10日目 生産と体現②
これは、とある男の旅路の記録である。
「ここが、この世界の工場?」
カーロードから降下した先に見えたのは、斜めに尖った屋根が三つ連なった建物が、無数に集まって団地のようなものを形成していた。
所謂、工業団地と呼ばれる場所だ。
そして、俺たちが乗っている車が降りたのは、その工業団地にある工場の1つだった。
車から降りると、目の前には一昔前のドラマや特撮に出てきそうな、巨大な工場の建物が聳え立っていた。
「外見だけなら、アニメやドラマに出てきそうなだな」
「そうだね。僕も律と同じことを思っていたよ」
おっ、時の神様と意見が合うなんて、この世界で出会ってから初めてじゃないか?
クロノスと揃って溜息をつくと、後ろから俺たちの外出先のお供になりつつある、案内役のホログラムの心配そうな声が聞こえてきた。
「お2人とも、工場に到着して早々、溜息をなんてどうされたのですか!? せっかく、渡邊様のご希望であった『レタス工場』にご案内したというのに……」
「えっ!? 俺、そんなこと頼んだか!?」
俺の記憶が確かなら、そんなことを頼んだ覚えが無いし初耳なんだが!?
「えっ、私は『渡邊様が工場見学したい』とクロノス様から仰せつかったので、今回は、特に観光客からの評判が一番良いレタス栽培工場にご案内したのですが……もしかして、ご希望の工場がございましたか!? クロノス様からは、特にご指定はございませんでしたので、誠に勝手ながら、こちらで選ばせていただいたのですが」
「あっ、あぁ。そのことだったら、大丈夫だから心配しなくて良い。それより……クロノス?」
咎めるような視線を隣に向けると、我関せずとばかりに吞気に両手を頭の後ろで組んでいるショタ神様が、したり顔で見返してきた。
「だって、工場見学したいって言ったのは、間違っていないでしょ?」
「うっ! それは、お前がそっちの方が良いって言ったからじゃないか!」
「そうだけど、最終的に決めたのは律だから、僕はその決定を尊重したにすぎないよ」
よくもまぁ、いけしゃあしゃあと口が回る神様だな。
それは『この工場に俺の知りたい答えが分かる』ってお前が言ったから、俺はその言葉えを信じたに過ぎないんだぞ。
「まぁ、いい。とりあえず、(この世界の)工場見学に行こう。いつまでも工場の前でクロノスと押し問答をしたところで、工場勤務をしている人から見れば、ただただの迷惑でしかないからな」
「そうだね。こんなことをしていても時間の無駄だからね」
その無駄を生じさせたのは、間違いなくお前だからな。
「それでは、早速! レタス栽培工場にご案内致します!」
内心で時の神様への愚痴を零すと、ホログラムの先導で工場の入口に落ち着いた足取りで向かった。
「こちらが、レタス工場の全貌となります!」
工場の入口でライフウォッチを翳して中へと入ると、目に飛び込んで来たのは正面に横長の巨大なガラス窓がある以外、白い壁に覆われただけの部屋だった。
どうやら、この部屋が工場の見学スペースのようで、ここから工場の中を見学するらしい。
無表情な顔でガラス窓に近づくクロノスを横目で確認すると、足を止めていつも通り営業スマイル全開のホログラムに顔を向けた。
「なぁ、ここって写真撮影OKなのか?」
「もちろんです! ご自由にお撮りください!」
元気いっぱいの声で撮影許可を貰ったところで、足取りを軽くしてクロノスの隣に立つと、眼下に広がる工場の様子を目に入れた。
この世界のレタス栽培工場は、俺のいた世界でも数少なかった、種まきから収穫までを全自動で行う栽培工場らしい。
均等良く横長に工場の奥まで並べられ、一般の成人男性の身長の約二倍の高さのある白い鉄筋コンクリートで建てられた棚に、隙間なく敷き詰められた【プランター】と呼ばれるレタスを栽培する場所には、LEDの疑似太陽光がレタスの上に降り注いていたり、生育状況に応じて養分を含んだ水が噴き出る仕組みになっている銀色の細いパイプがレタスの横を通っていたりなど、レタスに対して至れり尽くせりの栽培環境だった。
そして、収穫出来る程に成長したレタスのところには、警察ドローンの親戚であろうドローンが向かい、胴体から出てきた金属アームで器用にレタスを収穫すると、そのまま胴体の中にある収納スペースに入れ、工場の奥へと進んで行った。
「なぁ、収穫したレタスってどうなるんだ?」
カメラから顔を上げると、いつの間にか横にいたホログラムに声をかけた。
「レタス栽培用ドローンによって収穫されたレタスは、そのまま専用の保管庫に持って行き、ライフウォッチからの注文あるまではコールドスリープ状態にさせます」
「コールドスリープ!? それはまぁ、すごい徹底ぶりだな」
「そうですね。何せ、注文される皆様は誰もが皆、新鮮なレタスをご所望されますから」
「そう、なのか?」
「はい、そうですよ!」
ニコニコと笑うホログラムに引きつり笑いを晒さないよう何とか堪えた。
この世界の人間って、自分達の我儘のお陰で舌が肥えているのではないだろうか。
この世界の人間達の相変わらずの身勝手ぶりに乾いた笑いを漏らすと、写真撮影を再開させようとカメラを構えてファインダーを覗き込んだ。
すると、あるものが無いことに違和感を覚え、カメラを構えるのを止めると再びホログラムに声をかけた。
「そう言えば、この工場に働いている人間を見当たらないが、どこにいるんだ?」
先程から工場の様子をカメラに収めているが、ドローンが働いているところは何度か視界に映っているが、人間が働いているところは見ていない。
もしかすると、全自動栽培で工場内が無菌状態に保っているから、ここからでは見えないだけなのかもしれない。
俺の問いかけに、ホログラムは営業スマイル全開で弾けるような声で答えた。
「そのような人間は、工場内のどこにもいらっしゃいませんよ!」
「そう、なのか?」
「はい! だって、この工場はAIによってレタスの生育具合は完全管理されていますし、レタスの品質を損なわないために工場内はこの部屋を除いて全て無菌状態を保ってる上、収穫は無菌状態の栽培用ドローンで事足りますから、ここで人間が働くのは無意味なのです! むしろ、人間がここで働いた場合、レタス栽培の妨げにしかありませんからここで人間が働く必要がありません!」
「……つまり、この工場で人間は働いちゃダメってことになるのか?」
「そういうことです!」
自信ありげに胸を張っていうホログラムに、俺は何と言って良いか分からなかった。
まさか、AIから不要扱いされるとは……いくら人間の為とはいえ、それはちょっと行き過ぎなのではないだろうか。
「ちなみに、それは他の工場でも同じことが言えることなのか?」
「他と言いますと?」
「例えば、レタスのような有機物を作る工場とか、ドローンのような無機物を造る工場とかのことだよ」
「そういうことでしたら、他の工場も同様ですよ! 全てAIの完全管理によって成立しますから!」
「なっ、なるほど……」
この世界の人工知能の万能性に恐怖を覚え、思わず身震いした体を両腕で力いっぱい抱き締めた。
今更かもしれないが、この世界の人工知能って、本当に恐ろしすぎる!
「ところで、お2人は、この工場の内部を見てみたいとは思いませんか?」
「はっ?」
唐突にホログラムから齎された矛盾を孕んだ提案に、一瞬だけ思考が止まった。
「なぁ、さっき『この工場では、人間は妨げにしかならない』って言ったよな?」
「はい、そうですが」
「だとしたら、人間である俺とクロノスは、工場内部に入るのはダメだと思うが」
働いちゃダメだとすれば、この部屋以外の工場内部は、事実上の立ち入り禁止だと考えてもおかしくないはずだ。
「確かに、今の渡邊様とクロノスの様のままだと、工場内部に入るのは無理でしょう。しかし、これでしたらどうでしょう?」
「ん?」
ホログラムが言っている意味が今一つ理解出来ず、首を傾げる俺と無表情でホログラムを見つめるクロノスに向かって、ホログラムが勢いよく両腕を突き出すと、溌剌とした声で聞き覚えのある言葉を唱えた。
「注文、工場見学!」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




