10日目 生産と体現①
これは、とある男の旅路の記録である。
『さて! 本日私が訪れたのは、苺狩りが楽しめる農家さんです!』
「へぇ~、この世界でも苺狩りって出来るんだな」
すっかり固定しつつある起床時間に起きた俺は、そのままリビングでクロノスが注文した朝飯を食べながら、人間様に都合が良いことしかお伝えしないニュース番組を観ていた。
「苺狩りって?」
おっと、どうやら目の前で口いっぱいに目玉焼きを頬張っているショタ神様に、考えなしに出てしまった言葉が聞こえていたらしい。
「苺狩りって言うのは、苺を栽培しているビニールハウスに行って、そこの主にお金を払えば、育てている苺を直に収穫して、その場で食べることが出来る催し物みたいなものだ」
「へぇ~、そうなんだ~。でも、その【苺】っていう食べ物は、3日目に行ったスーパーに売ってた物でしょ?」
「あぁ、そうだな」
「だったら、苺狩りなんて行かなくても、スーパーで買えば良いじゃん。どうして、態々そんな面倒なことをするの?」
「う~ん、俺も行ったことが無いから分からないが、実際に行った人の話では、収穫したての苺はスーパーで売ってる苺と新鮮さが違うらしい」
「新鮮さが違うと、何が違うの?」
「味だとよ」
「味?」
「あぁ。それに、自分の手で収穫した苺だと、また味が格別だからって、その味を楽しみたくて行くんだとさ」
「ふ~ん、同じ苺なのに、行くだけで新鮮さも味も変わるのかな?」
「少なくとも新鮮さは変わると思うぞ」
「そうなんだ。まぁ、僕には、自分で摘んだ新鮮な苺とスーパーで売ってる苺の違いなんて、分からないんだけどね」
それは、同じ人間である俺でも分からないから。
「そう言えば、この朝飯って、どこから来てるんだ?」
いつも通り朝飯を食べ終え、食後のホットコーヒーで一息ついていると、不意に今更な疑問が思い浮かんだ。
持っていたマグカップをテーブルにそっと置くと、2日目から装着しているライフウォッチを見つめた。
「どこからって、ライフウォッチからでしょ?」
「いや、それはそうなんだが……よく考えたら、食べ物のような有機物や朝飯が乗っている皿のような無機物が、こんな腕時計型携帯端末から出てくること自体、既に俺のいた世界の物理法則を超えていると思うんだ」
「そうなの?」
「あぁ。例えば、ライフウォッチにお願いしたものが、全て工場で作られたものだとする。だとしたら、ライフウォッチが読み取った情報が一瞬で具現化出来るはずがない。仮に出来たとしても、あのような完璧な状態で出てくるはずがない」
「どうして?」
「この場合、ライフウォッチが読み取った情報を具現化させる為には、工場を経由しないといけないのだから、この時点でタイムロスが起こる。仮に、タイムロスを無くした場合、具現化する物体自体を光の速度で移動させるから、その反動で、具現化した時に見るも無惨な状態で俺たちの前に現れるはずだ」
でも、ライフウォッチから出てくるのは、全て、装着者が要望した通りの欠陥なんて一切無い完璧な物だ。
それに、ライフウォッチにお願いすれば、生きた人間をそのまま別の場所に一瞬で移動するなんてことも出来る。
こんなの、俺のいた世界では不可能とされていたはずだ。
確か、人が別の場所に瞬間移動した場合、物体を移動させる場合と同じように、人間を構成する原子が光の速度に耐えきれず、人の形を保てないまま、そのまま死に至ると学生時代に科学の授業で言ってた気がする。
「つまり、律は何が言いたいのかな?」
「つまり……俺は、ライフウォッチからあらゆる物体が出てくる仕組みが知りたいなと」
前に、クロノスは『この世界の物理法則は俺のいた世界と一緒だ』と言っていた。
だとしたら、その言葉が本当なのか、この世界のことをある程度分かってきた今だからこそ確かめてみたい。
もしかすると、ライフウォッチから物体が出てくるという仕組みは、この世界で触れてはいけないことなのかもしれない。
しかし、こっちには時の神様がいる! 昨日のような無茶だって出来るはずだ!
「ふ~ん、今の律はそれが知りたいんだね」
「あぁ、そうだが?」
対面にいるショタ神様から目線を逸らすこと無く、至って真面目な表情でクロノスを見る俺に、目の前にいる神様は頬杖をつくと含み笑いで見返してきた。
お前、その笑顔やめろ。お前がその笑顔を浮かべている時は、碌でもないことを考えていることくらい、10日間も一緒にいれば分かってくるんだからな。
「そうか……だったら、工場見学でも行こうか?」
「…………は?」
工場、見学?
時の神様が自信あり気な笑みを浮かべながら放たれた提案に、開いた口が塞がらなかった。
「なぁ、どうして工場見学なんだよ?」
あれから、渋々といった体で提案に乗った俺は、クロノスが言われるがまま車に乗せられると、そのまま観光客がたくさん訪れるいう工場に向かった。
「どうしてって、律の要望を叶えるためだよ」
得意げにこちらを見てくるショタ神様に、大きな溜息をついた。
俺が言ったことが、どうして工場見学に繋がるのか全く分からないんだが。
あれか、例えで工場を出したからなのか?
「はぁ、てっきり俺は、昨日みたいにしてくれるのかなと思ったんだがな」
「昨日……あぁ、あれね」
そうですよ、あれですよ、アレ。時を司る神様にしか出来ないチート行為ですよ。
「あれだったら、工場見学した後にするから大丈夫だよ」
「えっ?」
工場見学の後にするつもりだったのか!?
「なぁ、それって工場見学してからじゃないとダメなのか?」
「まぁ、ダメってわけではないけど……」
パチン!
唐突に指を鳴らして辺り一帯をモノクロの世界にすると、冷ややかな笑みを浮かべたクロノスが、体を運転席側に寄せた。
「折角この世界に旅行に来ているんだから、旅行の一環として、この世界の工場を見学しても良いんじゃないのかな。人間は、旅行先の1つとして工場見学もあるって、前に部下から聞いたことがあるよ」
「まぁ、確かにそうだな」
今更だが、隣に座っている神様はこの世界に訪れるに能って、部下から色々と聞いてるよな。
本当、普段は人を小馬鹿にするような態度をするくせに、意外と真面目で勉強熱心なんだよな。
「フフッ。それに……どちらにしても、律にはこの世界の工場を見てもらうつもりだったんだ」
「それは、この世界の真実と関係あるからってことか?」
「そういうこと。そして、その真実っていうのが、朝食の時に律が僕に聞いてきた疑問の答えにもなるんだ」
なるほどな。
「つまり、百聞は一見に如かずってことだな?」
「……まぁ、そういうことだね」
こいつ、俺が言った言葉の意味が分からないまま返事をしたな?
全く、このショタ神様には、まだまだ人間に対しての理解が深まっていないようだな。
まぁ、そうだとしても一昨日のように、綾の一件で傷ついた俺のことを不器用に気遣ってくれてたのだから、少しはこいつのことを見直さないといけないな。
「どうしたの、律? 急に黙り込んで」
「あっ、いや、何でもないんだ。ただ、お前が俺を工場見学に連れて行きたいと思っていたことに、少しだけ驚いていただけだ」
「そう、ならいいや」
パチン!
色づく世界に戻った俺たちは、今日の目的地である工場に向かって車を走らせた。
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