9日目 学校と洗脳③
これは、とある男の旅路の記録である。
「まぁ、とりあえずはこんなところだ。どうだ、少しは【学校】について分かったか?」
「うん、大体は分かった。さすが、律だね。ライフウォッチよりとても分かりやすかったよ」
「そっ、そうか……それは、良かった」
互いに飲み物を飲みながら、俺のいた世界の学校について説明すると、向かい側で座っている時の神様が、ニコニコと満足げな笑顔を向けてきた。
なんだが、普段は営業以外で全くと言っていいほどに褒められないから、こうしてストレートに褒められると、どうして良いか分からないな。
妙にこそばゆくなった俺は、再び頬を掻きながら視線を逸らした。
外した視線の先に、クロノスが朝から観ている学園アニメが視界に映った。
丁度、キスするかしないか押し問答していた高校生カップルが、くんずほぐれつをしてて……
「おい! これ、全年齢じゃないのかよ!?」
お前、本当に朝から何を観てるんだよ!?
驚いて立ち上がると、クロノスが不思議そうな顔で俺のことを見てきた。
「全年齢? 何それ?」
「……すまん。それは後で説明するから、とりあえずニュースに変えても良いか?」
「うん、良いよ。どうせ、律が寝静まった後で観るつもりだから」
「…………」
中身が俺より遥かに年上の神様だというのは分かってるんだが……見た目が小学生のガキだから、どうしても善良な大人としての気持ちが動いてしまう。
あと、そういうのを観るんだったら、今度から俺にも声をかけて欲しい。
一応は、健全な三十路の男性だから、年相応に興味はあるし、最近は仕事が忙しくて観て無かったから、この機会に久しぶりに観てみたい。
この世界の大人の嗜みに、興味が沸いたというか……
「この世界にも、そういうものがあったんだな」
まぁ、合コン会場にラブホ的なものがあったなら、こういう映像はあって当たり前なのだろうか。
ということは、そういう本もあるのか……!?
「ん? どうしたの、律」
「いや、別に」
いかんいかん、この場にクロノスがいるのを忘れていた。
いくら、人間のことに疎い神様でも、見たい目がショタだ。
俺の理性が警報を鳴らしてくれたショタ神様に心の中で感謝を申し上げると、静かに座った。
こういうことは、寝室に戻って1人になった時に確認しないとな。
幸いにも、この世界の寝室には高い防音性が備わっているから、聞かれたらマズイ声が漏れることは無いだろうし、後処理は『注文』って言えば、どうにかなるだろう。
それよりも……
「この世界にも、学校ってあるのか?」
まぁ、ここに来て学園アニメがあるってことは、【学校】って概念は、恐らくこの世界にもあるんだろう。
でも、この世界の学校ってどんなものなのだろう? マンガやアニメで描かれるような未来世界の学校って、ノート替わりの液晶画面が付いた机に、教科書替わりの薄型の半透明のポップアップが浮かんでたり、先生がアンドロイドだったりするような……何だろう、この世界の科学技術を以ってすれば、出来ないことじゃないな。
だとしたら、学校なんて必要無いのか?
首を傾げて考えていると、正面から何でもないような口調で答える声が聞こえてきた。
「あるよ」
「……えっ?」
「あるのか、学校?」
「うん、あるよ」
肯定された言葉を上手い具合に脳内処理出来なかったので、オーバーヒートを起こした脳内を冷却させようとテーブルの上に乗っているぬるくなったホットコーヒーを一口飲んだ。
どうやら、この世界にも学校は存在していたらしい。
繰り返された肯定の言葉に、ようやく納得した矢先、俺の平静が失われるような言葉が帰ってきた。
「もちろん、僕や律でも入ることが出来る」
「クロノスや……俺!?」
時の神様からもたられてた爆弾発言に、気が動転してしまい思わず大声が出てしまった。
俺って、三十路の俺がか!?
クロノスが学校に入れるのは……まぁ、外見から分かるとして。
教師をはじめとする学校関係者以外に、学校に入れることを許される大人なんて、保護者か教材を扱っている業者ぐらいだぞ!?
教師でもない三十路の俺が学校に入ったら、完全にお巡りさんを呼ばれても仕方ない事態に陥るじゃないのか!?
俺の世界では、学校関係者じゃない大人が無断に学校に入っただけで、警察にお世話になる上に全国ニュースになるからな。
となると……まさか、昨日みたいな方法で学校に侵入するのか?
「なぁ、クロノス。一応、確認しても良いか?」
「良いよ」
「クロノスが言う『俺も学校に入れる』っていうのは……まさか、昨日と同じような方法で学校に入るのか?」
「違うよ」
「違う?」
だとしたら、どうやって入るんだ?
ますます言っている意味が分からず再び首を傾げると、真正面に座ってるショタ神様が、口角を少しだけ上げて、自分の手首を顔の横に寄せた。
「これだよ、律」
「ライフ、ウォッチ?」
トントンと液晶画面を指すクロノスに、俺は眉間に皺を寄せた。
「クロノス、ライフウォッチで学校に行くのは理解できたが、俺が正面から学校に入ったら、警察ドローンと追いかけっこになるかもしれないぞ?」
俺のいた世界での出来事を思い出して、一抹の不安を抱えてる俺に対し、真向かいにいる時の神様がクスクスと笑い出した。
「おい、笑いじゃないぞ。一応、この世界での俺の社会的立ち位置に関わってくるんだぞ」
「フフッ、ごめんごめん。本当、人間って欲望に忠実なくせに、立ち位置とかそういうつまらないことに拘るよね。不合理すぎて笑っちゃうよ。でも、安心して。律の立ち位置を脅かすことには絶対にならないから」
「どういうことだ?」
一抹の不安を隠すこともなく少しだけ目を細めてると、目の前の神様が冷ややかな笑みを浮かべた。
「だって、今から行くところは……ライフウォッチが認めた学校なんだから」
「律、準備出来た?」
互いが用意した飲み物を飲み干して片付けると、クロノスがいう『ライフウォッチが認めた学校』に行く準備した。
と言っても……
「準備って、さっきと同じようにソファーに座るだけだろ?」
「それにしては、昨日と同じリュックを背負ってるってことは、律のいう『相棒』も用意してるんでしょ」
「当たり前だろ。これが無いと、この世界の学校に行ったっていう証拠が無いからな。一応、学校内も写真撮影はOKなんだろ?」
「まぁねぇ。とは言っても、律のいた世界にあった学校でいうところの【休み時間】になったら、撮っても問題無いらしいよ」
「そこは、俺がいた世界と同じ基準なんだな」
まぁ、俺のいた世界で通っていた学校は、部活や授業とか特別な事情が無い限り、原則として校内の撮影は出来なかったし……そもそも、授業に関係無い物は原則として持ち込み禁止だから、一眼レフを持っているところが見つかった時点で、没収されて説教されるんだけどな。
「それじゃあ、律。行くよ」
「あぁ、いつでもいいぞ」
互いに目を見合わせて頷くと、目の前に備え付けてあるテレビの液晶画面に向かって、腕を伸ばして手を翳した。
「「注文、学校」」
声を揃えて唱えると、視界が真っ白に覆われて意識が遠くへと飛ばされる感覚に陥った。
「……つ、りつ、律」
「うっ、ううん?」
横からクロノスの声が聞こえて、閉じられていた目を開けると、視界に映ったのはショッキングピンクに染まった、大きな小学校の校舎だった。
「ここが、この世界の……学校?」
「そうだよ、律」
目を瞬かせさせながら辺りを見回すと、真横でニコニコと笑みを浮かべながら俺のことを見ているクロノスと目線が合った。
……ん? 目線が合う? いつもは、俺がクロノスのこと見下ろさないと合わない目線が、顔を横にしただけで目線が合った?
それに、声も何だかいつもより高い気がする。まるで、俺が小学生に戻ったような……
「なぁ、クロノス。出来ればなんだが、ライフウォッチで姿見を出して俺に向けてくれないか?」
「ん? 良いよ。注文、姿見」
クロノスが姿見を出して俺に向けると……そこにいたのは、黒髪黒目で俺がこの世界に来てからずっと着ている服装に身を包んだ子どもだった。
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