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9日目 学校と洗脳⑦

これは、とある男の旅路の記録である。

 パチン!



「うわっ!」



 クロノスが指を鳴らすと、視界に映った景色が教室から廊下に変わった。

 そして、俺の見ている視点が学校(ここ)に来る前の……三十路男の視点に戻っていた。



「どう? 元の大人の律に戻ったんじゃないかな」



 声のする方に視線を落とすと、隣で柔らかな笑みを浮かべて満足そうなクロノスが見上げていた。



「あぁ、そうだな。戻ってホッとしている」



 声も大人の男性らしい低い声に戻り、視線をクロノスから広げている両手に移し、開いては閉じるを繰り返した。


 うん、この世界に来た時の俺だ。成長期が止まってからかれこれ10年近くの付き合いだからな。

 やっぱり、こっちの方がしっくりくる。


 成人男性の体付きに戻っていることを確かめたところで、もう一度クロノスの方に視線を向けた。



「それで、俺に先生になれってどういうことだよ」





 目線が高くなったことで、より懐かしさを感じる廊下を横並びでゆっくり歩きながら、俺はクロノスの言った『先生になれ』という言葉の意味について問い質した。



「言葉のままさ。今から律には、今さっき僕たちのいた教室に先生として、その場にいる体験入学の生徒に授業してもらう」

「でも、俺【教員免許】なんて持ってないぞ。そんなやつが、学校で他人様に勉強を教えるなんてダメに決まってるだろう?」

「勉強? 教員免許? 何それ?」

「勉強は知識を身に付けることだ。そして、教員免許とは先生になるための資格のことだ。これが無いと、児童や生徒に勉強を教えちゃダメなんだ」

「どうして?」

「【無免許】ってことで【法律】と呼ばれる大勢の人間で決めたルールによって罰せられるからだ」

「へぇ~、そうなんだ。人間同士でそんなことしているんだね」

「そうだな。そうじゃないと人間社会が上手く機能しないからな」

「ふ~ん。でも、その『教員免許』ってものが無くても、知識を教えられるって聞いたことがあるよ」



 それ、どこで聞いたんだよ? 部下からか? それとも、この世界のドラマかアニメか?



「それは、【学習塾】とか【家庭教師】とか、学校とは違う勉強を教えてもらえる別の場所だったら、教員免許が無くても教えることが出来ると思うぞ」



 実際、俺が大学生の時に、夏休みのバイトで中学生や高校生に勉強を教えたことがあるからな。



「ふ~ん。つまり、学校で勉強を教えるには、それ相応の資格ってものが無いといけないってことだね」

「そういうことだ」

「だったら、問題ないね」

「どうしてだ?」



 先程まで俺とクロノスが児童としていた教室のドアの前に止まると、隣にいるショタ神様が薄く笑った。



「だって、これも()()()()の一環なんだから」





「体験入学……って、これも体験入学の一環なのか!?」



 目を見開いて後ずさると、クロノスの口角が上がった。



「そうだよ。観光客が『この世界の先生になってみたい!』って要望があったから、この体験入学では、実際に先生として勉強を教えてることが出来るんだよ」



 そんなお手軽に先生になっても良いのか!? しかも、相手も観光客なんだろ!?

 何も知らない観光客が何も知らない観光客に勉強を教えるって、何かあったらどうするんだよ!?



「でも、教員免許も持ってない観光客が、どうやって勉強を教えるんだ? 自国の文化について教えるとかなのか?」



 そうだとしたら納得はいくし、(むし)ろ聞いてみたが……さっきの授業はどう考えても違ったような気がする。

 確か『この世界の常識について』とかだったか?

 突然襲い掛かってきた激しい頭痛のお陰で、最初の方しか聞こえなかったが。



「それは、どうにかなるから心配しないで」

「どうにかなるって……」

「まぁ、こういうのは体験する方が一番分かりやすいと思うから、いってらっしゃい……律先生!」



 クロノスから強引に名簿が書かれたであろう黒い薄いバインダーを持たされ、力いっぱい背中を押された俺は、勢いのまま既に開かれたドアをくぐり抜け、教室の中へと再び入っていった。





『うわぁ、これが先生の視点か』



 教室に入った途端、行儀よく席について大人しくしていた児童の目が、一斉にこちらに向けられた。



『ううっ、ここにいる奴らが全員、いい歳した大人の観光客だと分かっていても、こうも一斉に視線が向けられると、さすがに緊張するな。これだったら、大きなプレゼンの方が遥かにマシだ』



 唐突に向けられた大勢の人間の視線に若干引きつり笑いをしながら、後ろ手でドアを閉めると教壇の方に足を運ばせた。



『うっ、全員の視線が一切外れることなく俺に向けられてる。そんなに見なくても逃げないんだけどな』



 内心呆れながら教壇に上がった途端、意識が段々と遠のいていくのを感じた。



『あれっ、段々意識が無くなって……』



 薄れていく意識の中で最後に聞こえたのは、教壇の机に両手をつけて、目の前いる児童に向かって営業スマイル全開で『さて、早速授業を始めます! 最初は、この世界の常識についての確認なのですが……』と営業でも絶対に出さない、明るくはきはき言う自分の声だった。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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