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12日目 表現と規制(前編)

これは、とある男の旅路の記録である。

「おい、クロノス! そっちにゾンビが行ったぞ!」

「えっ……あぁ、これね。律、どうすればいいの?」

「それをさっき教えた方法で攻撃するか、俺のいる方向に逃げるかどっちかだ!」

「う~ん、じゃあさっき教えてもらった方法で攻撃するね」



 もうすぐで昼飯時になろうとしている頃、俺は朝から画面の向こう側にいる推奨年齢が高校生以上のグロテスクなゾンビ達とライフル銃を持って戦っていた。

 何でこんなことになったのかと言えば、起き抜けでいつものように朝飯前を食べようとリビングに入ると、ローテーブルにサンドイッチと棒ステック型のお菓子とオレンジジュースを置いて、リモコンを握り締めながら眉を少しだけ寄せたクロノスがいたからだ。

 珍しい表情をしていたクロノスに話しかけると、何でもライフウォッチにおすすめされたゲームが徹夜してもクリア出来ずにいたらしい。

 『時の神様が苦しめるゲームとは、一体何なんだ?』と興味を持った俺は、当たり前のようにクロノスの隣に座り、出しっぱなしになっているゲームのパッケージを手に取って見てみると……



「なぁ、クロノス。これ、お前一人では絶対クリア出来ないと思うぞ」

「えっ、どうして?」

「だってこれ、2人用のゲームだぞ」

「2人用?」



 ゲーム初心者の神様が、徹夜して上級者向けのゲームプレイをしていたことに、大きく溜息をつくと頭を抱えた。





「よし、これでゲームクリアだな。お疲れさん」



 ようやくクロノスが苦戦していたゲームをクリアして、一息つくとライフウォッチに注文(オーダー)していつものホットコーヒーを出してもらい、ローテーブルに乗っていたサンドイッチを一口食べながらホットコーヒーを飲んだ。


 成り行きとはいえ、ゾンビゲーをプレイしたのは随分と久しぶりな気がするな。

 学生時代は、よく友達の家に遊びに行ってプレイしたり、クロノスみたいに徹夜してゲームを全クリしたりしてたなぁ。


 目の前に映るゲームのクリア画面を見ながら感慨深く思っていると、同じようにゲームのクリア画面を見ていたクロノスがライフウォッチに視線を落とした。



注文(オーダー)。ゲーム」



 クロノスの何気なしに呟いた言葉に、危うく持っていたホットコーヒーを落としそうになった。



「お前! まだゲームするのかよ!?」

「えっ、ダメだった?」



 キョトンと小首を傾げるショタ神様から横に視線を外すと、持っていたホットコーヒーをローテーブルに置いてポリポリと頬を掻いた。



「いや、ダメじゃあねぇけど……」

「それじゃあ、やろうよ。律」

「あぁ……って、そういうことじゃなくてだな!」



 勢い良く立ち上がると、少しだけ眉間を寄せていたクロノスを見下ろした。



「じゃあ、何がダメなのさ?」

「いや、ダメとかじゃなくてだな……クロノス、俺たちって今、この世界を旅しているんだよな?」

「うん、そうだね」

「そのはずなのに、昼からもゲームするって……つまり、今日は何処(どこ)にも行かないってことか?」

「うん、僕としては今日のところはそれでも良いかなと思っていたけど、律は行きたいところがあった?」

「いや、俺も特に行きたいところとかは無いが……良いのか? 旅行の貴重な一日を無駄にすることになるんだぞ?」



 クロノスのことだから、『俺にこの世界のことをもっと知って欲しい』という口実をつけて、今日も色々なところに連れて行くと思ったが……違ったか?



「律、それを言うなら今更だと思うよ」

「はっ?」

「思い出してみなよ。僕たち、旅行2日目で一日中この家にいたじゃん」

「確かにそうだが……」



 でもあれは、『警察ドローンという追っ手から振り切る為の必要措置』という大義名分があったからであって、今回とはワケが違う気がする。



「それに……」



 コントローラーを大事そうに両手で握り締めていたはずのクロノスが、(おもむろ)に片手に持ち替えて左右に振ると、自信あり気な笑みを浮かべた。



「この世界のゲーム、楽しかったでしょ?」

「まぁ、そうだな」



 まぁ、今日のところはこのショタ神様の遊戯に付き合ってやるか。

 決して、この世界のゲームが思ったより面白くて『クロノスの言った通り、今日くらいは外に出なくても良いか』という神様からの甘い誘惑に負けたわけじゃない。





「クロノス! そっちにモンスターが行ったぞ!」

「分かった。律がさっき言った通り、ここに罠を張っておくね」



 昼飯時が過ぎ、俺とクロノスはローテーブルにあるお菓子に菓子パンをつまんで適度に休みを取りながら、俺のいた世界でも超有名だったモンスターを狩るゲームをプレイしていた。


 このゲームは学生時代に友達とよくプレイして遊んでいたが、クロノスと一緒にプレイしているゲームは、どうやら最新版らしい。

 なので、要所要所で仕様が変わっていて、ゲーム経験者の俺としては新鮮な気持ちで遊べて楽しい。



「律、モンスターが罠にかかったよ」

「了解、これで(しま)いだ!」



 成人男性のアバターと同じ大きさの大剣を一振りすると、辺り一帯を蹂躙していた超大型モンスターがゆっくりと地に伏せた。



「よし! やったな、クロノス!」



 モンスターを倒せた喜びを分かち合おうと手のひらをクロノスに差し出すと、クロノスが不思議そうに小首を傾げた。



「律、これは何?」



 おっと失礼。一緒に遊んだ相手は、人間のことに疎い神様だった。クリアした後に湧き上がる達成感に浸っていたお陰で、一瞬だけ忘れていた。



「あっ、ごめんな。これは【ハイタッチ】って言ってな、自分の手のひらと相手の手のひらと勢い良く合わせて、戦いに勝った喜びを分かち合うんだ」

「戦い?」

「そうだ。さっき戦ったじゃねぇか、モンスターと」

「あぁ、そういうことね」



 俺の言葉に納得したクロノスは、俺の手のひらに優しく自分の手のひらを合わせた。


 本来のハイタッチはもう少し勢いがあってもいいんだが、時の神様との初めてのハイタッチなのだから、これはこれで悪くないだろう。


 クロノスの初めてのハイタッチに口角を緩ませていると、初めてのハイタッチをしたクロノスの手が俺の手のひらから離れて、コントローラーを持ち直した。



「それじゃあ、もう一回しようか。律」

「あっ、はい」



 もう一回するんですね。本当に今日は外に出る気が無いんだな。





「そう言えば、クロノスってこのゲームをプレイしても大丈夫なのか?」



 さっき狩ったモンスターとは異なるモンスターを狩る為、マップを見ながらモンスターが生息しているエリアに移動していると、不意に今更な疑問が浮かんだ。



「何、今更?」



 呆れたような声を出したショタ神様のアバターは、俺のアバターにピタリと追従している。



「いや、それは重々承知なんだが、唐突に思ったんだよ」

「へぇ~、どうして?」



 モンスターが生息するエリアに着くと、寝静まっているモンスターを起こさないように罠を張り始める。



「だってよ、こんなことを口にするのは烏滸(おこ)がましいのは分かってはいるんだが、見た目は子どものクロノスが推奨年齢18歳以上のゲームが出来るとは考えにくいんだ」

「どういうこと?」

「ゲームにはな【推奨年齢】ってやつがあって、基本的にその推奨年齢に満たない人間は遊べないんだよ」

「どうして?」

「まぁ、大方は子どもの教育上よろしくない表現が含まれているってとこだろうな」

「よろしくない表現って?」

「例えば、さっきのゾンビゲーだな。『死んだ人間が生きてる』なんて、是も非も分からない子どもの内は見せちゃダメってことだろうな。このゲームだってそうだ。『生き物を武器で殺める』なんて、子どもの情操教育上、大変よろしくないんだとさ」

「ふ~ん、そうなんだ。ちなみにそれって誰が決めてるの?」

「良識を持った大人の人間だよ」



 若しくは、今から狩るモンスターより恐ろしい『保護者』と呼ばれる人間なんじゃねぇか。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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