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9日目 学校と洗脳①

これは、とある男の旅路の記録である。

『ねぇ、明人……キスして』

『おっ、おい! 彩音、ここ教室だぞ! いつだれが来てもおかしくな……』



「……お前は、また朝から何を観てるんだよ」



 昨日のハイキングで予想以上に体力を使っていたらしく、少し遅めに起きた俺は朝食を食べにリビングに行くと、そこには高校生カップルのイチャイチャを、ソファーで寛ぎながら、興味がなさそうな顔で観ているクロノスがいた。



「あっ、律。おはよう」



 俺の声に気づいたクロノスが顔だけ俺の方に向けて挨拶をすると、すぐさまテレビに顔を戻した。


 あぁ、またこのパターンかよ。


 内心で呆れながら、ソファーに近づきクロノスの隣に座った。



「おはよう。それで、今度は何観てんだよ?」

「えーとね、【学園アニメ】っていうやつ」

「学園ものアニメ? どうしてそんなものを観て……あぁ、またライフウォッチにおすすめされたものを観てたのか」



 何時ぞやの悪役令嬢ものも、確かライフウォッチにおすすめされてたから観てたものだしな。

 あの時は結局、夜通しで最後まで観たって言ってたな。

 睡眠を必要しない(であろう)神様にとって、夜通しで観るなんて造作も無いことだとは思うが……神様の好みを正確に把握するこの世界のAIの優秀さには舌を巻くな。



「違うよ」

「えっ?」



 当てが外れて、思わず隣を凝視した。



「違う?」

「うん、違う」

「じゃあ、何で学園ものを?」



 クロノスが学園ものを観ようと思った理由が分からず眉を顰めると、何でもないような口調で答えた。



「それは、律がハイキングの時に言ってたからだよ」

「俺が?」



 俺が息切れを起こしながら登ってる時に、そんなこと言ったか?

 正直、あの時は絶景が見れる場所に着くまで意識が朦朧としてたから、自分が言ったこと覚えてないんだよな……


 登っている時のことを思い出せず首を傾げると、横から呆れたような溜息が聞こえてきた。



「そう、言ってたよ。確か『ハイキングなんて中学生か高校生の時の一回きりだよ』だったかな」

「あぁ、あれか」



 クロノスにハイキング経験について聞かれたから、そんな風に答えた気がする。



「だが、どうしてそんなことが学園ものを観ることに繋がるんだよ?」

「うん、あの時は僕も流してたけど……よく考えたら、僕って神様だから人間の事情に疎いところがあるんだよね」

「それは知ってる」

「それで、律が言ってた【中学生】と【高校生】の意味が分からなかったから、律が寝静まった頃に、ライフウォッチにお願いして中学生と高校生について分かる番組を教えてもらって、律が起きてくるまで観てたんだよ」



 つまり、中学生と高校生の意味が分からなかったから、ライフウォッチにお願いしてそれが分かる番組を教えてもらって、いつものように夜通し観てたと。



「ライフウォッチに直接聞かなかったのか?」

「もちろん、聞いたさ。でも、説明している意味が分からなかったから、映像だったら分かるかなと思って……ほら、律がいた世界でもあったでしょ? 確か【百聞は一見に如かず】だったかな?」

「あぁ、確かにあるが……というか、どうしてそんなことわざ知ってるんだよ?」

「ことわざ? ことわざって何?」

「先人達の知恵を分かりやすく言葉にしたもののことだ」

「へぇ、そうなんだ。僕もこの言葉は部下からの受け売りだから、実は意味をあまり理解してないんだよね」



 だったら、どうしてこのタイミングで使ってきたんだよ。使い方的としては、間違っていないんだよ。



「そうだったのか。それで、学園ものアニメを観て理解出来たのか?」

「ううん、全然」

「だろうな……とりあえず、朝飯を食べよう。それから、俺の方で中学生と高校生について教えてやるよ」

「分かった」



 ソファーから立ち上がって、そのままダイニングテーブルに歩いていき朝食の準備をするクロノスを後ろから見ながら、心の中で大きな溜息をついた。


 はぁ……まさか、神様相手にこんなことを教えることになるなんてな。





 クロノスが用意してくれた朝飯を早々と食べ終え、テーブルの上にホットコーヒーとオレンジジュースを置くと、対面に向かって口を開いた。



「そもそも、クロノスは【学校】って知ってるか?」

「ううん、知らないよ」

「やっぱりか……」



まぁ、中学生と高校生が分からない時点で、知らないことは分かっていたけどな。


 軽く溜息をつくと、ホットコーヒーを一口飲んで気持ちを落ち着けた。



「まずは、そこからだな……いいか、クロノス。人間には【年齢】というものがあるのは知ってるか?」

「うん、人間が誕生してから成長して退化する過程のことでしょ?」

「……まぁ、間違ってはいないか。それで、一般的に一定の年齢に達した人間は【学校】と呼ばれる、人間が生きていく上で必要な知識を身につける場所に行かないといけないんだ」

「へぇ~、人間が生存する為には知識が必要なんだね」

「そうだな。それに、ある程度知識が無いとお金が貰えないからな」

「お金?……ごめん、律の言っていることが全く分からなくなってきたんだけど」

「あぁ、すまん。それじゃあ、知識とお金について分かりやすく説明するな」



このショタ神様に説明するには、丁度いいだろう。


 ショタ神様に知識とお金の関係を説明するために、ライフウォッチを操作してポップアップが出した。





「律、突然ポップアップなんて出してどうしたんだい?」



 ポップアップの半透明越しにクロノスが不思議そうに小首を傾げているのが見えた。

 

 ちくしょう、可愛いな……って、違う!

 あれっ、それよりも……


「なぁ、クロノス」

「ん? 何だい?」

「俺が出しているポップアップの文字って見えているのか?」



 正直、見えていて欲しくないのだが。



「そんなの、見えないに決まってるじゃん。見えていたら『個人情報の漏洩だ!』って、この世界の人間が騒ぐよ」

「確かに、この世界の人間なら言いそうだな」



 まぁ、俺のいた世界でも他人様のスマホの中身を見るのは、マナー違反だって言われているからな。

 そう考えると、ポップアップの内容を見られるのが個人情報漏洩っていうのは、ある意味理にかなっているいるのかもしれないな。



「でしょ? それよりも、律は今何しているの?」

「まぁ、待て。もうすぐで分かるから」

「そう」



 ポップアップの内容が見えないのは、こちらとしては実に好都合だ。


 この世界の個人情報保護に感謝しながら、ポップアップからお目当ての物が書かれた文字をタッチすると、テーブルの上に半透明のキューブ達が出てきて形作ると、一瞬で弾ける飛んだ。

 キューブ達が作った物が姿を現した瞬間、俺は小さく口角を上げて手に取ると、小首を傾げているクロノスの前に出した。



「なぁ、クロノス。これが何か分かるか?」

「何って、これは【ハサミ】でしょ? 確か、【紙】って呼ばれる物とかを切る道具だよね?」

「そうだ。ちなみに、これの使い方は分かるか?」

「うん、分かるよ。こうして輪っかのところに指を通して、ここの銀色のところを開いて閉じて物を切るんでしょ?」

「正解だ」


 どうやら、ハサミについてはある程度の知識はあるみたいだな。


 俺の目の前でチョキチョキとハサミを動かすクロノスに更に口角を上げると、視線に気づいたクロノスが更に小首を傾げた。



「ねぇ、律。これで何が分かるの?」



 おっと、説明もなしにしたから意味わからないよな。俺としたことが失礼した。



「すまんすまん。きちんと説明してからの方が良かったな」

「いや、別にいいけど」

「それは良かった。これで何が分かるかといえば……クロノスに知識についての大切さを知って欲しかったんだ」

「どういうこと?」

「クロノスは今、俺がポップアップから出した物体がハサミという【名称】であることを知っている。そして、そのハサミの【使い方】を知っている。つまり、ハサミに関しての知識はある程度あるということだ」

「うん、そうだね。それと知識のお金はどういう関係になるのさ?」

「それはだな……知識が増えるということは、新たな知識が得られるということなんだ」

「うん、それで?」

「人間、新たな知識が増えて新たな考え方が生まれたら、自然と新たな選択肢が生まれるんだ」

「選択肢?」

「あぁ、例えばこのハサミの特性を知っていれば『これを使って物を切る仕事を出来たり、このハサミの使い方を教える仕事出来たりするな』という考え方が生まれるんだ」

「へぇ~、それが選択肢なんだね」

「そうだな。それがお金を貰えるきっかけにもなるんだ」

「そうなんだね。でもさ、教えることってお金になるの?」

「あぁ、なるぞ。人間、自分の知らない知識を得られるのなら、どんな手段でも使うのさ」

「それが、自分の稼いだお金を使うことになっても?」

「そうだ。それ以上にお金を稼げば大丈夫だからな。まぁ、人に物を教えるという仕事が思いつくのも、それなりの知識を有しているから出来ることなんだけどな」



 俺も、営業に行くときはそれなりに勉強して、ある程度頭に叩き込んでから行っているからな。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

大変お待たせ致しました!

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