8日目 自然と管理③
これは、とある男の旅路の記録である
「それで、本物の自然ってどういうことだよ?」
クロノスの介抱の甲斐あって、精神的に何とか立ち直った俺は、後ろに手をつきながら、隣で同じように寛いでいる神様に聞いてみた。
すると、隣の神様が何の気なしに話し始めた。
「言葉のままだよ。ここは、人間達の立ち入りは疎か、ライフウォッチの干渉を一切許さない緑豊かな場所なのさ」
「そんな場所がこの世界に存在してたのか?」
「そうだよ。まぁ、ここだけじゃないんだけどね」
「そうなのか!?」
「そう。そして、この場所以外にも【雪山】や【火山】など、人間の手では到底創れない場所は全て、人間の立ち入りやライフウォッチの干渉を禁止しているんだ」
「なるほど~」
だからクロノスは、ライフウォッチからではなくリュックからお弁当や飲み物などを取り出して、昨日みたいにライフウォッチを使って移動ではなく、1日目みたいに指を鳴らして移動することを提案したんだな。
……ん? ちょっと待て。
「今、『立ち入りが出来ない』って言ったか?」
「そうだね」
「えっ!? じゃあ、俺たちがこの場所で寛いで大自然を満喫している今の状況は、かなりまずいことじゃないのか!?」
それこそ、俺たちがこの場所に立ち入っているとバレた瞬間、警察ドローンのサイレンが辺り一帯を轟かせて、俺たちがさっきまで使っていた山道を、物凄いスピードで駆け上がってきた警察ドローンに、俺たち2人がお縄に着いてしまうのでは!?
成り行きとは言え、この世界の立ち入り禁止区域に入ってしまったことに対してのリスクに懸念すると、時の神様が鼻で笑って余裕の笑みを浮かべた。
「そんなの、時の神様である僕が既に手を打ってるに決まってるじゃん。何せ、この世界は、僕が管理している数多ある時間軸の一つなんだから」
「あっ、あぁ。そうですか……」
流石は時を司る神様。この世界の厳重すぎるセキュリティーを潜り抜けるくらい、朝飯前なんですね。
時の神様の本気に若干引いていると、ふと、とある疑問が思い浮かんだ。
「なぁ、どうしてこの世界の人間は、この場所に人間が立ち入ることを禁じて、ライフウォッチの干渉すらも許さないんだ? こんなに美しい自然が残っているなら、それこそ観光地になるんじゃないか?」
まぁ、この綺麗な絶景がお気に召さなかったのならば、ここを観光地にしなかったのは納得がいくが……ん? そうだとしたら、どうしてこんな美しい景観が、今でも残っているんだ?
今までのことを鑑みるならば、観光地としての価値が無いならば、世界遺産だろうが重要文化財だろうが躊躇なく壊す奴らが、観光地として無価値と判断した場所を、後生大事に残しているなんてありえないはず。
首を傾げて深く考えて込んでいると、隣から呆れたような溜息が聞こえてきた。
「まぁ、それもそうなんだけさ……こんな風に残している理由として、主に2つあるんだ」
「2つ?」
今から話す2つの理由について、真剣に耳を傾けようと後ろにあった手を離して、胡坐を搔いている両膝に両手を置いて、体ごとクロノスの方に向けると、クロノスも同じような体制を取ると、お互いが向かい合わせになる形になった。
「そう。1つは環境保護ってところかな」
「環境保護?」
「うん。律がいた世界にもあったでしょ?」
「あぁ。確かに、ラムサール条約とか世界自然遺産とか、環境保護に関する取り決めは、大なり小なり幾つものあったぞ」
「そうだよね。でも、いくら人間の中で『自然を守るために決まりを作りましょう』と言っても、【人間】という種族全体が絶対に守るなんて無理でしょ」
「まぁ……そうだな」
仮に、環境保護に関する条約で守られている場所があったとして、その条約で守られた場所に『人間の捨てたゴミが一つも落ちていない』というのは、残念ながらありえない話なのだ。
現に、外出して出たゴミをそのまま放置したり、現地に群生している草木をお土産代わりに取って勝手に持って帰ったりするなどが、悲しいことに日常茶飯事で行われている。
ポイ捨てが社会問題になるくらいだしな。
中には、立ち入るのに厳しい審査と許可が必要な環境保護区に無断で入って住処にしたり、絶滅危惧種の動植物を捕らえてそれを別の場所で売って金儲けしたりするなど、条約や憲法なんてお構いなしの人間だっているのだ。
まぁ、そんな愚かなことを仕出かした人間の言い訳として『知らなかった』とか『バレなければ良いと思っていた』とか『高値で売れる』とか『ここで撮れば、動画の再生数が上がる』など、聞いてるこっちの頭が痛くなるくらい、実に身勝手で自己中心的なものが多い。
まぁ、『自己中心的』という意味では、この世界の人間との共通点だろうな。
非常に遺憾であるが。
「でしょ。だから、そんな愚鈍で我が身が一番の人間から豊かで美しい自然を完璧に守るために、人間達の立ち入りを禁じて、さらに、人間が身に付けているライフウォッチの干渉を禁じたんだ。そして、念の為にこの場所が人間達から見えないように、巨大な透明のプライベートゾーン……律にとって聞き馴染みがある言葉で表すなら【結界】ってもので囲っているんだ」
「結界でこの場所を囲っているって、それはまた念入りな策だな。でも、そんなことをしたとしても、うっかり人間が立ち入ることだってあるだろう? そうなった場合は、どうするんだ?」
人間が、言い訳として使うワードナンバーワンの『うっかり』という不慮の事故に対して不安視すると、ショタ神様が冷たく醒めた笑いを漏らした。
「そんなの、ライフウォッチに搭載されているAIが、そうならないように誘導すれば良いだけの話だよ。だって……この世界の人間は、ライフウォッチには逆らえないんだから」
「逆らえない?」
「そう、僕のような神様でも無い限り、逆らえないんだよ。まぁ、この言葉の意味は、そのうち律にも分かるさ」
意味ありげな笑みを浮かべるクロノスに、俺は頭を悩ませるしか出来なかった。
クロノスの言ったそれは『ライフウォッチが便利すぎるから』という、比喩的な意味で逆らえないということだろうか。
だとしたら、ライフウォッチを生みの親である人間が、ライフウォッチ……高性能のAIに逆らえないなんて、それこそありえない話だろう。
だって、この世界のAIは、人間に対して従順なのだから。
「とりあえず、この場所が人間達やライフウォッチに干渉されない1つ目の理由が【環境保護】であることは分かった。それで、2つ目の理由は?」
「2つ目の理由、それはね……」
そう言うとクロノスが徐に立ち上がってお尻を軽く叩くと靴を履いた。
そして、木陰から日の当たる場所までゆっくり歩いていくと、くるりと振り返って大きく両手を広げた。
「ライフウォッチに勉強させる為なんだよ」
「……えっ?」
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