6日目 病院と娯楽③
これは、とある男の旅路の記録である。
「失礼します」
「こんにちは。では、こちらにかけて下さい」
診察室に入ると、白衣を身に纏い穏やかに微笑んでいる座っているおじいちゃん医師と、女神のような微笑みでおじいちゃん医師の傍らに立っている女性の看護師さんが迎い入れてくれた。
2人の穏やかな雰囲気につられて口角を上げると、勧められた椅子に座った。
この2人も実はアンドロイドだったりするのだろうか?
いや、人の命を扱う場所だからありえないか。
「さて、本日は肩を強打したとのことでしたが……」
「っ!? どうしてそれを!?」
俺が症状を言う前に症状を言い当てたおじいちゃん医師の慧眼に目を見張ると、対面で座っている医師が優しく笑った。
「ほっほっほっ。それは、これのお陰ですよ」
「これとは……あぁ」
おじいちゃん医師が柔らかな表情で指し示したもの……ライフウォッチに目をやった瞬間に納得した。
なるほど。俺が付けているライフウォッチが、何かしらの方法でおじいちゃん医師がつけているライフウォッチに教えたのか。
おじいちゃん医師の長年培った経験から来たものではなく、人工知能によって導き出されたものだと分かり、おじいちゃん医師や看護師さんに気づかれない程度の息をついた。
どこに行ってもライフウォッチ様様なんだな。
おじいちゃん医師の説明で納得した俺は、曖昧に笑いながら軽く頷くと、おじいちゃん医師が看護師さんにアイコンタクトを出した。
すると、看護師さんが患者の俺に一礼すると部屋の奥に入り、刹那の時間で戻ってきた看護師さんは、病院で見る銀の長方形のトレーを手に持っていた。
「こちらが、本日のお薬です。服用していただけますと、すぐに治りますよ」
「そうなんですか?」
そう言って看護師さんから受け取ったおじいちゃん医師が差し出したトレーの中を覗くと、白い錠剤が一粒だけ入っていた。
これ一錠で肩の痛みが完治するとは思えないが……
不躾だと分かりつつも、おじいちゃん医師に懐疑的な目を向けると、目の前のご老人は少しだけ笑みを深めた。
恐らく俺から疑いの目を向けられることを分かっていたのだろう。あとで謝ろう。
「そうですよ。何でしたら、今飲まれますか?」
「えっ? 今、飲んでも良いんですか?」
「はい、もちろんですよ。飲み薬用の水もご用意しましたので」
そう言ってから看護師さんから差し出されたのは、ガラスのコップに入った無色透明の水だった。
俺とおじいちゃん医師が会話している間に用意したんだろう。
看護師さんの用意周到さに内心困惑しながらも恐る恐るコップを受け取ると、トレーに入った白い錠剤を手に取った。
大丈夫。俺に何かあったら、俺の後ろにいる時の神様がどうにかしてくれる
診察室に入ってからずっと黙っている神様を信じ、水と一緒に錠剤を口の中へ入れた。
ゴクッ。
錠剤と水が喉に通った瞬間、肩にあった痛みがあっという間に引いていった。
「嘘……だろ」
錠剤を体内に入れた瞬間に起きた異変に目を丸くし、痛みがあった肩を凝視しながら回すと、強打する前の状態に戻っていた。
「ほっほっほっ、ご満足していただけましたかな?」
満足そうに笑うおじいちゃん医師に小さく項垂れた。
「はっ、はい。疑いの目を向けてしまい、すみませんでした」
「良いんですよ。渡邊様の容態が戻って良かったです」
一貫して優しい顔をするおじいちゃん医師と看護師さんに、俺は曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。
「「では、お大事に」」
穏やかな微笑みで手を振る2人に軽く会釈すると、入ってきた時と同じドアを開閉して外に出た。
「はぁ、本当に完治するとは思わなかった……」
「フフッ、そうみたいだね」
俺が診察を受けている間、表情を無くしたような顔で静かに見ていた時の神様は、診察室を出て車に帰って来た途端、いつものショタ神様に戻っていた。
「それに、受付や問診を受けないままいきなり診察だったから驚いた」
「そうなの?」
「あぁ、俺がいた世界の病院では、普通は【受付】ってやつを済ませた後、お医者さんは患者さんに病気や怪我の症状を聞く【問診】ってものをしてから診察するんだ」
「へぇ~、そうなんだね」
「でも、それが無かったお陰であっという間に診察が終わったし、その場で処方箋が貰えたから、病院特有のストレスを感じなかったな……って、あぁ!!!!」
「どうしたの? そんな大きな声を出してさ」
「お金払うの忘れてた! すまん、急いで病院に戻ってくれないか!?」
診察室での出来事に気を取られすぎて、すっかり忘れていた!
待ち時間が無かったのはありがたいが、お金も払わずに帰ったら、それこそ警察ドローンと鬼ごっこだ。
「律?」
「どうした……あっ」
初歩的なミスをしてしまった自分に苛立ち、一刻も早くお金を払わないといけない焦燥感に駆られている俺を、クロノスとホログラムがキョトンとした顔で俺のことを見ていた。
「あの、渡邊様。ご存知かと思いですが、支払いというものは、診察室を出た時点でライフウォッチの方で済ませております」
「えっ、そうなのか!?」
「そうだよ。ちなみに、律が言っていた【受付】や【問診】ってものが無かったり、診察から処方までスムーズだったりしたのは、僕たちが乗っている車が病院に入った時点で、律のライフウォッチが病院側に情報を流してたいたからなんだよ」
「そ、そうだったのか……」
だから、診察から処方までの時間がかからなかったんだな。
俺が焦る前にライフウォッチが全て迅速に処理してくれたことに安堵したのと同時に、クロノスとホログラムに情けない姿を見せてしまい、しばらくの間、俺は2人の顔を見られなかった。
「そう言えば、ここの(というより、この世界の)薬、即効性が凄いんだな」
何とか立ち直った俺は、話題と空気を変えようと処方された薬について口に出すと、横で聞いていたクロノスが乗ってきた。
「そうなの?」
「あぁ。俺のいた世界では、薬を何回に分けて服用しないと薬を効果が出ないんだ」
それに、薬も様々な種類があるから、症状別に効能が異なるの薬を複数処方されたり、薬の効果に合わせて服用するタイミングが決まっていたりしていた。
だから、たった一錠の薬で完治出来るなんて、別の世界から来た俺からすればありえないことなんだ。
「へぇ~。じゃあ、この世界のナノマシンってスゴいんだね。」
「えっ、ナノマシン?」
クロノスが何の気なしに口にした薬の正体に言葉を失った。
俺がさっき飲んだのって、ナノマシンだったか!?
「そうだよ。といっても、人体に悪影響を及ぼすようなナノマシンじゃないよ」
「そうなのか!?」
「そうだよ。ここで使われているナノマシンって、人間の持つ自己修復能力を飛躍的に促進させる為のナノマシンで、治したら細胞に溶けて消えるように作られるんだよ」
「そっ、そうなんだな……」
人体に悪影響を及ぼさない治療特化のナノマシンで病気や怪我を完治。まるで、近未来を舞台にしたSFみたいだな。
まぁ、この世界では現実の技術なんだけども。
「だったら、大怪我した場合ってどうなるんだ?」
「大怪我って?」
「例えば、体の部位が損傷したり機能停止したり……いくら何でも、錠剤一粒で完治なんて不可能だろ?」
あと、瀕死の重症や後遺症が残りそうな怪我や病気を負った場合も。
「そうだね。でも、そういう場合、【救急車】って呼ばれる車が来て、その症状に合わせたナノマシンを車内で【注射器】って呼ばれるもので注入すれば完治するらしいよ」
得意げな笑顔で言われた事実に再び言葉を失った。
この世界の医療技術、発展しすぎ。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!




