9日目 学校と洗脳④
これは、とある男の旅路の記録である。
「なっ、なんじゃこりゃ――!!」
姿見に映った俺に、思わずその場で腰を抜かした。
この、俺が……目を開ける前は三十路の大人だったはずなのに、目を開けたら黒目黒髪の生意気そうなガキになっている!?
突然のことに言葉を無くしていると、姿見の後ろから怪訝そうな面持ちをした金髪碧眼のショタ神様が顔を出した。
「どうしたの、律。大声なんて出して」
「どっ、どうしたって! おっ、俺、さっきまで普通の大人だったのに、目を開けたら小学生のガキになってたんだよ! そっ、それで……」
「あぁ、思いがけない容姿の変化に動揺したってことだね」
「そっ、そうなんだよ!」
動揺のあまり、上手く言葉が出ない俺の心情が伝わったのか、納得したクロノスが口角を緩めると、慌てふためく俺に小学生らしくない落ち着いた声で状況を説明した。
「安心して、律。今のその姿は、ゲームでいうところの【アバター】だよ」
「アバター?」
「そうだよ。今の律は、言わば学校に入る為の仮の姿だよ」
「仮の姿? どうして態々……って、まさかここに来る前に俺が言ってた、不審者扱いされない為の配慮か!?」
「うん、それもあるかもしれないけど……最大の理由は、ここが観光客向けの学校だからってことだよ」
「観光客向けってことは、ここも観光地ってことか?」
「まぁ、そうだね。でも、これは観光客の方が行きたいって望んだから、こういう形になったらしいよ」
「……つまり、ここはこの世界の住人達が観光客の為にと望んで作られたものじゃなくて、多くの観光客が望んだから作られたってことなのか」
「そういうこと。それで、『折角、この世界の学校に足を運ぶんだから、訪れた観光客に是非とも身も心もこの世界の学校生活に染まって欲しい』ってことで、ここを訪れたら、必ず学校に通っても違和感が無い子どもの姿をしたアバターになるんだよ」
「なるほど、だから俺も小学生の姿になってるってわけか」
クロノスの説明に納得した俺は、腰を上げて立ち上がると、自分の両手を開いては閉じてを繰り返して、アバターになった自分の身体の感覚を確かめた。
感触からして、小学生特有の柔らかい手のひらだ。大人のカサカサした手ではないな。
「しかし、この世界の学校に体験入学出来るとは、流石に思いつかなかった」
「体験入学? 何それ?」
「体験入学っていうのは、自分の行きたい学校に疑似的に入学して、その学校での1日の生活を体験することだ」
「まるで、今の僕らみたいだね」
「そうだな」
まぁ、一般的には中3や高3の時に夏休みや休日を使って、受験勉強の合間に志望校に偵察……じゃなくて、見学に行くんだけどな。
でもまぁ、私立の小・中学校の中には、お受験のための体験入学を実施してるところもあるらしいから、小学校の体験入学って、俺自身が経験したことが無いから新鮮に感じるんだよな。
しかし、俺の目の前にある学校は、俺が小学生の時に通っていたごく普通の市立の小学校と遜色ないと思うんだが、ここに今から体験入学するのか……何故だか、母校に帰ってきたような感覚になるのは仕方ないことだろうか。
「それじゃあ、早速行こうか」
「そうだな」
ニコニコ顔のクロノスの後と追うように、これから体験入学する小学校の正門を通った。
正門を通って校庭の真ん中を横切ると、正面玄関前にフォーマルなパンツスーツに身を包んだお姉さんがにこやかに立っているのが見えた。
歳は、大人の俺と同じくらいか? それにしても、とても綺麗なお姉さんだな。小学生に戻ったお陰か、フィルターがかかったかのように年上のお姉さんに魅力を感じてしまう。
「律、どうしたの? 律とそんなに変わらなそうな女性に、笑顔を向けるなんて珍しいじゃないか。それも……違和感しかないんだけど。あれかな、これが【気持ち悪い】ってことなのかな?」
「ちっ、違う! こっ、これは! 今から行く学校のことを考えると、『楽しみだな』と思っただけで! 決して、玄関に立っているお姉さんが綺麗だから、口角をだらしなく緩めてたとかではないからな!」
「あー、はいはい。僕、そういうの分からないから」
「くぅ……」
俺の必死な弁明を足蹴にされて、苦虫を食い潰したような気持になっていると、いつの間にか正面玄関に着いた俺たちを、先程から立っていたお姉さんが人畜無害の笑顔で優しくお出迎えしてくれた。
「君たち、今日は体験入学に来たってことでいいのかな?」
「はっ、はい! そうです!」
美人のお姉さんに顔を近づけられて、思わず上擦った声で返事をした俺に対し、横にいたクロノスはクスクスと俺のことを笑いながら、目の前のお姉さんに動じることもなく返事をした。
「そうだよ、綺麗なお姉さん!」
「っ!?」
「あら、お姉さんのことを綺麗なんて、君はお世辞が使えるんだね」
「お世辞? 僕、子どもだから全然分からな~い。でも、お姉さんが綺麗なのは本当だからね!」
「フフッ、ありがとう」
クロノスのお世辞に悪い気がしなかったらしく笑みを絶やさないお姉さんに対して、俺は時の神様の突然の豹変に面喰った。
クロノス、お前ってそんなに元気よく返事するようなキャラだったか?
いつもだったら、人を小馬鹿にしたようなことを言ったり、この世界のことに驚く俺に対して呆れたりしてるくせに……まさか、そっちが本性なのか!?
普段の様子からは考えられない、ショタ神様の外見通りの無邪気な態度に啞然としていると、お姉さんが左右の人差し指で正方形を作って半透明のポップアップを出した。
「それじゃあ、ここにライフウォッチをタッチしてね」
「はーい!」
「あっ、はーい」
初めて聞いたクロノスの元気いっぱいのお返事に我に返った俺は、慌ててお返事をすると、ライフウォッチの液晶画面をポップアップに合わせた。
液晶画面をポップアップに合わせた途端、ポップアップが白い粒子となって弾け飛ぶと、光の粒子達お姉さんのところに集まって、タブレット端末のような長方形のポップアップに形を変え、お姉さんの手に収まった。
「えーっと、クロノス君と渡邊律君ね。2人は……なるほどね」
あの、なるほどって何ですかお姉さん。今は子どもの姿をしてますけど、中身は一応クロノスの保護者と言っても違和感が無い立派な大人なんですよ。だから、大人の俺にも教えて下さいませんか? 途轍もなく気になるので!
ポップアップに映し出されている俺とクロノスの情報に納得したお姉さんは、片手を横に軽く振ると、ポップアップが反転して校内の簡単な地図を出てきた。
何か、今のお姉さん仕草が物凄くカッコ良く思えたのですが。
お姉さんのカッコイイ仕草に憧れの眼差しを向けると、お姉さんが俺とクロノスを交互に見て、優しい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、2人はこの教室に行ってね!」
お姉さんが指を指したところは、とある教室だった。
恐らく、今日の体験入学の会場だろう。
「2人とも、ちゃんと行けるかな?」
「大丈夫だよ、お姉さん! だって、僕には律お兄ちゃんがいるんだから!」
「えっ!?」
今こいつ、俺のことを『お兄ちゃん』って言ったか!?
ということは、今の俺とクロノスの関係って、兄弟か従兄弟ってことなのか!?
こいつと血族関係とか……正直、従兄弟でも嫌だな。
「フフッ、早速頼られてるよ。律お兄ちゃん!」
「あっ、あぁ……そうですね、弟のクロノスの為にも頑張ります!」
「うん、それこそお兄ちゃんだね! それじゃあ、2人とも気を付けてね! 分からなくなったら、ライフウォッチか近くの大人の人に聞くんだよ~」
「「はーい」」
可愛くて手を振って俺たちを見送るお姉さんに一礼すると、正面玄関の中へと入った。
頼むから、お兄ちゃん呼びはこれっきりにして欲しい。
あと、名前を君付けで呼ばれるのも小学生ぶりだから、何だかむず痒い気持ちになるんだよ。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




