9日目 学校と洗脳⑧
これは、とある男の旅路の記録である。
「……つ、……りつ、……律」
「はっ!?」
意識が戻った俺の目に飛び込んで来たのは、教壇の木目と教壇についている両手だった。
「律、大丈夫かい?」
声のした方に顔を上げると、一番前の席に座って少しだけ眉をひそめているクロノスがいた。
「あぁ、大丈夫だ。それより、授業は?」
「あぁ、もう終わったよ」
「終わった!?」
慌てて教室を見回したが、先程までまで行儀よく座っていた児童は、何処にもいなかった。
どうやら、本当に授業が終わったらしい。
「本当だ。教室にいるのが、俺とクロノスだけだ」
「うん、そうだね」
「だが、いつの間に授業が終わったんだ? 確か、ここに立った途端、意識が急に遠のいて……」
思い当たる節が無く顎に片手を添えて軽く首を捻ると、真正面から俺の面白がっている笑い声が聞こえてきた。
「フフッ、心配しないで。律はちゃんと先生として授業をしてたよ……洗脳されてた状態でね」
「…………はっ?」
せん……のう……?
「洗脳って、さっき俺が受けたアレか?」
「そうだね。でも、今回は先生だったから、【教員免許】ってものが無くても誰でも先生になれる洗脳を施したみたいだよ」
「っ!? どうしてわざわざそんなことを!?」
先生になりたいって観光客が望んだんだろ!?
そんな観光客の思いを踏みにじるようなことしたんだよ!?
「簡単だよ。余計なことを喋らせない為だよ」
「余計な、こと?」
「そう。例えば、観光客が住んでいる場所……【国】って言うのかな? そういう場所のこととか、この世界に来た時の感想とか」
「それが、余計なことだと?」
「そうだね。だって、ここは人間社会……つまり、この世界で生きていく為の知識を身に付けるための場所なんでしょ? そんな場所で、この世界の常識以外のことを教えるなんて、この世界に住んでいる人間から見れば、はっきり言って無駄なんだよ」
「はぁ!?」
この世界の以外のことやこの世界に来たことの感想が無駄だと!?
人間の体験談なんて、授業で勉強を教えて貰えるより、とても貴重で有意義なものだぞ!?
観光客が住んでいる国のことがなんて尚更だ!
「だから、ここにいる人間達に無駄なこと教えないように、ライフウォッチを使って、この世界について知って欲しい事だけを教えるように洗脳したんだよ。この世界のことをより良く知ってほしいからね」
「……じゃあ、俺の意識が遠のいたのは?」
「それは、僕の加護が働いたお陰だね。律を洗脳から逃れさせるために」
「でも、俺はここで授業をしてたんだろ?」
「それはまぁ、【渡邊律】という人格を形成する意識を遠のかせただけで、【渡邊律】という人間の個体が持つ思考自体は遠のかせていないから、ライフウォッチはそこに漬け込んだじゃないかな」
「っ!?」
歯を食いしばって顔を俯かせると、教壇の机についていた両手を強く握った。
観光客の要望を叶えるフリをして、何も知らない観光客に対して洗脳し、この世界にとって都合良い解釈を無理やり植え付けるなんて……そんなの、人間相手にしていいはずがないだろうが!
「本当、この世界の人間はイカれてるよ」
旅行9日目
今日はクロノスの思いつきで、この世界の学校に体験入学をした。学校を訪れた途端、俺までもショタ化して途轍もなく驚いた。
しかし、そんな驚きは校内に入った時に感じた懐かしさでかき消された。
校内は俺が通っていた小学校によく似て、学校というものに初めて来たクロノスは興味が尽きないようで、ずっと辺りと忙しなく見ていた。
教室に入っても、漂う雰囲気に懐かしさ感じていたが、授業が始まった途端、激しい頭痛に襲われた。
しかも、クロノスの強引な勧めで、この世界の学校の先生を体験させてもらったが、教壇に立った途端、意識が遠のいた。
何でも、この世界のことを都合の良い方に思われていたいが為に、ライフウォッチを通して、体験入学に来た観光客に全員に洗脳をかけたらしい。
俺が頭痛に襲われたり意識が遠のいたりしたのは、時の神様の加護が俺を洗脳から守ってくれたかららしい。
洗脳から守ってくれた神様の加護には感謝しかないのだが……観光客を洗脳するなんて、人間の所業とは思えないし、学校というものをかなり勘違いしているのではないだろうか。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




