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7日目 恋愛と相性③

これは、とある男の旅路の記録である。

 好みの女性から食事に誘われた俺は、ついさっきまで一人寂しく料理を楽しんでいたテーブルに彼女をエスコートしながら戻ってきた。


 俺が誘いに応じた時、彼女は弾けるような笑顔を浮かべ、その笑顔に三十路男の(ハート)が撃ち抜かれた。


 彼女を華麗にエスコートしている今も、自分持って来た料理が乗ったお皿を両手で持っている彼女が愛らしい笑顔を俺に向けている。


 本当は、男らしく彼女の分のお皿も持とうとしたが『あなただって自分のお皿を持っていますし、それに……あなたと同じようにお皿を持ちながらテーブルに着きたいんです』と、彼女が可愛らしい意地を張ったので、あっさり白旗を上げた。


 それにしても……俺の隣にいる彼女は本当可愛い。

 私利私欲が蔓延(はびこ)るこの世界にも、まだこのような素敵な女性がいたとは!





「さぁ、どうぞ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」



 脳内でひたすら『可愛い』と連呼をしつつ、テーブル席にある椅子を引いて彼女を先に座らせると、席に着いた彼女が俺の方に顔を向けて柔らかな笑顔でお礼を言った。


 なんと可愛らしい笑顔なのだろう。お淑やかな雰囲気の彼女によく似合ってる。


 彼女の笑顔にまたもや心を奪われながら、向かい側の席に着いた。


 それにしても、こうして女の子と二人きりで食事をするのは、一体いつぶりなのだろうか?

 少なくとも社会人になってからは一度もない。

 バカ上司のお陰でサラリーマンになって今日まで【仕事が彼女】だったから。



「あのっ!」



 元の世界での恋愛事情に感慨深くなっていると、俯き加減の彼女が声をかけてきた。


 おっと、つい自分の世界に入ってしまった。

 いかんいかん、いくら女性との2人きりの食事が久しぶりすぎて浮かれているからといって、目の前の可愛い彼女を放っておく程に気を抜いてはいけないな。



「あぁ、すみません。あなたのような綺麗な女性に……つい、見惚(みと)れてしまいました」

「かっ、可愛いだなんて……はっ、初めて言われました!」



 イケメンが言ったら間違いなく黄色い歓声が上がるようなセリフを三十路の俺が紳士的な笑みを浮かべて口にすると、顔を真っ赤にした彼女が、両手で頬を覆いながら(うつむ)いてしまった。


 かっ、可愛すぎる!


 耳まで真っ赤にして照れている彼女に内心悶絶しながら、人畜無害な笑みを貼り付けて言葉を続けた。


 この場所にクロノスがいなくて本当に良かった。

 今の俺をあいつが見たら、絶対困惑するし確実に引くな。



「そうなんですか? てっきり、言われ慣れているものだと思っていました」

「そっ、そんなことありません! 今まで、男の人とこんな風に向かい合って話すなんて、仕事以外では滅多にありませんでしたから」

「へぇ~」

「そっ、それに! かっ、可愛いなんて言われてたの……家族以外で()()()()()()()なんです!」

「では、僕があなたにとっての()()()の『可愛い』を頂いたんですね?」

「家族以外だと……はい」

「フフッ、そうですか。それは、とても光栄なことです」

「そう言ってますけど、あなただってこういうのは言い慣れているのですか?」



 可愛い反応をする彼女を愛でている俺に、彼女の目が不安で揺れた。


 その表情も可愛いので、少しだけからかってやるか。



「こういうこととは、どういうことですか?」

「もう! 絶対に分かってて言ってる!」



 おっと、今度はリスのように頬を膨らませて上目遣いで睨んできた。


 そんな表情しても、男を喜ばせるだけなんだけどなぁ……まあ、『可愛い』と言われただけで初心な反応をする彼女には分からないだろう。

 それに、ここで機嫌を(そこ)ねられたらと本気で逃げられてしまいそうだから、このくらいにしておこう。



「ハハッ、すみません。可愛い君が可愛い反応を見せてくれるから、つい意地悪をしてしまいました。出会ったばかりの女性にすることではありませんね」

「本当にですよ! もうっ! それに、また可愛いって!」

「フフッ……でも、こんなことを言うのは、可愛いあなただけですよ」

「…………もう、バカ」



 普段の俺なら絶対に言わない歯に浮くようなセリフをさらりと口にすると、耳まで真っ赤にした顔で拗ねている彼女がそっぽを向いてしまった。


 本当に可愛い人だ。



「さて、まずは乾杯といきましょうか」

「そうですね!」



 乾杯を促した途端、彼女が表情をパッと明るくなりそそくさとグラスを持った。



「それでは、この2人の素晴らしい出会いに……」

「「乾杯」」





「へぇ〜、綾さんの趣味()写真撮影なんですね?」

「そうなんですよ!……って、律さん! 『綾さん()』ってことは、律さんの趣味ってもしかしなくても写真撮影なんですか!?」



 俺の向かいで趣味の話をする彼女……綾さんは25歳のOLさんで、男の庇護欲を駆り立てられるような可愛いらしい外見なのだが、性格は負けず嫌いで芯のある強い女性だった。

 そんな彼女が、今回の合コンに参加したのは、友人との賭けに負けたかららしい。

 何でも、年齢イコール恋人いない歴の彼女を心配した友人がお節介ついでに彼女に賭けを持ちかけたようだ。


 綾さんの友人のお節介を少しだけ不快に感じたが……そのお陰で綾さんという素敵な女性に会えたのだから、その友人に感謝しないといけないな。



「そうですよ。僕も写真が趣味なんですよ」

「そうなんですね! 私の趣味を家族以外の人間に明かすと、大抵の人間が『老後の趣味?』ってバカにするので、大人な律さんと同じ趣味で嬉しいです!」

「ハハッ、綾さんはお世辞が上手なのですね」

「そんなことありません! この会場で初めて律さんを見かけた時『とても素敵な男性がいらっしゃる!』と思って、勇気を出して声をかけたんですよ」

「勇気を出して……ですか?」

「はい。さっきも言いましたが、こうして男の人と2人きりで話すことにあまり慣れていないんですよ。仕事だったら、男の人と2人きりでも全然平気なんですけどね」



 アハハと笑う彼女に俺は久しぶりに嫉妬を覚えた。


 ダメだな、()()綾さんを自分のものにしていないのに、顔も知らないやつに対して妬いてしまうなんて……これも、女性と2人きりで話すのが久しぶりだからだろうか。

 でも、今はこの気持ちを彼女に見せてはいけない。恐らく、恋愛初心者であろう彼女を怯えさせてしまうかもしれないから。



「そうでしたね。ですが、この会場には僕以上に魅力的な男性がたくさんいますよ。それなのに、こんな僕に勇気を出して声をかけたのですか?」

「わっ、私には! 律さんが、この会場で一番魅力的な男性に見えました!」

「……好きです」

「えっ? 律さん、何か言いましたか?」

「いえ、何も言ってないですよ」



 何とか取り繕った笑顔を綾さんに向けると、安心した笑みを浮かべた彼女の意識が俺から料理の乗ったお皿に移った。


 マズイ、思わず本音が出てしまった。

 (さいわ)い、彼女の耳に届いていなかったから良かったものの、出会って間もない三十路男がいきなり『好きです』なんて告白したら、彼女の端正な顔立ちが(たちま)ち歪んで気持ち悪がるに決まっている。

 だからこそ、紳士的に慎重に距離を縮めないと。

 何せ彼女は、俺のことを好意的に思っているみたいからな。

 そして俺も、初対面の女性と一緒に食事をしているにも関わらず、変な緊張をせずに会話が出来ているし……何より、彼女と一緒にいるこの時間が楽しい。

 やっぱり俺、綾のことが好きだ。

 だから、この機会(チャンス)をふいにするようなことは絶対しない!





「さて、この後はどうしますか?」



 2人で仲良く料理が乗っていた皿を綺麗にし、ウエイトレスさんが運んできてくれたシャンパンで再び乾杯をして一口飲んだタイミングで切り出した。


 まぁ、大抵は場所を変えてお茶をしたり、映画を観に行ったりってところだろう。

 もしくは、少しだけ準備に時間をおいてしまうが、共通の趣味である写真撮影に興じるっていうのもあるな。

 さすがに『どちらかのお家にお邪魔します!』なんてことは無いだろうけど。


 すると、先程まで天真爛漫だった綾の様子がおかしくなり、頬を紅潮させると勢い良く顔を俯かせてもじもじし始めた。



「どうかされました?」



 もしかして、トイレか? 席に着いてから一回も席を立ってなかったら……だとしたら、自然な形で彼女に促さないと。



「いえ、その、あの……」

「?」



 一体、どうしたというのだろう? 女性と2人きりで食事すること自体ご無沙汰だった俺にとって、こういう時の女性の扱いには自信が無い。


 どうした良いか内心困り果てていると、挙動不審だった綾さんが急に動きを止めた。

 そして、耳まで真っ赤にした彼女が小さく頷いて俯いていた顔を勢いよく上げると、真剣な眼差しで俺と目を合わせた。



「あのっ! どうしても律さんに伝えたいことがありまして……もしよろしければ、あちらで2人きりになりませんか?」

「…………えっ?」



 そう言って、顔を赤らめた綾さんが指したところは……会場の出口だった。


最後まで読んていただき、本当にありがとうございます!

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