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7日目 恋愛と相性①

これは、とある男の旅路の記録である。

『ちょっと待った――!』

『おぉ! 3番さんから「ちょっと待った」のコールがかかったぞ! さぁ、これから一体どうなるんだ~!?』



「……お前は、また朝から何を観ているんだ?」



 いつもの時間に起床していつものようにリビングに向かうと、ソファーで(くつろ)いでいる時の神様が、一昔前に流行っていた公開お見合いバラエティーを退屈そうに観ていた。


 こいつはまた、爽やかな朝に相応しいと思えない番組を観てる。



「やぁ、律。おはよう」

「『おはよう』じゃねぇよ!」

「おや、朝の挨拶は【おはよう】じゃないのかい?」

「いや、そうなんだが……って、そんなことじゃなくて!」



 (らち)が明かないと思った俺は、足早にソファーに近寄り隣を陣取った。



「クロノス、さっきの俺の言葉が聞こえなかったのか?」

「えっ、おはようじゃなくて?」

「いや、その前だよ」

「その前って……あぁ、『お前は、また朝から何を観てるんだ?』だったかな?」

「聞こえてたのかよ」

「だって、律が起きてきたんだからまずは挨拶を……」

「あ~、もう分かったから」



 何で俺は、朝から時の神様と至極当然なことを確認しているんだ……いや、今はそうじゃなくて。



「それで、どうしてこれを観てたんだ?」

「それはもちろん、ライフウォッチにオススメされたからだよ」

「ライフウォッチに?」



 高機能AIが一昔前のバラエティー番組をオススメしたのか?



「うん。僕が『人間の【好き】というものについては教えて欲しい』って注文(オーダー)したら、これが映ったんだよ」

「えっ?」



 この神様、人間のことに関して疎いんじゃなかったのか? そんな神様がどうして人間の好きについて知りたいって思ったんだ? そもそも……



「お前、人間同士の恋愛事情に興味があったんだな。こう言っては何だが、意外だった。てっきり『人間同士の醜い争いなんて、神様には理解出来ない』とか言って興味が無いと思ってたから」

「うん、僕もこの世界に来るまでは興味は無かったんだけど……一昨日、律と一緒に図書館に行った時に人間の繫殖方法について書いてある本を見つけたから、暇つぶし程度に読んだんだよ」

「へぇ~」



 こいつ、ゲーセンのことが記載された本だけじゃなくてそんな本も読んでいたのか。 

 『興味が無い』とか『理解出来ない』とか言いながらも何だかんだ勉強熱心なんだよな。



「この世界にも、そんな直球なことが書かれている本があったんだな」

「そうだね。一応、人間の存亡に関わるものだから『公に置いていても問題無い』って判断したんじゃないかな」



 どうやら、この世界では人間という生き物は最も尊ばれる存在みたいだからな。



「それで、その本には『人間の繫殖行為の条件として、基本的には男性と女性が互いに【好き】という感情が無いと始まらない』って書いてあったんだよ」

「まぁ、そうだな」



 中には『カラダだけの関係』ということで好きという感情が無くてもそういうことをするカップルもいれば、異性に一方的に迫ってそういう行為をしでかす【クズ】と呼ばれる底辺の人間もいるけどな。

 というか、この話題って朝からすることか?



「やっぱりそうなんだね。じゃあ、その【好き】って感情が生まれる時って、雄と雌が出会った時なの?」

「それも本に書いてあったのか?」

「そうだね」

「まぁ、特殊な性癖の持ち主じゃない限り、大抵の場合はそうだな」

「そうなんだ。その『特殊な性癖の持ち主』については、興味が湧いたから後で聞くとして……」



 耳が汚れるから聞かなくていいぞ。



「それでね、その本を読んでて、その【好き】って感情がどういう過程で生まれるのかとても興味が湧いたんだ」

「なるほど、それでライフウォッチに聞いてこれを観てたってわけか」



 だったら、朝じゃなくても良かったんじゃないだろうか。俺が寝ている時にでも良かったはず。



 満足げに笑う時の神様に対して、大きく溜息をついた。


 正直、高度な人工知能が人間の【好き】という感情を理解しているのか不安だったが、この番組を選んだっていうことは、【好き】というのが何なのかくらいはある程度分かっているのだろう。

 まぁ、好きを知る教材が一昔前の公開お見合いバラエティーなのは個人的に『極端だな』と思うが、人間のあれこれをよく分かっていなさそうなショタ神様には丁度いい教材だろう。



「とりあえず、クロノスが朝から昔の恋愛バラエティーを観ていた理由は分かった。それで、今から朝飯にするが……どうする、このまま観るか? それともニュースを観るか? どうせ、人間にとって都合の良いことしか言ってないと思うが」

「このままでいいよ。これを観ていると、人間の雄と雌が【好き】という感情を持つまでの過程が人間の個体別や出会い方によって多種多様だということが分かるから、ますます興味が湧いてくるんだ」

「そうか、それなら……注文(オーダー)、朝飯」



 人間の恋愛事情に勉強熱心な神様に少しだけ呆れながら、いつものように朝飯を呼び出した。





『おっと! 告白前の最後のフリータイムで2番さんと良い感じの彼女が、告白タイムでまさかの別の男性のところに行ってしまった――! これは、予想外の番狂わせだ――!』



「へぇ~、あの女性、フリータイムの時に仲睦まじく話してたのに、告白って時に別の人のところに行っちゃったね~」



 俺が呼び出した朝飯のサンドイッチを食べながら食い入るようにテレビを観ているクロノス。

 『お行儀が悪いから止めなさい!』と反射的に言いそうになるが、俺の対面にいる美少年は、見た目は子どもで中身は神様だ。

 神様相手に、母親のような説教は烏滸(おこ)がましくて出来ない。



「恐らく、告白タイムでまっすぐ行った男が本命なんだろう。さっきまで仲良く話していた男には『友達以上恋愛未満』としか思っていなかったんだろうな。フリータイムで話していた男、きっと『自分に来る!』って期待していただろうに。あ~あ、可哀そう」

「なにその『友達以上恋愛未満』って?」

「あっ……」



 フリータイムで話していた男のことを憐れに思った俺の言葉が聞こえていたらしい。


 そう言えば、このショタ神様は【好き】というものが分からないから、この番組を観ていたんだった。

 だとしたら、この恋愛初心者にこの手の話は少しハードルが高い気がする。



「コホン。つまり、友達として遊ぶのは良いけど、恋人として付き合うのは無理ってことだ」

「…………何それ?」

「……すまん、忘れてくれ」



 やっぱり少し早すぎたか。

 

 俺の不用意な発言でどことなく気まずい空気が流れたので、話題を変えようとテレビに視線を戻し、出来たてほやほやのカップルを目にした瞬間、脳内である疑問が浮かんだ。




「そう言えば、この世界の人間って、どうやって恋愛して恋人を作るんだ?」





「恋愛? 恋人? 何それ?」



 俺の疑念に興味を持ったのか、テレビに顔を向けていたクロノスが俺の方を向いた。



「恋愛っていうのは、好きって感情がより強くなることなんだ。それで、その感情を向ける人間のことを【恋人】って言う」

「へぇ~、好きにも色々あるんだね」

「そうだな」

「それで、どうしてそんなことを思ったの?」

「この番組を何となく観てて、ふと思ったんだよ。他人と関わることを拒絶しているこの世界の人間が、どうやって恋愛するんだろうって?」

「なるほど、確かに気になるね。ちなみに、律に恋人はいたの?」

「……一応いた。大学で知り合ったけど、大学4年の時に別れた」

「なんで~?」

「……浮気されたから」

「浮気?」

「っ!?……つまり、俺という恋人がいるにも関わらず、俺と付き合っていた女の子が、別の男のことが好きになって、結果的にその男に取られたんだよ! というかお前、俺と出会う前に俺のことを知ってたんなら、俺に恋人がいることくらい知ってただろ!?」

「うん、知ってたよ。でも、直接聞いた方が良いかなって」



 頼むから、人の傷口に塩を塗ることを聞かないでくれ。満面の笑みで聞いてくるから、尚更(なおさら)腹が立つ!



「それじゃあ、今の律には【恋人】と呼べる存在の人間がいないってことだよね?」

「くっ……そうだが!」



 どうした、急に? 俺に恋人がいないことがそんなに気になるか?


 大人気なく不貞腐れながら答えると、対面の神様が笑みを深くした。



「だったら、丁度良いね」

「丁度いい?」



 どういうことだ?



「うん。律が、この世界の雄と雌……男女が出会う場に行っても問題ないね」

「……は?」



 この神様は、いきなり何を言っているんだ?


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている俺に、ショタ神様は気持ちの良い笑みを浮かべながら言った。



「ねぇ、律。【合コン】と【お見合い】、どっちに行きたい?」

「…………は?」



 旅行7日目。俺、渡邊 律【30歳・独身】は、時の神様から男女が出会いを求める場に行くことを勧められました。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

そして、今話から小説ページを少しだけ変わりましたので、よろしくお願いします。

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