10日目 生産と体現③
これは、とある男の旅路の記録である。
突如としてホログラムから発せられた白い光に包まれた俺とクロノスは、眩い光の前に為す術が無いまま、思わず片手で顔を覆うと強く目を閉じた。
暫くして閃光のような光は収まるのと、覆っていた片手を外しながら閉じていた目を開いた。
「何だよ、これ」
そこには、俺が先程までカメラに収めていた工場の風景が眼前に広がっていた。
「どうです? 驚きましたか~?」
眼前に広がる光景に開いた口が塞がらないままでいると、横から俺とクロノスへのサプライズが成功して、満足げであろうホログラムの声が聞こえてきた。
今のホログラムが、どこぞのショタ神様と重なった俺は、一言文句を言ってやろうと横を向くと言葉を失いそうになった。
「なぁ、その姿……」
「えっ、どうされましたか? 渡邊様」
いや、『どうされました』じゃなく、その姿は……
震える指でホログラムの方をゆっくり指差すと、辛うじて出た震え声で問いかけた。
「どうして、半透明になっているんだよ?」
「えっ?」
俺の質問が理解出来なかったらしく、ホログラムが可愛らしく小首を傾げてた。
へぇ~、人間の願望を容易く具現化出来る世界のAIでも、分からないことがあるんだな。
って、そうじゃなく!
「あの、俺の言ってる意味、分かった?」
「あっ、はい! もちろん理解出来たのですが……?」
「うん?」
言葉を探すように視線を彷徨わせるホログラムに対して、不審に思いながら首を傾げて後ろを振り向くと目を見張った。
「クロノス、お前……」
「ん?」
再び震え出した指でゆっくり指差した先には、ホログラムと同じく半透明になっているクロノスが、無表情の貼り付けた顔でこちらを見ていた。
ホログラムだけでなく、クロノスまで半透明になっているとは……ん、もしかして?
「渡邊様」
2人の変化に一つの結論に至ろうとしたその時、後ろからホログラムの声が聞こえて再び振り返ると、ホログラムがこちらに手の平を向けた。
「注文、姿見」
この世界に来てから使うようになった言葉を発したホログラムが、俺の身長とほぼ一緒の大きい姿見を出すと、戸惑っている表情を見せながら俺の方に向けた。
「っ!?」
そこに映ったのは……半透明の俺だった。
「うわっ!?」
姿見に映った自分の姿に驚き、腰を抜かして座り込むと、姿見の後ろから満面の笑みを浮かべたホログラムが現れた。
「納得していただけましたか? 渡邊様」
「納得したも何も、どうしてこんな姿なんだよ!?」
生身の人間が半透明になるなんて、物理的にありえないだろうが!
「どうしてと言いましても、渡邊様が『工場見学』をご所望していましたから、折角ですので、このように工場の内部にご案内させていただこうと……」
「それで、俺とクロノスを半透明にしたのか?」
「そうですね。先程も申し上げました通り、工場内部は基本的に私たちが居ました見学エリア以外に立ち入り禁止です。ですが、それは生身の状態の場合でございます」
「生身の状態?」
「はい。こちらも先程申し上げましたが、どのような菌を持っているか分からない人間の皆様方を工場内部にご案内させていただいた場合、工場全体に多大な被害を被ってしまいます」
「だが、この工場に入る前に、念入りに殺菌処理をしたぞ」
そう、この工場に入った時に、白い無数の小さなドローン達が俺とクロノスを取り囲んで、殺菌剤のようなものを俺たちに向かって散布したのだ。
正直、唐突すぎて恐怖を感じたが。
「そうですね。ですが、こちらが徹底したとしても、未知なる菌を持っているのが人間じゃないですか?」
「おい、人間はそんなに菌だらけじゃないぞ」
「そうでしょうか? 私としては、そうとは思えませんが。ですが、この工場の内部を間近でご覧になられたいという方々も多いので、ライフウォッチを通して装着者様の意識だけを取り出し、プログラム化させてこのように半透明の状態に具現化させていただく形になりました」
「なる、ほどな……」
所々、人間を貶しているとしか受け取れない発言があったが、これも全て人間の願望を叶える為だと考えると、ホログラムを一方的に責めることは出来ないんだよな。
これは謂わば、この世界の人間達が抱いている本音のようなものだからな。
まぁ、そういうことなら、ある意味良いことが聞けたな。
「それでは早速、工場内部をご案内致します!」
半透明の姿になった俺たちは、ホログラムの案内で工場内部に潜入した。
見学スペースから遠目で見ていた栽培スペースをこうして間近に見てみると、棚と棚の間が人ひとり分の狭さしかなかったり、プログラムにより体が半透明になっている為、収穫用ドローンが体からすり抜けたり、栽培されているレタスを写真に収めたりなど、工場を訪れた時に抱いていた不信感はすっかり拭い去られ、この世界の工場を自分の目で見れたことに満足感を得た。
「へぇ~、この世界の工場は、本当にAIによって完全管理されているんだな」
「そうですね。人間に任せていたら、形や味が異なってしまいますし、天候に左右されることで安定供給が実現しませんから、このようにAIによって完全管理することによって、何時如何なる時でも、人間にとって美味しいと思える最適解のレタスが新鮮のまま、ご提供することが出来るのです」
「あっ、あぁ……」
このホログラム、工場に来てから人間に対して毒を吐いているが、実は人間のことが嫌いなのだろうか?
「んっ、んんっ……」
「おはようございます。皆様お疲れでした!」
工場内部の見学を終えてホログラムが再び『注文』と唱えて両手から光を出すと、今度は意識を遠くに飛ばされた。
意識が覚醒して目を開けると、白いリノリウムの床とニコリと笑って覗き込むホログラムが視界に映った。
どうやら、工場内部に意識が移動した瞬間、胴体の方は丁重にその場に寝かされていたらしい。
上体を起こして服の上から体を触ってみたが、意識が強制的に飛ばれたお陰で抜け殻状態になった体に何かされた形跡はなかった。
「あぁ、おはよう。工場内部の見学、楽しかったぞ」
「それは良かったです! では、これで工場見学が以上となりますので、引き返しま……」
パチン!
ホログラムが意気揚々と帰りのルートを案内しようとした瞬間、聞きなれた指を鳴らす音と同時に、辺り一帯がモノクロ色に染まった。
はぁ、やっとここで来たか。
大きく溜息をついて後ろを振り向くと、予告なく俺とクロノスを工場内部に連れて来た時にホログラムがしていた顔と同じ表情をしたショタ神様が立っていた。
俺、さっきのホログラムの表情より、今のクロノスの表情の方が怖い。
「時を止めるタイミングにしては、随分と遅いんじゃないのか?」
ゆっくりとした足取りでクロノスに近づくと、時の神様が可愛らしく小首を傾げた。
クロノスもホログラムも、分からなかったら小首を傾げれば良いと思っているのか?
「そうかな? 僕としては、丁度いいタイミングだったと思うけど」
「だとしたら、工場内部を見学する前に時を止めた方が良かったんじゃないのか? 今までのことを考えると、お前だったのかそのタイミングで時を止めてもおかしくなかったぞ」
「確かにね。でも、あちらさんがどうしても見せたいものだったみたいだから、時を止めなくても良いと判断しただけだよ」
「どうしても? どういうことだ?」
その言い方だと、何か裏があるとしか思えないが……
クロノスが話した言葉の解釈が出来ず首を捻ると、ショタ神様が冷たい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行こうか。本物の工場見学に」
パチン!
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