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8日目 自然と管理①

これは、とあるの男の旅路の記録である。

「おはよう」

「……おはよう」

「ん? どうしたの、律?」



 昨日、悪夢のような合コンに行ったお陰で、朝からいつも以上にテンションが低いを俺を見て、クロノスが小首を傾げた。

 まぁ、時の神様に『昨日の一件で、メンタルに甚大なダメージを負っている』なんて言っても、分からないよな。



「律、ご飯食べる?」

「あぁ、頼む」

「了解。注文(オーダー)、朝ごはん」



 とりあえず、腹を満たしておかないと。

 今日の予定なんてものはまだ決まっていないが、腹が空いては何をするにしても支障が出るしな。

 それに、いつまでもうだうだ落ち込んでても仕方ない。

 ここは、上手い飯でも食って、少しでもメンタルを回復させなければ。



「律、用意出来たから食べようか」

「あぁ、そうだな。ありがとう」



 クロノスがライフウォッチに頼んだ朝飯をを前にして、そっと息を吐くと、テーブルに備え付けられている椅子を引いた。





「律、美味しい?」

「あぁ、美味いぞ」



 ライフウォッチが用意してくれた美味い朝食を、浮かない顔をして食べている俺のことを、クロノスが不思議そうな顔をしてじっと見ていた。



「もしかして、昨日のことをまだ気にしてるの?」

「そうだな。気にしてると言えば気にしているな」

「そう……」



 何時(いつ)になくテンションが低い理由を、食べている手を止めて無遠慮に聞いてきた時の神様に対して、視線を明後日の方向に外した俺は、不機嫌を隠すこと無くぶっきらぼうに答える。

 すると、聞いてきた張本人は少しだけ考える素振りを見せると、再び食べる手を動かして始めた。



「ねぇ、律。今日なんだけどさ……」



 二人して朝食を食べ終えたタイミングで、向かい側に座っているクロノスから、今日の予定について伺うような声で聞いてきた。


 俺としては、出来れば2日目のように一日中家で過ごしたい。

 旅行中に『滞在先で引きこもりたい』なんて、時間を無駄にするのは重々承知なのだが、昨日受けたダメージが未だに残っているから、今日一日はメンタル回復に専念したい。



「どうした、クロノス。昨日に引き続き、お前から行き先を提案してくるなんて珍しいじゃないか」

「まぁ、律をこの世界に呼んだのは僕だしね。それに、今日の律は、今まで見た中で一番気分が優れないって感じがしたから」

「あぁ、そうだな」



 まぁ、お前の所為(せい)で気分が優れないんだけどな。



「だから、そんな状態の律を連れて行きたい場所があるんだ」

「連れて行きたい場所? まさか、昨日のような場所じゃないよな?」

「フフッ、違うよ。今日行きたい場所は……時の神様である僕()()()行ける場所なんだよね」

「クロノスだから、行ける場所?」

「うん、そうだよ」



 この世界の時間を管理してる神様が本気を出してしまえば、行けない場所なんてあるはずないのに……時を司る神様にそこまで言わせる場所って、一体どこなんだ?


 (いぶか)しむ俺を見て、柔和な笑みを浮かべたショタ神様が今日の予定を提案した。



「ねぇ、律。ハイキングに行かない?」

「…………は?」





「はぁ、はぁ。ハイキングなんて、一体いつぶりだよ」



 絶好のハイキング日和に相応しい、雲一つない澄み渡った綺麗な青空。

 そして、その青空に浮かんでいる太陽の光を、力いっぱい浴びている自然で溢れている山。

 その中に整備された山道を、息せき切って登っている三十路男と、その男の前を汗を流すことなく涼しい顔で登る時の神様。



「まさか、この世界に来てハイキングすることになんて思わなかった」

「そうなの? 律のいた世界にも、ハイキングなんてあったでしょ?」

「あったが……こんなの、よっぽどな物好きじゃない限り、大抵の人間は、中学生か高校生で一回だけ経験したぐらいだぞ」

「そうなんだ~」

「それより、どうして汗かいてないんだよ。ここまで随分と長かったぞ」

「そんなの、寝食という概念が無い神様に、疲れなんて概念があるはずないからだよ」

「あ~、はいはい」



 つまりは、神様特有の無尽蔵の体力を持ってるから、全く疲れないってわけですね。

 全く、神様ってのは、人間の物差しでは計り知れない存在なんだな。


 息切れをおこしながら、俺はここまで来るまでのことを思い返した。





 クロノスに言われるがまま、朝食を片付けた俺は、ライフウォッチが用意してくれた寝間着から、この世界に来た時に着ていた動きやすい服装に着替え、同じくこの世界に来た時に背負っていた一眼レフが入るリュックを背に負ぶうと、重い足取りで玄関に向かった。

 玄関には、既に準備万端なクロノスが待っていた。

 服装はいつもの半袖・半ズボンではなく、ハイキング向けの長袖・長ズボンに身を包み、ハイキング用の帽子を被り、小学生でも背負えるくらいの少し大きめなリュックサックを背に担いでいた。

 恐らく、ライフウォッチに用意してもらったものだろう。



「悪い、待たせたな」

「ううん、別に大丈夫だよ。それじゃあ、僕の手を握って目を閉じて」

「えっ、今日はライフウォッチで行かないのか?」



 差し出された小さな手に戸惑うと、ショタ神様が至極当然といった顔で俺のことを見上げた。



「そうだよ。むしろ、ライフウォッチでは、絶対行けない場所だから」

「…………は?」



 ハイキングの行き先が、ライフウォッチでは行けない場所って……それって、この世界の立ち入り禁止区域とかじゃないよな!?





「はぁ、はぁ……なぁ、クロノス。ここのどこが、ライフウォッチでは行けない場所なんだよ」



 山道を歩き始めて(しばらく)く経った頃、息切れを起こして汗だくになりながら登っている俺が声をかけると、疲れた様子を一切見せずに俺の前を歩いてるクロノスが、不意に立ち止まって振り返ると、余裕の笑みで俺のことを見下ろした。



「フフッ、それはもうすぐしたら分かるから」

「はぁ? もうすぐ?」

「そうだよ、そろそろ見晴らしが良い場所が見えたから」

「えっ?」



 同じように足を止めて見上げると、クロノスに後光……ではなく、(まぶ)しい太陽の光が差していた。



「なるほど、確かにもう少し登れば到着しそうだな」

「でしょ。だから、ほら、えっと……こういう時は確か【頑張って】で良いんだよね?」

「フッ、あぁそうだな」



 人間の感情ことに疎い神様の疑問符を頭に浮かべながらの応援に、不覚にも励まさせた俺は『さて、もうひと踏ん張りだ!』と自分に言い聞かせ、再び足を前へと動かして始めた。





「お~、絶景だな~!!」



 クロノスの目論見通り、少しだけ足を進めると、見晴らしが良さそうな開けた場所が現れた。

 眼前には、緑に覆われた自然豊かな山々が連なるように広がり、その間を大蛇のような大河が流れていた。


 まさに、絶景という言葉に相応しい雄大な光景だな。


 今まで登ってきた苦労を忘れてさせてしまう景色に目と心を奪われた俺は、すかさず首にかけていた一眼レフを構えると、無我夢中で美しい景色をカメラに収め始めた。



「すごいな! この景色を見れただけでも、ここまで頑張った甲斐があった。今まで撮ってきた、どの風景写真より一番良い写真が撮れた気がするぞ!」

「フフッ、それは連れて来て良かった」



 目の前に広がる壮観な風景をカメラに収めて満足していると、後ろから小さく笑う声が聞こえてきた。

 振り返ると、大人2人が入れるくらいの大きさがある青色のレジャーシートを敷いて、温かい眼差しでこちらを見ているクロノスがいた。



「さて、律のことだからそろそろお腹が空いたでしょ」

「確かに……」



 グー



「「あっ」」



 どうやら、壮大なパノラマを撮ることに夢中になりすぎて、ここまで来るのに消費していたカロリーが尽きかけていたことを忘れていた。



「フフッ、どうやら僕の読みが当たってたみたいだね」

「そうだな、大変不本意ながらだが」



 大人の男性として、かなり恥ずかしすぎるところを見られてしまい、少しだけ視線を外すと、正面からクスクスと笑う声が聞こえてきた。



「それじゃあ、お昼ご飯にしようか」

「あぁ、そうだな」



 ショタ神様の言葉に甘えて、俺は用意してくれたレジャーシートに向かって歩を進めた。



 情けない話だが、ハイキングのことで頭がいっぱいになり、お弁当のを持ってくるのを忘れていた。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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