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7日目 恋愛と相性⑥

これは、とある男の旅路の記録である。

「綾が……ヒューマノイド?」



 唐突に(もたら)された事実に絶句している俺を、目の前の神様が慈悲深い笑みで見ていた。



「そう、この子は律のいた世界にあった2つの技術を発展させて掛け合わせたヒューマノイドなのさ」

「俺のいた世界にあった技術? しかも2つも?」



 どういうことだ?


 顔を(しか)めながら首を傾げている俺のところにベッドから飛び降りた神様が、ゆっくりとした足取りで歩いてきた。



「そう、この世界のヒューマノイドには律のいた世界にあった技術が2つ使われているのさ」

「その、2つの技術って何だ?」



 眉間に皺が寄せて聞いている俺の前で、時の神様が得意げな顔をしながら人差し指を立てた。



「まず、一つ目が……【クローン技術】って呼ばれる技術さ」

「クローン技術?」

「そう、知ってる?」

「まぁ、一応は……」



 確か、生物のコピーを造る技術ことだよな。でも、元の世界ではあまり推奨されていない技術の1つだったはず。特に、人間のクローン実験は世界的に禁止した条約があるって聞いたことがある。



「でも、クローン技術は同じ個体を造る技術だから、さっきクロノスが言ってた『理想の人物を具現化』が嘘になるぞ。綾はあくまで俺の理想であって、他の野郎の理想が綾である可能性は極めて低いからな」



 人間の趣味趣向なんて千差万別で、それを俺の理想で作り上げた綾がまかなえるとは考えにくい。



「そうだね。クローン技術はあくまで生物の複製を造る技術らしいから、ここにいるヒューマノイドがこの世界にいる人間達の理想なんてありえないね」

「だとしたら、クローン技術は何に使われているんだ?」

「それは、ヒューマノイドの基になる人間の体を量産する為に使われているんだよ」

「なるほど……」



 つまり、多くのヒューマノイドを効率良く造る為に使われているのか。とても気味が悪いが。



「それじゃあ、2つ目の技術って何だ?」



 恐らくそれが、理想の人物の具現化を実現させている技術なのだろう。


 顔を顰めたまま聞く俺に、得意げな顔をしているクロノスがピースサインを作った。



「2つ目の技術っていうのは……【遺伝子組み換え技術】って呼ばれる技術さ」





「遺伝子組み換え技術?」



 再び首を傾げる俺に、クロノスが優しく聞いてきた。



「そう、これも律のいた世界にもあったでしょ?」

「まぁ、そうだな」



 確か、生物の遺伝子を取り出してそれを別の生物の遺伝子へと組み込む技術だよな。主に植物に対して行われてものだった気がする。けど、これもクローン技術と同じで推奨されていない技術だったような……



「それで、その技術が一体何に使われているんだ?」

「それは、ライフウォッチから読み取った情報を基に造られた遺伝子をクローン技術で造られた体の中に組み込む時に使われているんだ」

「ライフウォッチ?」



 どうしてここでライフウォッチが出てきた?



「そうだよ。ライフウォッチは装着者の願望を具現化するものだからね。その仕組みを応用して、装着者の理想が具現化したヒューマノイドを造っているのさ」

「なっ、なるほど……」



 まさか、俺のいた世界で推奨させていなかった2つの技術がこんなことに使われているなんて……元の世界にいる科学者達がこれを知ったらひっくり返りそうだな。





「でも俺、ライフウォッチには合コンのことしか注文(オーダー)していないぞ」



 目の前にいる理想の人形をチラ見して大きく溜息をついていると、不意に浮かんだ疑問を口にした。


 何せ、その時の俺はヒューマノイドなんてものがこの世界にあるなんて知らなかったんだから。



「そうだね。でも、律がライフウォッチに注文(オーダー)した時点でこのヒューマノイド……というより、律が来た合コンは()()されたんだよ」

「合コンが完成していた?」



 ヒューマノイドだけじゃなくて合コンが完成されていたって、一体どういうことなんだ?



「うん。この世界の合コンやお見合いって、()()装着者の理想が具現化されたものなんだよね」

「全て?」

「そう、全て。今僕たちがいる合コン会場は、全て律の理想が具現化されたものなんだよ」

「えっ!?」



 この合コンって、元々開催されていたものじゃなかったのか!?



「ちなみに、律とヒューマノイドと出会いって、律が理想としている【シチュエーション】ってやつをそのまま具現化したものなんだよ」

「嘘だろ……」



 確かに、俺の合コンのイメージって【若者が、飲んで騒いで出会いを見つける場】としかなかったから『出来れば、落ち着いた合コンが良いな』とは思っていたが……まさか、出会いのシチュエーションまで具現化されていたとは。



「でもまぁ、この世界の【合コン】や【お見合い】って、人間に生殖行為をさせることが目的なんだけどね」

「……はっ?」





「クロノス、今何て言った?」



 唖然としている俺の前で、自分が爆弾発言をしたと微塵も自覚していない時の神様が何の気なしに口を開いた。



「だから、この世界の合コンやお見合いって生殖行為が目的なんだよ」

「はぁ!?!?」



 この世界の合コン&お見合い事情、どうなってんだよ!?


 言葉を失っている俺を特に気にも止めていないクロノスがお構いなしに話し始めた。



「この世界の合コンやお見合いって、人間同士……というより、人間とヒューマノイドの生殖行為が目的なんだよね」

「ええっ……」

「まぁ、律が僕のこと忘れていたのもその為だしね」

「そうなのか!?」



 俺がクロノスのことを忘れていたのは、綾とそういう行為に持ち込むためだったのか!?



「そうだよ。この世界の合コンやお見合いって、装着者が理想のヒューマノイドに対して【恋】って感情が芽生えさせるように仕向て、装着者とヒューマノイドに恋に落ちたとライフウォッチに内蔵されているAIが判断した瞬間、ヒューマノイドに生殖行為に持ち込むように指示するんだ。それと同時に、AIは装着者に対してヒューマノイドしか考えられないよう装着者の人格が崩壊しない程度に記憶を改竄(かいざん)するのさ」

「改竄!? そんなことしてたのか!?」

「うん、律だって身に覚えがあるはずだよ」



 確かに、俺が綾に対してイケメンな態度を取ったり、この部屋に入ってきたクロノスに初対面のよう接して強気になったりしたが……それらは全て、ライフウォッチによって記憶を改竄されていたからなのか。



「それに、この空間に入った時に嗅いだ甘い匂いもヒューマノイドのことしか考えられないようにするためのものなんだよ」

「あの甘い匂いって、種の媚薬だったのか……」

「媚薬? 何それ?」

「……家に帰って、俺が寝静まったらライフウォッチに聞いてくれ」



 何となく説明したくないので。



「うん、そうする。そうして、ヒューマノイドとAIに誘導された人間は、この部屋で満足いくまで生殖行為をするのさ」

「そう、なんだな……」



 俺がこの空間に入った時に抱いた『ラブホ』という印象は間違っていなかったらしい。でも……



「この世界のヒューマノイドって、その……生殖機能とか付いているのか? いくらクローン技術と遺伝子組み換え技術が合わさって造られた物だからといって、そういうものが付いているとは考えにくいんだが」

「あぁ、それなら大丈夫だよ。ここにいる彼女……というより、合コン会場にいるヒューマノイドは全員、クローン技術と遺伝子組み換え技術により人間と生殖行為は可能だし子孫繫栄だって普通に出来るよ。何だったら、この世界のヒューマノイドの中身は人間のそれとあまり変わらないみたいだし」

「ええっ……」



 この世界のヒューマノイド、完全に人じゃねぇか。





「でも、そんな悪魔みたいな外道なことが現実になっているということは、この世界の住人達自らが理想の恋人や配偶者を見つけたいと願ったからなんだよな?」

「そうだね。正確には、装着者が理想とする人間を願ったからだけど」

「人間? 異性じゃなくて?」

「うん、人間だよ」



 クロノスの満面の笑みと言葉で俺はある結論に至り、思わず血の気が引いた。


 『理想の人間』ってことは……



「なっ、なぁ……それって、老若男女関係無くってことか?」

「まぁ、そうだね」

「っ!?」



 つまり、青少年育成条例に余裕で引っかかるような人間……というよりヒューマノイドでも、

 装着者が願えばこの密室でヒューマノイド相手に如何(いかが)わしい行為が出来るということか。


 倫理観が破綻しているこの世界の住人達に対して静かに怒りを込み上げると、胡坐(あぐら)を搔いている膝の上で強く握り(こぶし)を作った。



「本当、胸糞悪い世界だな」



 この時ほど、俺は『こんな世界が、俺がいた世界が辿る数多の未来の中で辿る可能性が一番高い未来とか今だけは信じたくない』と心から思った。





「さて、この世界の合コン事情を話したけど……どうする?」

「どうするって?」

「このまま、ここにいるヒューマノイドと生殖行為に励む? それとも、帰る? まぁ、僕としてはどちらでも良いんだけど」



 そう言って、つまらなそうな顔をしながら両手を後ろに組み、俺に背を向けてゆっくりとした足取りでドアの方に歩いて行くクロノスを追いかけるように慌てて立ち上がった。



「そんなの帰るに決まって……あっ、ちょっと待ってくれ!」

「何? 生殖行為をしたいのなら、僕がいなくなった後にして欲しんだけど」

「違う! こんな事実を知った後で出来るか!」

「だったら、どうしたの?」

「帰る前にここの写真を撮ろうと思ったが……あれっ? 俺の相棒はどこだ?」




 パチン!




 立ち止まってこちらを振り返ったクロノスが指を鳴らすと、視界に映る光景がモノクロからカラーに変わり首元が少しだけ重くなった。

 驚いて胸元を見下ろすと、俺の相棒がぶら下がっていた。



「律のことだから、きっと写真を撮るかと思って」

「クロノス……ありがとうございます!」



 『人間のことなんて理解出来ない』と言っていた時の神様が、写真を撮る俺のためにわざわざ用意してくれたなんて……お前って本当に良い奴なんだな!



「でもまぁ、律の行動原理は理解出来ても、思考は未だに理解出来ないけどね」

「あぁ、そうですか」



 その一言が無ければ、俺はお前のことを純粋に見直したんだけどな。




 旅行7日目

 今日は、この世界の合コンに行ってきた。

 『旅行中に合コンに行く』という俺のいた世界では冷たい目で見られても仕方のないことなのだが、クロノスの強い勧め(と俺の純粋な興味)で行くことになった。

 俺が行った合コン会場は、三十路の俺でも片肘を張らずに行ける気品溢れた立食パーティー式の合コンで、そこで俺は素敵な出会いを果たした。

 まぁ……今思えば、全て【ライフウォッチ】の手のひらの上だったんだけどな。

 何でも、この世界の合コンは成熟した人間同士……というより、人間とヒューマノイドの繫殖行為が目的らしく、合コン会場は装着者……ここでいう俺の願望を尊重したもので、そこで出会った素敵な女性も俺の好みを反映させたヒューマノイドだった。

 その上、合コン会場にいたヒューマノイドは全員、俺のいた世界では推奨されていなかったクローン技術と遺伝子組み換え技術の融合で造られた物だった。

 俺は、今日のこの出来事でこの世界のことが少しだけ嫌いになった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

7/27 大幅な加筆修正をしました。

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