな愚かなことをしてしまったのか。そして、そんな人間に対して周りはどんな風に不快に思ってしまったのか。そういう【メカニズム】って呼ばれるものをAIが分析して、犯罪者が抱いた不満を特定するんだ。そして、それを基にして、この世界を今後どのようにすべきかを思案して実行に移すんだ。この世界では【不快=欠点】って認識みたいだからね」
「そう、なのか……」
この世界の処刑は、人間の罪を改めてさせることじゃなくて、人間が罪を犯した時に抱いた感情や記憶を無かったことにして、その犯した罪の記憶や感情は全て、この世界をより良くするための礎としてAIに使われることなのか。
それに……
「『不快=欠点』か」
確かに、不快に思わずに生活出来るなら、それに越したことは無いとは思うが……『不快』という感情を罪として裁いて、その時に抱いた感情や記憶を無かったことにすることが、果たして人間にとって良いことなのだろうか?
「なぁ、処刑を受けた人間の人格に影響は無いのか?」
何せ人間の人格は、その人間自身が経験した知識や技能、その時感じた感情を記憶することによって形成されるものだと思うから。
その記憶に干渉するってことは、多少なりとも人格に影響を及ぼしても不思議じゃないはず。
「一応、配慮されているとは思うよ。でも、二度とこの世界で罪を犯さないよう、改竄と同時にある程度の洗脳は施されているはずだから」
「洗脳!?」
記憶の改竄だけでは飽き足らず、洗脳までしているのか!?
本当に、この世界の人間達は……
「まぁ、律の場合はこの世界の人間じゃないから、相当念入りに処刑を受けたみたいだけど……もしかすると【渡邊律】という人間自身の記憶や人格も失っている可能性があるかもしれないね」
「……それは、俺の中にある記憶が、AIにとって貴重なものだと判断されたからか?」
「そういうことじゃないかな」
「っ!?」
唇を噛み締めると、部屋をうろついている俺を視界に捉えた。
ごめん、この時間軸の俺よ。救ってやれなくてごめん。
お前の中にあった記憶も感情も、全てこの世界に奪わせてしまって、本当にごめん。
少なくとも、この世界の一員として幸せに過ごしていけよ。
「さて、律。そろそろ……」
「あぁ、そう、だ、な……」
あれっ? 急に眠気が……
「クロノス、すまん。何だか急に眠くなって……」
意識が朦朧として重くなった瞼を閉じようとした時、正面から小さな温もりを感じた。
「おっと、思ったより早く眠りについたようだね。どうやら、今回は律にとって【心理的ダメージ】ってものが大きかったみたい」
この世界に連れて来た人間を【仰向け】という体制に寝かせた。
「ふ~ん、これが【寝顔】ってものなんだね。寝ている時の律って、こんな顔をしているんだ」
初めて間近で見た人間の寝顔に、小さく口角を上げた。
「それじゃあ、律。この世界についての話をしようか」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




