13日目 犯罪と処刑⑤
これは、とある男の旅路の記録である。
(※今回は少しだけ残虐描写がありますので、ご注意ください)
「注文、処刑」
「っ!?」
『おっ、オーダー!? 何なんだよ、一体!? というか、今のって女性の声だよな!? どこから聞こえてきたんだ!?』
無機質な女性の声で発せられた言葉に目を丸くしていると、慌てふためいている犯罪者の体を小さなキューブ達が纏わり付き始めた。
『うっ、うわっ!? 何だこれ!? どこから湧いて来たんだ!? しかもこれ、どうして取れないんだ!?』
当たり前だ。原子レベルで構成された小さなキューブ達に触れるなんて不可能だ。
「クロノス、これって一体……というか、さっき『注文』って」
「律」
静かに名前を呼ばれた方を向くと、能面のような顔で下を見続けているクロノスが、俺の方を見ることも無く言葉を紡ぎ出した。
「律はさっき、『教会は、神様に祈りを捧げたり誓いを立てたりする場所だ』って言ったよね?」
「あぁ、そうだな」
突然どうしたんだ?
「僕ね、律のその説明を聞いて思い出したんだ。僕が神界で時の神様として時の管理をしていた時、休憩中に話していた僕の部下の話を」
「部下の話?」
「うん。それでね、その時に話してたのが教会の話だったんだよ」
「そう、だったんだな」
クロノスの言いたいことが全く見えてこない。ただ、コイツが俺と出会う前に教会の存在を知っていたというのは理解出来た。
「うん。それで、その時に部下が教会のことをこう言ってたんだよ……『教会は、罪を犯した人間達が神様に懺悔する場所だ』ってね」
「っ!?」
クロノスに反論しようと口を開こうとしたその時、成人男性が絶叫する声が教会内に響き渡った。
『うわーーーーーー!!』
「なっ、何だ!?」
自分の叫び声に驚いて下を見た瞬間、言葉を失った。
そこにいたのは、黒い大きな椅子に座らされ、椅子に取付られている4つの太い枷に両手両足の自由を奪われ、必死に藻掻いている犯罪者だった
「クロノス、下にいる俺が座らされている椅子と枷ってまさか……」
「そう、あの犯罪者に纏わりついていた小さなキューブ達が作ったものだよ」
やっぱりか。 確かに、どこからともなく聞こえて来た女性の声が『注文』って言っていたから、小さなキューブ達が何かを作るのは予想がついていたのだが……まさか、フィクションの中で、よく拷問目的で使われる椅子が出てくるとは思わなかった。
だが、これだけで『処刑』とは考えにくいんだが。
そう首を傾げようとした瞬間、拷問用の椅子に座らされた犯罪者の前に巨大なモニターが現れた。
「クロノス、あれは?」
「あれが、この世界の……所謂、処刑道具だよ」
「あれが、か?」
見たところ、半透明の巨大なポップアップとしか思えないんだが。
『うわっ! なっ、何だ!?』
下から慌て怯えている声が聞こえ、再び眼下に目線向けると、この世界のシステムで処刑される犯罪者の俺の首に椅子と同じ色をした太い鉄の首輪が付けられ、顔ごと目の前の巨大ポップアップに無理矢理固定されていた。
「クロノス、下の俺に首輪が!」
「そうだね」
端的な返事をしたクロノスの方に顔を向けた途端、無表情の神様が俺の手を引いて拷問椅子に座らされている犯罪者の前に連れて降り立った。
「クロノス! お前、一体何のつもりだ! 同じ時間軸に同じ人間が2人いたら、タイムパラドックスでどちらかが消えて……」
「大丈夫だよ」
「えっ?」
無表情のクロノスを問い詰めようとした言葉を、熱を帯びない声に遮られると、時の神様は表情を変えないまま真っ直ぐと眼前を見つめた。
「だって、目の前の彼は僕たちのことを認識していないから」
「そう、なのか?」
「そうだよ。それに、あのポップアップが出てきて、犯罪者に首輪が付けらたってことは……始まるね」
「始まるって、もしかして……」
「あぁ、そうだよ」
冷たい表情をしたクロノスが、目を閉じて一呼吸置くと静かに目を開いた。
「律、ちゃんと見てて。これが、この世界の処刑だよ」
『うわーーーーー!!!!』
突如として教会内に響き渡った自分の声に驚いて目の前を見ると、椅子に腰掛けられている犯罪者に白光に帯びた大量の電流が纏わり付いた。
「クッ、クロノス。これは……」
「律、これがこの世界の処刑だよ。警察ドローンに捕まった犯罪者は、この教会内に運ばれ椅子に座らせ、大量の電流を浴びせることで人間の中にある【脳】と呼ばれるところに働きかけ、犯罪者の記憶を自分達の……正確には、この世界のAIの都合の良いように改竄するんだ」
「改竄!?」
この世界の処刑って、人間の記憶を改竄することなのか!? しかも、AIの都合の良いように!? どう考えても、怖すぎるだろ!
というか、この世界の人間は同じに人間に対して何してんだよ!
あまりにも非人道的すぎるじゃねぇか!
「そう。まずは、この世界で罪だと認識された場面の記憶を消して、次に巨大ポップアップに映された場面を刷り込ませるんだ」
「はぁ!?」
驚嘆しながら振り向いてポップアップの方を見ると、ポップアップが様々な色が瞬間的に点滅させていて、ここからだとポップアップに映し出されている映像がよく見えない。
「なぁ、クロノス。俺には、ポップアップに映し出されている映像が観れないんだが」
「あぁ、これって犯罪者にしか見えない映像なんだね。まぁ、時の神様である僕には普通に観えているけれど」
「そう、か。因みに、どんな映像なんだ?」
「犯罪者が道端に倒れて、そのままマンションに入っていく映像が繰り返し映し出されているよ」
ということは、道端に倒れてからの後の記憶が消されて刷り込まれているってことか。
「なっ、なぁ、クロノス」
「ん?」
「この処刑、いつまで続くんだ?」
そろそろと止めないと、目の前の犯罪者が感電死してしまう。
というか、俺のメンタル的にもいい加減止めて欲しい。
今も聞こえてくる男の叫びを背にしながら震えた声で隣に問うと、表情を変えない隣の神様は何の気なしに言葉にした。
「そんな、犯罪者の記憶の改竄が完了次第に決まっているじゃん」
やっぱり、そうなんだな……でも、そうだとしても。
「そうだとしても、いい加減止めないと、この男が大量の電流を浴びすぎて、記憶の改竄が終わる前に死んでしまうぞ!?」
この世界では、人間が尊ばれるんだろ!? だったら、犯罪者であってもこの世界に住んでいる人間達と同じ人間なのだから、これ以上は良いんじゃないのか!?
吊り上がった目で睨み付けるようにショタ神様を見ると、ショタ神様はこちらを一切見ることも無く言葉を返した。
「大丈夫だよ」
相変わらず熱を帯びない声。
「どう、して?」
どうして、そんなことが言い切れるんだ?
「だって、この処刑は、この世界のAI自らが携わっているから、記憶の改竄が終わるタイミングも、人間が死なない程度に電流を流すことも、ちゃんとコントロール出来ているから大丈夫だよ」
「そう、なんだな……」
『うわーーーー!! 助けてくれーーーー!!』
絶叫する自分の声に体ごと向けると、身体の自由を奪う椅子に腰掛けさせられながら、大量の電気を浴びせられている犯罪者が泣き叫んでいた。
これが、この世界の……
『何でだよ!』
えっ?
『どうしてなんだよ!』
あぁ。
『俺は、ただ写真を撮っていたら、突然気を失って!』
そうだったな。
『目が覚めたら、見知らぬ場所で!』
そうだったよな。
『「これが異世界召喚なんだ!」って喜んでいた反面、「ここは一体どこなんだ?」って怯えていたさ』
ドサッ!
「律、どうしたんだい?」
唐突に地面に膝をついた俺のことを不審に思ったのであろうショタ神様が、俺の顔を覗き込んでいる。
だが、今はそれすらも視界に入れることを本能が拒絶する程に、俺は真正面で絶叫している犯罪者に目も心も奪われていた。
『それでも、ここがどこだか知ろうと声をかけただけなのに!』
「……めろ」
『どうして俺が!』
「……やめろ」
『こんな目に遭っているんだよーーーー!!!!』
「やめろーーーー!!!!」
体のありとあらゆるところから赤や透明の体液を垂れ流しながら悲痛な叫び声をあげる犯罪者に呼応するように、頭を抱えながら絶叫した傍観者の懺悔のような叫びは、静まり返った教会に空しく響き渡った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




