7日目 恋愛と相性②
これは、とある男の旅路の記録である。
「……クロノス、その選択肢の答えを言う前に1つ聞いても良いか?」
「うん、良いよ」
「どうして【合コン】とか【お見合い】なんてものを知ってるんだ?」
この神様は、さっきまで『好き』とか『恋愛』とか『恋人』なんて言葉の意味を知らなかったはず。
「それは、どちらもこの番組の中で言ってたからさ」
「そうなのか?」
「そうだよ。合コンっていうのは、男性のグループと女性のグループが合同で【飲み会】というものをして、親睦ってものを深めながら恋人との出会いを求めることで、お見合いっていうのは【両親】とか【叔父叔母】って呼ばれる人間から勧められて、男女が一対一で出会うことだよね?」
「そう、だな……」
この番組、そんなことを言ってたのか。だったら、『好き』とか『恋愛』とか『恋人』についても言って欲しかった。お陰で、心の古傷が抉られたぞ。
「それで、律。合コンとお見合い、どっちに行きたい?」
「『どっちも行かない』って選択肢は無いのか?」
「残念ながら、それは無いよ」
可愛らしい笑みを浮かべる神様に向かって大きく項垂れたると、特大の溜息をついた。
どうやら、今日の予定は合コンかお見合いで決まりらしい。
「はぁ……それなら合コンで」
この世界に知り合いも両親もいない俺には、選択肢は1つしかないからな。
それに、あのバラエティー番組を観ているうちに、この世界の恋愛事情にも興味が湧いてきたし、この世界の恋愛事情を直に拝める絶好のチャンスということで、この神様の突拍子も無い提案に乗っかるとしますか。
「分かった。それじゃあ、準備しないとね?」
準備?
顔を上げながら小首を傾げる俺に、椅子から立ち上がった時の神様は何の気なしに言った。
「そうだよ。いつも着ている律の服装は、どうやらこの世界の合コンでは相応しくないみたいんだからね」
「なるほど」
何せ、動きやすさ重視の服だからな。俺のいた世界でも、俺がいつも着ている服で合コンに行ったら酷い目に遭うこと間違い無しだと思う。
「そう言えば俺、『旅行先で出会った人と、そのまま付き合って結婚した』なんて話は聞いたことはあるが、『旅行先で合コンに行った』なんて話は聞いたことないな」
ライフウォッチで呼び出した姿見の前に、同じくライフウォッチにコーディネートしてもらったこの世界の合コンに相応しい服……ドレスコードに身を包んでいる自分を見ながらボヤいた。
「何が違うの? どちらも、旅行先で出会ったから大差無いと思うけど?」
そんな俺のボヤキが気になったがショタ神様が俺の傍で首を傾げた。
「あのなぁ、前者の場合、双方のご両親に挨拶をする時に2人の馴れ初めを聞かれても、双方の両親の心象が悪くならないから何の問題もないんだ」
「そうなんだ~」
「でも、後者の場合、大半は微妙な反応をされると思うし……最悪、心象を悪くさせて双方の両親を怒らせるかもしれない」
「……うん、時の神様の僕にはよく分からない」
「はぁ……」
人間の色恋沙汰に関しての知識が小学生以下の神様に【恋人が出来た時の周りの心象】について、アレコレを教えるのはまだ早かったみたいだ。それにしても……
大きく溜息をつきながら、俺は姿見に映る洒落込んだ自分と目を合わせた。
「俺、何やってんだろう」
「それで、合コンにはどうやって行けばいいんだ?」
「そりゃあもちろん、ライフウォッチにお願いするのさ」
「まぁ、そうなるよな……」
この世界に一週間も滞在していれば、大方分かってきましたよ。
「何だか今日の律、乗り気じゃないね。今の律に番になるような相手がいないから問題無いでしょ?」
「番言うな。確かに、今の俺に彼女はいないが……こういうのって、自らが進んで行くものじゃないのか?」
「今日の律、僕に理解出来ないことばかり言ってるね」
ですよね。人間のことをよく分かっていない神様が、三十路男の繊細な機微が分かるはずが無い。
「……とりあえず、合コン会場に行くようにお願いすればいいんだな?」
「うん。律、頑張って」
「『頑張って』って……もういい。注文、合コン会場」
時の神様のあっさりした励ましの言葉を受け取ったがライフウォッチに呼びかけた途端、視界が白い光に覆われ、思わず目を閉じた。
その刹那、光が収まり始めたのと同時に人の声が聞こえてきた。
光が収まったタイミングでそっと目を開けると……そこには、いくつもの大きなシャンデリアが吊り下げられている西洋風の豪華絢爛な大きなホールがあった。
「ここが、(この世界の)合コン会場?」
【オシャレな居酒屋やバーで、男女が騒いで出会いを求める】という俺のイメージとは正反対の……落ち着いた大人しか集まっていなさそうな、どことなく気品が漂う合コン会場に、妙にソワソワしながら会場を見回した。
立食式であろう会場のテーブルには、豪勢な料理がテーブル毎に用意されており、会場内には落ち着いたクラシック音楽が流れていた。
そんな豪華な合コン会場に集まった参加者達は、全員TPOに合わせたドレスコードに身を包み、会場内の至る所でシャンパンやワインなどを片手に、会場で出会ったパートナーと朗らかに語り合っていた。
「なるほど、だからドレスコードだったのか。というより、ここは本当に合コン会場なのか? どう見ても、セレブの誕生日パーティーか大企業の忘新年会じゃないのか?」
まぁ、どっちも行ったことが無いから知らないけど。
豪勢な会場と落ち着いた雰囲気に溜息をつきそうになりつつ、場違いな所に連れて来たライフウォッチを睨み付けてようとしたその時、上品なメイド服姿のウエイトレスさんが、シャンパンの乗った銀のお盆を片手に営業スマイルで近づいてきた。
「よろしければ、シャンパンいかがですか?」
「あっ、あぁ……いただきます」
戸惑い気味にウエイトレスさんからシャンパンを受け取ると、もう一度会場を見回した。
どうやら、この世界の合コンは俺が予想していた以上に大変お上品なものらしい。
だったら、ここは変に心配せずに楽しもう。
せっかく、クロノスが気を利かせて送り出してくれたのだから。
正直、この世界に出会いは全く求めていないので、さっさと壁の花にでもなってこの世界の合コンを心ゆくまで観察させてもらおう。
受け取ったシャンパン片手に早速、壁の花になるべく近くにあったテーブルの料理を大きな白いお皿に盛り始めた。
「へぇ~、この世界の合コンって、会話をして気が合えばってカップル成立なのか」
俺のいた世界の合コンに比べれば遥かに健全だな。
自ら盛り付けた料理とシャンパンを持ってホールの壁近くに幾つか用意された落ち着いて食事が取れる白いテーブルクロスが覆っている丸テーブルの一席を陣取ると、美味しい食事と飲み物に舌鼓を打ちつつ、遠巻きからこの世界の合コンの観察していた。
この世界の合コンは、基本的に立食を楽しみながら、近くにいる人と穏やかに会話を楽しみ、フィーリングが合えば人目を忍んで会場を出るらしい。
合コンに参加経験のある友人から聞いた『合コンは、一種の狩場だから』という物騒なものとはかけ離れた穏やかな合コンの雰囲気に感心していると、真横から遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あの、ここ、良いですか?」
「はい?」
声がした方に顔を向けると、胸元が少しだけ開いている以外は露出控えめの水色のワンピースに身を包んだ、茶髪でセミロングの可愛らしい顔立ちをした小柄な女性が、不安げな目で俺のことを見つめていた。
うわっ、俺の好みの女の子だ! しかも、ストライクゾーンど真ん中のタイプ!
いきなり現れた女性に胸の高鳴りを感じて思わず一目惚れそうになったが、すぐさまここに来た目的を思い出した。
そうだ、俺がここにいるのは人間の恋愛に興味を持ったクロノスによって唆され、半ば強引に同意してしまったからだ。
まぁ、俺もこの世界の合コンや恋愛事情に興味を持ってしまったから、クロノスのことを責めるつもりは全く無い。
この場所を陣取っているのも『この世界の合コンを遠目から見てみたい』という、興味本位からだしな。
「あっ、すみません。初対面の方に対して、失礼な返事をしてしまいました」
「いっ、いえ……」
彼女、明らかに戸惑っているな。それに両手に料理が乗ったお皿にシャンパンを持っている……あっ。
「もしかして、こちらで今から食事をされますか? でしたら、今すぐ片付けますので」
「えっ、あのっ……」
ここに来たってことは……さしずめ、俺と似た境遇で合コン会場に来たってところだろう。
例えば、クロノスのような押しの強い友人に無理矢理行かされたとかだろう。
そして、合コンに来たもののどうしていいか分からず、だからといってすぐに帰ってしまっては友人に何を言われるか分からないので、とりあえず食事をしながら壁の花になって時間を潰そうと場所を探していた時に、ここを見つけたのだろう。
まぁ、男の俺からすれば『そんなこと気にせずに帰れば良いのに』と思うが、女性の場合だとそうはいかないらしい。
……そう言えば、随分前に合コンに行った友人がこんなことも言っていたな。
『仕事中の女性よりも、合コンの時の女性の方が本気で怖い』って。
それに、好きでもない野郎と一緒に食事なんてしたくないよな。
誰に言い聞かせるわけでもなく、内心で長ったらしい言い訳をしながらテーブルの上を片付け終えると、お皿とグラスを持って声をかけてくれた女性に営業スマイルで声をかけた。
「お待たせして申し訳ありません。テーブルの上は綺麗に片付けましたので、どうぞこちらで心ゆくまで料理を召し上がって下さい。好きでもない男と一緒に食事なんてしたくないでしょうし」
声をかけてくれた相手に罪悪感を与えないように気を使いつつ、紳士的な笑みを残してその場を去ろうとした……が、上着の袖を小さく引っ張られたお陰で立ち去れなかった。
引っ張られた方に体ごと向けると、声をかけてきた女性が、恥ずかしそうに頬を赤く染めながら可愛らしく見つめてきた。
「あの! もし、よろしければ……一緒に食べませんか?」
「えっ、良いのですか?」
予想外のお誘いに驚く俺の瞳と、潤んだ可愛らしい瞳がかち合った。
「はい……私、あなたと一緒にお食事がしたくて声をかけましたから」
旅行7日目。俺、渡邊 律【30歳・独身】は、異世界で恋に落ちました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。




