6日目 病院と娯楽②
これは、とある男の旅路の記録である。
「なぁ、本当に行くのか?」
あの後、しょうもない理由で出来た打撲を病院に行って医者に診てもらうことが決まった俺とクロノスは、朝飯を片付けるとそのまま車で病院に向かった。
「まだ言うの? さっき『良いよ』って言ったじゃないか」
「それはそうだけどよぉ……」
呆れたような顔で俺を見ているが、湿布を貼って2、3日程度大人しくしていれば治るものを、わざわざ診てもらうのが猛烈に申し訳ないだけなんだ。
「まぁ、もうすぐで着くからいい加減駄々をこねるのも止めなよ」
「駄々こねてねぇよ! あと『駄々をこねる』って、いつ覚えたんだよ!?」
「律が寝ている間に【ドラマ】ってものを観て覚えた」
徐々にテレビっ子になりつつあるショタ神様に面食らっていると、車がカーロードを降り始めた。
というかこいつ、俺より早く起きてるくせに俺より遅く寝ているが、睡眠時間大丈夫か?
そもそも……神様って寝るのか?
「何だか、医療ドラマに出てきそうな大きな病院だな」
カーロードから降りた先で見えたのは、医療ドラマで使われていそうな立派な病院だった。
4日目からお世話になっているホログラム曰く、ここ一帯で1番大きい総合病院らしく、ここに来ればあらゆる怪我や病気が遅くても1日で完治するとのこと。
『そんな非現実的なことがありえるのか?』と頭の中でツッコみを入れたが、人の願望を容易に叶えてくれるAIが日常生活レベルで普及してる世界なら、どんな病気や怪我も完治させることくらい造作も無いことなのだろう。
「何それ?」
思わず出てしまった俺の感想が聞こえたらしく、隣に座っている神様が不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「それは、家に帰ってからライフウォッチに聞けばいい。多分、見せてくれるはずだ」
「そう、分かった」
『ライフウォッチ』という単語で一気に興味を無くしたらしい時の神様は、フロントガラスに映る光景に視線を戻した。
本当、ライフウォッチって俺のいた世界でいう青いネコ型ロボットだな。
「さて、病院に着いたから保険証の準備を……」
車が病院の正門を通ったタイミングで病院を受診時に必須となる保険証を呼び出そうと、俺がライフウォッチに手をかけた瞬間、ホログラムの戸惑う声が聞こえてきた。
「渡邊様。ご存知かと思いますが、ライフウォッチは保険証にもなりますので、わざわざ呼び出していただかなくても結構ですよ」
「あっ……」
そう言えば、クロノスからライフウォッチの使い方を教えて貰った時に、『ライフウォッチは、この世界での身分証明書だ』って言ってたな。
すっかり頭から抜け落ちていたことを指摘されて恥ずかしくなった俺は、気まずさでホログラムから目を逸らすと、隣からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
チクショウ、恐らく『そんなことも覚えていなかったの?』と思っているんだろうな。物凄く悔しい。
そうこうしている内に、俺たちが乗っている車は敷地内の中へと入って行っていた。
他人の失敗を笑うするショタ神様を無視しようと運転席側の窓に映る外の様子に目を向けると、神社や図書館に訪れた時にあったものが病院には無いことに気づいた。
「なぁ、この病院には【駐車場】ってものは無いのか?」
こんなに大きな病院なら、それ相応の大きな駐車場が完備されているはずなのに、駐車場らしきものが見当たらない。
そもそも、車内から見た限りでは駐車している車が1台も無い。
どういうことだ?
「それは、ここの病院が【ドライブスルー方式】って呼ばれる方法で診察から処置までしてくれるからなんだよ」
「えっ!? 車に乗りながら診察から処置までしてくれるってことなのか!?」
「正確には、今私たちが乗っている車が診察室の前まで行きますので、患者様には車を降りて目の前の診察室に入っていただき、診察を受けていただくという形になります」
「……つまり、ハンバーガーを買いに行く感覚で診察を受けるってことか?」
「人間の感覚としてはそれが一番近いんじゃないのかな」
科学技術が発展した世界の病院の効率的な診察方法に唖然とした。
俺のいた世界にもドライブスルー方式で診察する病院はあったらしいが……受付や問診をしないままいきなり診察室まで通されるシステムはさすがに無かったぞ!
「さて、診察室の前に着きました」
「えっ、ここなのか?」
徐行で走っていた車が止まった場所は、全面ガラス張りの自動ドアがある正面玄関……ではなく、コンクリートで造られた広めのガレージらしき建物の中だった。
まぁ、話している時に巨大な建物を素通りするところが見えたから、『病院の中に入ることは無いんだろうな』と察してはいたが、まさか病院の奥にある建物に連れて行かれるとは思わなかった。
「そうです。こちらが診察室になります。それではお2人とも、先程ご説明させていだたいた通り、お車から降りていただき、目の前にありますドアをスライドさせてから診察室にお入りください。そして、診察が終わりましたら、入られた時と同じドアから出られてください。こちらにお車を待機させていただきますので」
「あっ、あぁ……分かった」
フロントガラスには、いかにも診察室らしいスライド式のドアが映っているが……診察室に来るまで色々なことがありすぎて疲れた。
正直、このまま引き返して帰りたい。そして、そのまま寝室のベッドで休みたい。
「どうしたの、律? 着いたんだから降りないと」
「……そうだな、車から降りないとな」
「本当にどうしたの? 何か様子がおかしいよ?」
「何でもねぇよ。さて、診てもらいましょうかね」
でも、ここで引き返したら、俺のことを考えて連れてきてくれたクロノスの気遣いを無駄してしまうから、大人しく診察を受けよう。
不思議そうな顔でこちらを見るクロノスとホログラムを見て、『疲れたら帰りたい』という我儘を必死で抑えた俺は、車から降りて診察室のドアの前にまで歩いていくと、銀色のドアノブに手をかけて大きく深呼吸した。
「なぁ、実は病院もホログラムで出来ていましたとか?」
「まぁ、僕たちが素通りした大きな建物はホログラムだったね」
「やっぱりかぁ……」
まぁ、素通りした時点で何となく察していたが。
「でも、診察室は違うよ」
「そうなのか?」
「うん。さっきも言ったけど、この病院は主に観光客向けだからね。『観光客が訪れる神社や図書館がホログラムで造られているのだから、病院も同じ理屈で造られているかもしれない』という律の考えは理解出来るよ。でも、この世界に住んでいる人間達は、人間の生死がかかっている場所をホログラムにしようとは、さすがに思わなかったみたいだね」
「そうなんだな」
つまり、俺のいた世界と同じ倫理観が働いたんだな。まぁ、観光客ファーストの世界が観光客に害をなすなんてことはしないよな。
いつの間にか隣に立っているクロノスの言葉に安堵した。
「それに、この世界で人間は最も尊ぶべき存在だからね」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもないよ。さて、この世界の診察を体験してみようか」
「体験言うな」
この世界の病院に興味津々な時の神様に溜息をつくと、手にかけていたドアノブを静かにスライドさせた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




