13日目 犯罪と処刑④
これは、とある男の旅路の記録である。
『おい、放せ! というか、ここから出せよ!』
警察ドローンに連れて行かれて騒いでいる自分の声を聞きながら、ふと頭に浮かんだ疑問を目の前で先導してくれている神様に投げた。
「なぁ、今からどこ行くだよ。この世界の警察署か? それとも裁判所か?」
普通、警察署に連行されて、そこで事情聴取だよな。まぁ、余所者を犯罪者扱いしているこの世界が話を聞いてくれるかどうか知らないが。
まぁ、だからと言って、いきなり裁判所に連行されて即裁判即執行みたいなドラマでしか見たいことないような理不尽かつ人権無視の事態には陥るとは思えない。
いくら(この世界では)犯罪者でも、所詮は人間なのだから人間至上主義のこの世界ではありえない……はず。
「警察署? 裁判所?」
俺のことを先導しているテレビっ子もとい時の神様は、警察署と裁判所という単語にピンと来てないようだ。
「警察署っていうのは、罪を犯した人間が警察官と一緒に行く場所のことだ。ほら、さっきクロノスと一緒に観ていたドラマの中で、捕まった犯人が事情聴取をする部屋で警察官に問い詰められるシーンがあっただろ? その部屋がある場所が警察署だ」
「あぁ、そう言えばそういうシーンがあったね」
この神様、一体何を観ていたんだ? 警察もので、警察署の外観が出ないはずはないんだが。
「それで、裁判所って何?」
「裁判所っていうのは、罪を犯した人間が裁かれる場所だ」
「警察で罪を裁かれるわけじゃないの?」
「警察は、罪を犯した人間を連行してどんな罪を犯したのかを確認する。裁判は、警察で確認した罪を基に、その人間がどんな罰を受けるかを決めるんだ」
「へぇ~、そうなんだね」
まぁ、俺の人生で警察署に行ったことも裁判所に行ったことも無いから、詳しくは知らないけどな。
俺の方を一切見ることなく先導しながら話を聞いていたクロノスが納得したような声を上げると、ほんの少しだけ俺の方に顔を向けて口角に不気味な弧を描いた。
「そういうことなら、今から行く場所はどちらでもないね」
「どちらでもない?」
警察ドローンが連れて行く場所が、警察署でもなく裁判所でもないとしたら……どこなんだ?
俺たちと警察ドローンの行き先に見当がつかず眉をひそめると、ようやく俺の顔をはっきりと見たクロノスが悪魔のような笑みを浮かべた。
「今から行く場所はね……所謂、処刑場って場所だよ」
「処刑、場?」
処刑場って、罪を犯した奴を極刑に処す場所ことで、よく中世ヨーロッパを舞台にした小説や世界史の教科書に出てくるあれで合ってるはず。確か、処刑方法は色々あるが、どれも残酷すぎるんだよな。まぁ、俺のいた世界でいうなら『死刑場』のことだろうけれども。
「そう、処刑場。律だって聞いたことぐらいあるでしょ?」
「確かに聞いたことはあるが……なぁ、クロノス」
「ん? 何だい?」
「ここって、未来の世界なんだよな?」
「うん、そうだよ。ここは、律のいた世界が辿る可能性が最も高い未来の世界だよ? それがどうしたの?」
だよな、ここは中世ヨーロッパではないことは間違いないんだ。
「いや、処刑場って俺のいた世界では廃れた場所だから、科学技術が発展した世界で処刑場って場所があるとは思わなかったんだ」
「そういうことね。まぁ、律の思っている処刑場とはかなり違うとは思うけど」
「ん? どういうことだ?」
火炙りも磔もギロチンも無い処刑場ってことなのか? だとしたら、この世界の処刑場ってどんな場所なんだ?
というか、罪を犯したら即処刑って……この世界、怖すぎだろ!
「ほら、見えてきたよ。律」
チラリ見たクロノスの目線の先を追いかけると、現れたのは白い壁とたくさんの天使達が描かれたステンドグラスの大きな窓が特徴的な……教会だった。
『なぁ、ここから出せって!』
警察ドローンに連行されてから随分と時間が経つのに、未だに威勢よく声を上げる檻の中の自分の声を聞きながら、再び正面を向いたショタ神様の後頭部を交互に見た。
「クロノス、あれがこの世界の処刑場なのか?」
「うん、そうだよ。あの場所にこの世界で罪を犯した人間が連れて行かれるんだよ」
「そうなのか? クロノスが指し示めした場所は、罪人を処刑する場所ってより、神様に祈りを捧げる場所だぞ?」
「そうなの?」
「あぁ、あの建物……【教会】って言うんだが、あそこに訪れた人間達は、神様に対して祈りを捧げたり、誓いを立てたりする場所なんだ」
それこそ、教会で結婚式を挙げたり、信仰心が深い人達は定期的に【ミサ】と呼ばれるものを開いて【神様からの言葉】ってものをみんなで聞いたりしたりしているんだ。
まぁ、俺は神様に対してそこまで信仰心が深い方ではないし、教会で結婚式を挙げたことなんて一度もないから詳しくは知らないが。
「神様に祈り……そんなことをして、人間達は一体何がしたいのかい?」
「そんなの俺が知りたい」
「律、警察ドローンが処刑場に入って行ったよ」
先導するクロノスの頭が真下を向いたので、つられて見ると二列走行している警察ドローンの隊列が続々と教会へと入って行った。
『なぁ、今どこに連れて行かれてるんだよ!』
ようやく自分が何処かに連行されたと気付いた、この世界の犯罪者と認定された俺が、威勢を無くして怯え始めた。
感情までは共有をしていないはずなのに、何故だか檻の中にいる俺の感情がクロノス手を繋いで空中散歩をしている俺の中に流れ込んでくる感覚がする。
これも、時の神様が俺に与えた加護の影響なのだろうか。
「この世界の犯罪者が処刑場に入って行ったね。僕たちも後を追うよ」
「あぁ、そうだな」
檻の中で怯えている俺の声と感情を耳と心で感じながら、クロノスに手を引かれて教会の壁をすり抜けて中へと入って行った。
まぁ、今の俺とクロノスは、実体を持っていない幽霊同然の状態だから壁をすり抜けるというファンタジーじみたことも容易く出来るんだよな。
『まっ、待て! 一体どこに着いたんだよ!?』
中へ入ると、眼下には両端に大きな木製の長椅子が規則正しく並べられおり、祭壇へ一直線に繋がる深紅の絨毯らしきもので敷かれた大きな通路のど真ん中には、緑色のカバーに覆われた立方体が置かれていた。
どう見ても、厳かな雰囲気にあまりにも釣り合いが取れていないものが通路を塞いでいるが……ここがもし、この世界の処刑場なのだとしたら、今から行われるのは人間の処刑。
だから、神聖な雰囲気をぶち壊しても問題無いんだろうな。
「クロノス」
「何?」
「警察ドローンが見当たらないんだが?」
そう、中へ入った時に眼下に映ったのは、ドラマに使われていそうな教会の内部と犯罪者が収容されている檻だけで、俺たちをここに導いた警察ドローンが何処にもいないのだ。
「あぁ、彼らなら犯罪者を指定の位置に置いた瞬間、小さなキューブとなって消えたよ」
「それって、俺たちをこの世界のあらゆる場所を案内してくれたホログラムと別れる時と同じようなものなのか?」
「うん、そういうことだよ。それに……」
俺のことを先導していたクロノスが俺の隣に立ってきたので、無表情のクロノスと話をしていると、唐突にクロノスの視線が眼下に移った。
不審に思った俺は、クロノスの視線を追いかけるように眼下に向けると、通路の真ん中あった檻が突如としてカバーごと小さなキューブ達となって消えた。
『「うわっ! きっ、消えた!?」』
驚いて後ずさってしまった犯罪者と傍観者を交互に見たクロノスは、再び檻から出た犯罪者に目を向けた。
『なっ、何だこれ!? というか、ここって教会か!? どうして俺、こんなところに運び込まれたんだ!?』
「……なぁ、クロノス。本当に処刑が始まるのか?」
突然、檻が消えるってことは……もしかして、本当に俺がこの場で処刑されるのか?
「そうだよ。だから、檻から犯罪者を出したんだよ」
やぱりそうなのか。それにしても……
「処刑が始まるって言っても、ギロチンや磔台らしきものが無いぞ。一体、どうやって処刑するんだ?」
教会内を見渡しても、あるのは聖母が描かれた大きなステンドグラスに、木製の大きな祭壇、年季の入ったパイプオルガン、そして理路整然と並べられた長椅子達だけで、俺の知っている処刑に使われる物騒なものは見当たらなかった。
「ギロチン? 磔台?」
「人間を処刑する時に使われる道具のことだ。詳しくは戻ってからライフウォッチに聞いてくれ。俺も処刑に使われる道具以外のことはよく知らないから」
「……分かった。つまり、律のいた世界で使われていた処刑道具が教会に無いってことだね」
「そういうことだ」
まぁ、正確には俺が生まれる遥か昔に使われた処刑道具なんだがな。俺が生きている時代では、すっかりファンタジーものの定番になっている道具なっている。
「まぁ、それは下にいる犯罪者が教えてくれるから、律はただそれを見ておくといいさ」
「……クロノス、今更で申し訳ないが下にいる人間を犯罪者呼ばわりするのは止めてもらえるか? 一応、下にいる人間は『渡邊律』……つまりは俺だから、お前から犯罪者呼ばわりされると、この時間軸でない俺までも嫌な気分になるんだが」
「えっ、だって僕と手を繋いでいるのが律で、下にいるのは律と見た目と声が一緒のただの犯罪者だよ? それに、時間軸だって異なるわけだから、犯罪者と律を同じ扱いにしなくても良いと思うけど?」
俺の方を向いて不思議そうに小首を傾げるショタ神様。
さすが時の神様、時間軸の把握は完璧ですね。ですが、それとこれとは訳が違うんですよ。
「さて、そろそろ処刑が始まるよ」
無表情で目線を犯罪者認定された俺に向けたクロノスに倣って下を見ると、怯えながらも立ち上がって辺りを忙しなく見ている俺がいた。
そうだよな、俺もこの世界に来たばかりの頃は、辺りを忙しなく見ていたな。
この世界に来たばかりの頃を思い出して感慨深くなっていると、教会内に冷たい女性の声が響き渡った。
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