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9日目 学校と洗脳⑥

これは、とある男の旅路の記録である。

「ううっ、何だったんだよ。本当」



 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、先生が教室を出ていったタイミングで、激しい痛みから解放された俺は、息切れしながら机の上に片頬をつけた。

 そんな俺を見ていた隣の神様は、片肘を立て、肘を立てた方の手に顎から片頬を乗せると、安心したような笑みを浮かべて見下ろしていた。



「なんだよ、お前が興味津々で授業を受けている間に、俺は突如として襲われた頭痛と45分闘ってたんだぞ」

「フフッ、良かったじゃん。まともに先生の話を聞かなくて済んで」

「どういうことだよ……」



 不貞腐れていることを隠さず上目遣いで隣を見ると、隣の神様は口角が更に上がった。



「だって、普通に授業を受けていたら……律、()()()()()()()



 【洗脳】という単語に、さっきまでの感じていた頭の痛さが吹き飛んだ。



「一体、どういうことだよ?」




 パチン!


 頬と顎から手を離したクロノスが指を鳴らすと、教室の色をカラーからモノクロに変わった。



「今回は、モノクロなんだな」

「まぁねぇ。こっちの方が落ち着いて話が出来るかなと思って。嫌だったら、カラーにするけど?」

「いいや、このままでいい」



 動揺から立ち直った俺は、ゆっくりと机から顔を上げた。



「分かった。それで、洗脳のことなんだけど……その前に、律はここにいる人間達が全員【子ども】に見える?」

「あぁ、どう見ても子どもだが……まさか、全員アンドロイドなのか!?」



 慌てて立ち上がり教室を見渡すと、横からおかしいものを見た時に出る笑い声が聞こえた。



「残念。ここにいるのは正真正銘、本物の人間だよ」

「そう、なのか」



 安堵の溜息をつくと、ゆっくりと席に座り直した。



「じゃあ、どういうことなんだよ」

「フフッ、ここにいる人間達はね……全員、律と同じ()()()()()()()()()なんだよ」

「っ!?」



 クロノスからもたらされた爆弾に目を見張ると、今度は席に着いたまま教室を見渡す。


 ここにいるのが、全員大人の観光客なのかよ。だとしたら……



「そうだとして、本物の子どもはどこ行ったんだよ? ここにいる大人の中には、子ども連れの子どもだっているはずだ。まさか、子どもを置いてけぼりにして、この学校に入学したとかじゃねぇよな?」

「まぁ、置いてけぼりにしているという点に関しては合っているね」

「!?」



 ここを訪れる観光客って、実は全員が人間として何かしらの欠陥がある人間しかいないとかじゃねぇよな?

 そうじゃないと、子ども置いて学校に体験入学に来ようなんて考えはしないはず。

 特に、好奇心旺盛で目を離したら危ない未就学児や乳幼児がいるなら尚更だ。



「でも、安心して。ここに大人がいる間は、置いてけぼりにされた子どものことは、害が及ばないようにしてるから」

「当たり前だ!」



 そうじゃなかったら、この学校は今すぐにでも廃校にすべきだ!

 未来を背負う子どもに害を及ぼすなんて言語道断だ!



「どうしたの、律? 神社に行った時と同じ顔してるよ?」

「その時と同じ感情になっていると思ってくれ」

「そうなんだ。でも、置いてけぼりになってる子どもだって、ここと同じ内容のものを学習してるよ」

「どういうことだ?」

「フフッ、ここで律と同じ人間……【大人】って言うんだよね。その大人達が学校(ここ)で授業を受けている間、ここに通えることが出来る子どもも同じ内容のものを学んでいるんだよ……VRで」

「VR?」

「そう、律だったら分かるでしょ? 確か、律のいた世界にもあったよね?」

「あぁ、確かにVRってあったが……あれは、主にゲームをプレイする時に使われる代物だぞ。それが何で勉強に?」



 VRと聞いて、『専用ゴーグルを装着して専用のコントローラーでゲームするもの』としかイメージ出来ない俺が、VRと勉強が結びつかず首を傾げていると、クロノスの口角が少し上がった。



「律は【個別授業】って知ってる?」

「あぁ。俺が中3の時に塾で受けたことがあるが、一対一で勉強を教えてもらう授業方法だろ? 確か、最近では不登校などで学校に通えない子どもの為に【リモート授業】って言って、自宅にいても学校と同じ内容の勉強を教えて貰えるって聞いたことがあるが……って、まさか!?」

「そう。この世界に観光に来ている子ども達……というより、この世界に住んでいる子どももだね。今の僕たちみたいに学校なんて行かずに、自宅でライフウォッチを使ってVR空間を呼び出して、そこで自分の好みの先生と一対一で勉強するらしいよ」

「そうなのか!?」



 それって、とても夢のようなことじゃねぇか!?

 だって、わざわざ学校に行かなくても勉強出来るってことだろ!?

 俺としては、小学生の時に導入して欲しかった羨ましい勉強方法だが……



「だとしたら、人間としての常識やマナーはどこで学ぶんだよ」

「どういうこと?」

「学校っていう場所は、色んな知識を学ぶ場所だ。それは、授業という形だけではなく、それ以外のところでも学ぶんだ。例えば、授業と授業の間で挟まれる休憩時間とか、【給食】って言って教室……クラス全員で同じ料理を食べる時間とか、運動会や文化祭などの【学校行事】とかが代表的だな」

「何それ? そんな非効率的なことをして、一体どんな知識が身に付くのさ?」

「人間社会で生きていく為の最低限の知識が身に付くんだよ」

「それは、授業で身に付くんじゃないの?」

「それはそうなんだが……それだけじゃないんだよ」

「例えば?」

「例えばそうだな……空気を読むとか?」

「何それ?」

「人間同士の距離感を図るための方法の1つだ。これが身に付いていないと、ある程度苦労すると思うし、下手したら弾き出されて生きていけないと思うぞ」

「そうなの? 人間が作った社会(もの)なのに、身に付けなかっただけで弾き出されるだね。人間って、とことん我儘なんだね」

「そうだぞ。それとだな……」

「もういいよ、人間が我儘だということが分かったから、これ以上は大丈夫だよ。僕は興味が無い話だと思うから」

「そっ、そうか」



 クロノスが俺の話を遮るなんて珍しいな。

 時の神様には、人間社会の理不尽さは興味を持つに値しないものらしい。

 時間を管理してるって言ってたから、その中で飽きるほど見ているのだろうか。



「それで、話を戻すけど……人間の常識やマナーは何処で学ぶって話をだったよね?」

「あぁ、そうだな。人間は群れて生きているから、学校で集団生活を学んで身に付けるんだ。それが、人間社会で生きていく為の基盤になるんだ」

「そうなんだ。だとしたら、この世界の子どもは学校じゃなくて授業で学ぶかな」

「どういうことだよ?」

「ほら、さっき律も体験したじゃん」

「ん?……っ!? まさか、それが『洗脳』なのか!?」

「そういうこと」



 この世界の子ども達は、本来は学校で学ぶはずの社会常識や最低限のマナーを【洗脳】という形で学ばせられるのか!?

 それは、人間を育てる過程としてどうなんだ!?

 【人を育てるのは、人だ】なんて言葉があるように、何も知らない子どもに対して、人間としてのあらゆる知識を身に付ける大人が導くことで、人間社会を形成していくのに、その役目をアンドロイドに任せるって……ん? ちょっと待て。



「なぁ、さっきのお姉さん……じゃなくて、先生はアンドロイドなのか?」

「そうだね」

「だとしたら、この世界の子ども達は洗脳を受ける度に、さっきの俺のように頭に激痛が来るのか?」



 だとすれば、それは虐待だと思うんだが!?



「ん? 違うよ。あれは、僕の加護がこの世界の洗脳から律を守ろうとした結果だよ。まぁ、この世界の洗脳が思った以上に強かったみたいだね……でもまぁ、それでも、時の神様であるの僕の加護には、遠く及ばないみたいだけど」



 きっと、人間のことをよく知らないクロノスが、純粋に俺を洗脳から守ろうと加護を発動させたんだろうな。

 まぁ、今回は『こいつのお陰で、薄気味悪いこの世界の人間にならずに済んだ』と思うことにしよう。

『得意げに笑うショタ神様に、思わず拳を振りかざしそうになった』というのは、心中に留めておこう。



「そうか、それなら良かった。それじゃあ、どうしてこの世界に来ている観光客にも洗脳を施したんだ?」

「もちろん、この世界が如何(いか)に素晴らしいか知ってもらうためだよ」



 なるほど、この世界を訪れた観光客に過剰なくらいおもてなしをしつつ、この世界を訪れた観光客さえも、この世界に染まらせるって魂胆か。

 全く、どこまでも我が身可愛さのこの世界の人間に、吐き気が来そうだ。





「さて、聞きたいことはこれだけかな?」



 ゆっくりと音を立てて、席から立ち上がったクロノスを見上げた。



「あぁ、そうだな。この世界の印象が、またひとつ悪くなったとだけ言っとくな」

「フフッ、そうみたいだね」



 何で俺が嫌そうな顔をしているのに、お前は嬉しそうに笑うんだよ。



「そうだ、クロノス。時間を動かす前にカラーにして貰って良いか? どうせ、あとは帰るだろうから、その前に撮っておきたい」



 机の横にかけてあったリュックを、少しだけ椅子を引いて出来た空間に現れた太ももの上に置いて、一眼レフを取り出そうとしたその時、優しく制止する声が聞こえてきた。



「ううん、律。まだ帰らないよ」

「えっ?」



 リュックのファスナーを開けてる手を止めて見上げると、そこには冷酷を帯びた笑みを貼り付けた神様がいた。

 その笑みに表情を固めた俺に、時の神様は更に口角を上げた。



「律、今度は先生になろうか?」

「…………は?」


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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