6日目 病院と娯楽④
これは、とある男の旅路の記録である。
「それで、クロノスが行きたい場所ってどこなんだ?」
この世界の病院で負傷した肩が完治させた後、俺たちを乗せた車は、昨日クロノスが言っていた行きたい場所に向かって走らせていた。
「フフッ、気になる?」
ニヤニヤしながら思わせぶりな態度をとるショタ神様に多少なりとも苛立ちを感じるが、病院に連れて来てくれた恩もあるので、表情に出さないまま無難に返した。
「そうだな。まさか、観光地以外に行きたい場所があったなんて、思いも寄らなかったから」
「そうかな?」
「そうだぞ。一昨日の日帰り観光地巡りなんて、『行きたい』って言ったくせにずっと関心がなさそうな顔をしてたじゃねぇか。散策の時だって……あぁでも、コンビニの商品とかに興味深そうな表情で見てたな」
「あれは、人間達の趣味趣向を直に見れて興味を惹かれたのさ。あと、一昨日の日帰り旅行は、単につまらなかっただけだよ。僕たちが見たものは、全てこの世界に住んでいる人間達が愚かな考えで作り出した紛い物だからね」
それを言うなら、『他所から来た観光客に、いい顔したいから』という愚かな考えを具現化したにすぎないコンビニに陳列されている商品とあまり大差がない気がするが……神様の考えていることは、人間の俺にはよく分からなかった。
「そうですか。それで、行きたい場所って?」
両手を頭の後ろに組みながら体重を運転席の椅子に乗せ、何の気なしに聞くと、窓際に片手で頬杖をつきながら外の風景を見ていたショタ神様が、視線だけ俺に向けると口角を上げた。
「それはね……ゲーセンだよ」
「…………は?」
ゲーセンって……あのゲーセンか!?
「この世界にもあったんだな、ゲーセンって」
カーロードから降下して着いたのは、この世界のゲーセン……正確には、室内で様々なスポーツが遊べたり、カラオケがあったりするなど、色んな遊びが楽しめる複合型屋内アトラクション施設だ。
まさか、俺が学生時代に友達と休みの日にたまに遊びに行っていた場所が、この世界にもあったなんてな。
懐かしさを感じながら施設の外観を写真に収めると、クロノスと共に施設の中へ入った。
全面ガラス張りの自動ドアが開いて中に入った途端、真っ暗闇な空間にある床が白く光り出した。
「うおっ、いきなりなんだ!?」
突然のことに軽くあとずさると、受付嬢の制服に身を包んだ綺麗なお姉さんが目の前に現れた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらからお選びください」
営業スマイル全開のお姉さんが両腕を扇形に広げると、半透明のポップアップが複数現れ、そこには【スポーツ】・【カラオケ】・【ゲーセン】など、屋内で出来そうな遊戯が表示されていた。
「なるほど、ここから選ぶってわけか」
感心しながらポップアップを眺めていると横から声が聞こえた。
「ねぇ、これで良いよね?」
「ん?」
隣に顔を向けると、クロノスが【ゲーセン】のポップアップを指していた。
表示されてるポップアップに見惚れしまったが、ここにはゲーセン目的で来たんだよな。
「あぁ、いいぞ。そのために来たんだから」
「分かった。じゃあ、これで」
「かしこまりました。では、転移を開始します。他の遊びをご所望の際は、お客様のライフウォッチに専用のポップアップが現れますので、そちらからお選びください。それでは、素敵な時間をお過ごしください」
お姉さんが綺麗に一礼した途端、白く光っていた床が更に輝きを増した。
「うおっ、今度は何だ!? しかも、転移って言ってなかったか!?」
唐突な出来事に動揺しつつも、視界を覆い始めた光から逃れようと、顔を片手で覆い隠しながら目を細めた。
クソッ、次から次へと何なんだ!
転移に関しては、この世界に来た時点で間に合っているんだよ!
内心で愚痴を零していると、白い光が収束をしていくのと同時に騒がしい音が聞こえてきた。
視界を覆っていた光が無くなり、恐る恐る片手を外すと……そこには、俺が知っているゲーセンがあった。
「へぇ~、ここがゲーセンなんだね」
興味深そうに店内を見回しながら前を歩いているクロノスを見つけると、慌てて駆け寄った。
「クロノス、本当にここで良かったのか?」
「えっ!? 何か言った!? 周りの音がうるさくてよく聞こえないんだけど!」
珍しく声を張り上げるクロノスを見て、俺は元の世界にいた頃に通っていたゲーセンを思い出した。
ゲーセンって、多種多様なゲームの音があちらこちらから大音量で流れているから、いつもの音量で話したら、隣にいても聞こえないんだよな。
まぁ、ゲーセンあるあるなんだが……まさか、アンドロイドやナノマシンが普及している世界で経験するとは思わなかった。
「だから! 本当にここで良かったのかって聞いたんだよ!」
「うん! だって、図書館でゲーセンのことが特集されているページを読んで、行ってみたいなと思って!」
「そうですか! でも、この世界にゲーセンがあるなんて思ってもいなかった!」
「えっ、どうして!?」
「俺のいた世界では、ゲーセンのある場所をあまり見かけなったからだ!」
それは、この世界に来る少し前のこと。
営業で外回りをしている時、高校時代に友達と行ってたゲーセンの前を通ったのだが、いつの間にかそのゲーセンは閉店していて、僅かばかりショックを受けたんだ。
だから、科学技術が発展したこの世界では、ゲーセンはとっくの昔に滅亡したと思ってのだが……
「そうだったんだね! でも、この世界にあるってことは、それなりに需要があったってことじゃないかな!?」
「それは、観光客に対してってことか!?」
「それもあるけど……」
「というか、ここもホログラムなのか!?」
観光客受けするってことは、ここもパチモンのゲーセンってことになるが……
「残念だけど、ここはホログラムじゃないよ!」
「そうなのか!?」
「そうだよ! むしろ、ホログラムじゃない方が色々と都合が良いんじゃないかな!」
「都合が良い!? それはどういうことだよ!?」
「まぁ、それは後々分かるさ! それより、早く遊ぼうよ! 僕、あの【クレーン】っていう遊びをやってみたい! 何か、面白そうだし!」
「あ~、クレーンゲームか! 分かった、最初に俺がやってみるな!」
クロノスが興味を示したクレーンゲームの筐体の前に立つと、コインを入れる場所にライフウォッチを翳す為の黒い正方形があった。
ここでもライフウォッチか。まぁ、いい加減慣れないといけないかもしれないが。
小さく溜息をつきながらライフウォッチを翳すと、筐体から元気いっぱいの可愛い女の子の声が聞こえてきた。
「さて、学生時代以来のクレーンゲームといきますか」
筐体の真横に立ち、筐体の中を覗き込んでいるショタ神様を視界の端に入れつつ、ショタ神様にカッコ悪いところを見せないよう小さく気合を入れると、ボタンとレバーに手を添えた。
旅行6日目
今日は、【ベッドから落ちて肩を強打する】という不運な出来事に遭った。『アニメやゲームでよくある可愛いドジを、野郎の俺が踏むことになるとは……』と朝から落ち込んだのはここだけの話とする。
しかし、そのお陰でこの世界の病院に行くことが出来た。
最初は『たかが肩の負傷で大げさな』と内心バカにしていたが、実際に訪れてみると、俺のいた世界と異なっているところが多く、終始驚いてばかりだった。
まず、ライフウォッチが病院に症状を伝えてくれていたお陰で、面倒な受付や問診が無くそのまま診察に入れた。
しかも、診察室の前まで車で行ったので、待ち時間が無いまま診察を受けることが出来た。
診察室に入ると、優しそうなおじいちゃん医師と看護師さんが出迎えくれた。
『この世界にも、このような御仁がいらっしゃったのか』と感動をしていたが、晩飯を食べている時にクロノスから『あの2人、実はアンドロイドだよ』と聞かされ、一瞬だけ裏切られた気持ちになってしまったが、すぐに腑に落ちた。
少しずつではあるが、俺がこの世界のことが分かってきたからだろうか。
おじいちゃん医師から処方された薬は、どんな怪我や病気もたちまち完治してしまう、人体に全く影響が無いナノマシン入りの錠剤だった。
クロノスから薬の正体を聞かされた時、体のあちこちを触ったが特に異常が無く、これを書いている今も肩が治ったこと以外は特に変化はなかった。
『この世界って、科学技術じゃなくて魔法技術が発展してるのでは?』と思ったが、その後に行った複合型室内アトラクション施設で『この世界って、科学技術の発展した世界なのだな』と改めて思い知らされた。
この世界にもゲーセンが残っていたのはとても驚いたが……どうしてゲーセンが残っているのだろうか?
観光客目的以外のような気がするが……
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




