5日目 図書と忘却
これは、とある男の旅路の記録である。
大型テーマパークと隣接するホテルで大いに満喫した翌日、クロノスと一緒にホテルの朝飯を食べ、クロノスにホテルのチェックアウトを任せると足早に駐車場に向かい、ライフウォッチで車を注文し、昨日お世話になったホログラムに本日の目的地を伝えた。
その後、チェックアウトを済ませて駐車場に来たクロノスを車に乗り込ませると、急いで車に乗り込んで目的地へと車を走らせた。
「それで、今日はどこに行くの? 僕が来た時には車が準備しているから、ここじゃないどこかに行くことは予測出来た」
何も聞かせられていないクロノスは、昨日と同じように助手席に座って退屈そうな顔をしながら注文した紙パックに入ったオレンジジュースを一口飲むと、運転席に視線を流して聞いてきた。
「その前に、今日も綺麗な青空なんだな」
車内から見える空は、今日もショッキングピンクではなく澄み渡った青空だ。
昨日は『観光地巡りに丁度良いから』ってことで偽りの空にしていたから、てっきり今日は本当の空に戻しているものだと思っていた。
「まぁ、昨日の律の反応を見て……ね。それよりも、今日の目的地は?」
時の神様のありがたい気遣いに内心感謝しながら、ドヤ顔で今日の目的地を口にした。
「フフン、聞いて驚け。今日行くのは……図書館だ!」
「図書館、ねぇ……」
何だよ、その薄いリアクションは。まぁ、何となく分かってはいたが。
車を走らせて暫く、カーロードから降りて到着したのは、この近辺で一番の蔵書量を誇るとされている図書館だった。
何でも、この図書館は蔵書量が多く広大な敷地を有している為、蔵書されている書籍は全て分類別に建造された細長い円柱型の専用の建物に保管されているらしい。
だが、その建物は立ち入り禁止でないので、建物の中には入って読むことも出来るとのこと。
とは言っても、どの建物にどの本が置いてあるのか見つけるのに一苦労するらしいので、図書館を訪れた観光客の大半は、読みたい本をライフウォッチで取り寄せ、閲覧専用の建物の中で寛ぎながら読むという。
ここでも、ライフウォッチか……
この世界の重度のライフウォッチ依存に小さく溜息を漏らしつつ、図書館に隣接している駐車場に降り立つと、正面にある巨大建造物に目を向けた。
どうやら、目の前にある巨大建造物が先程聞いた閲覧専用の建物らしく、鳥の巣を模したようなドーム型で一面ガラス張りの近代的なそれは、来館する人々を静かに出迎えていた。
上空から見た時は大きな楕円形に見えたが……こうして間近で見ると、まるで俺のいた世界にあった競技場みたいだな。
「それで、どうして今日は図書館なのかな?」
巨大建造物に妙な既視感と親近感を抱きながら写真に収めると、後ろからクロノスの声が聞こえ、カメラを降ろしながら振り返った。
「昨日、クロノスが言っただろ? 『自分で調べろ』って。だから、手間はかかるが図書館で調べることにしたんだ」
ライフウォッチに聞いたところで、願望を叶える万能AIが自分達に不利益になるようなことは絶対に言わないと昨日のクロノスとの会話で察したからな。
俺の中で『調べ物をする』って言ったら、ネットか図書館って決まっているから。
それに、この図書館にはあらゆる分野の書籍だけでなく、様々な資料映像が保管されているとのこと。
だとすれば、この世界に関する歴史や遍歴が書かれている書物や映像資料が所蔵されているかもしれない。
まぁ、この世界の住人達から不要と判断された場合、この世界に関する書物や資料映像は綺麗さっぱり抹消されているかもしれないが、欠片でもこの世界のことについて知れる物があるなら是非とも見てみたいし読んでみたい。
「ふーん、そうなんだ……まぁ、無駄だと思うけどね」
「ん? クロノス、何か言ったか……って、もう歩いて行ってるし!」」
「お2人とも、行ってらっしゃいませ~!」
クロノスが何か言ったような気がしたが、当の本人は既に両腕を頭の後ろに組みながら建物の方へとゆっくりとした足取りで図書館の方に歩いて行っていたので、小さな案内人役に軽く会釈を済ませると、先に行ってしまった小さな背中を追いかけるように図書館へと足を運んだ。
「おぉ、すごいなぁ!」
ドアにライフウォッチを翳して館内に入ると、そこには書物が納められている棚が所々に点在し、俺のいた世界にあった図書館で見かけるような木製のテーブルと椅子や、ゆったりと寛ぎながら読書が楽しめそうな大小様々なソファーが無数に置かれており、館内全体が閲覧スペースとなっていた。
これなら、時間を忘れて本を読むことに没頭出来そうだな。
感嘆の声を漏らすと、自分の声が思った以上に館内に響き渡り、寛ぎながら読書を楽しんでいた人達が一斉に、俺に対して非難の目を向けられた。
あっ、周りの光景に気を取られてすぎて、ここが図書館だったことすっかり忘れていた。
肩を竦めながら軽く頭を下げると、非難の目を向けていた人々の意識が俺から本へと戻っていった。
「来て早々、傍迷惑なことしちまったな」
「そうみたいだね。それじゃあ、ここから別行動で良いかな?」
「あぁ、良いぞ。あっ、お昼の時間になったらここに集合な」
「うん、分かった」
クロノスに軽く手を振って見送ると、俺はお目当ての書物を探しに一歩を踏み出した。
「律、そろそろお昼だから食べに行こう」
一人用のソファーで寛ぎながら小説を読んでいると、真横からクロノスの声が聞こえてきた。
本から目を離してライフウォッチに目を向けていると、昼飯を取るには丁度良い時間になっていた。
「おぉ、もうそんな時間か。わざわざ知らせに来てくれてありがとう」
「大丈夫だよ。どうせ律のことだから、本に夢中になっているんだろうなって、神様の僕でも予測がついたから」
「あはは……」
時を司る神様に対して、返す言葉がありませんでした。
まぁ、時の神様が約束の時間に遅れるなんてことはありえないことだろうし、俺が本に夢中になっていたのは紛れも無い事実なので。
「そうだ、手元に本ってどうすればいいんだ?」
「ライフウォッチにお願いして戻してもらえ良いよ。それに、僕たちが昼食を取る場所は、この建物に隣接している【カフェ】って場所だから、すぐに戻って来られるよ」
「そういうことなら……注文、戻して」
「それで、律はどんな本を読んでたの?」
閲覧スペースから隣接しているカフェに移動し、そこで揃いのサンドイッチとクロノスはオレンジジュース、俺はホットコーヒーを受け取ると、すぐ近くにあるイートインスペースに向かい合わせで座った。
「俺は、高校生の時に読んでたラノベを読み返していた。クロノスと別れた後、近くにあった本棚を流し見をしていたら、偶然置いてあったんだよ。しかも、全巻揃っていたんだよ! 『いや~、懐かしいな~』って思いながら1巻を手に取って、そのまま近くにあったソファーで読んでたんだ。高校を卒業してから全く読んでなかったから久しぶりに読んだけど……いや~、やっぱり良いなぁ。さすが神作品!」
「へぇ~、そうなんだ~」
俺の熱弁を興味が無さそうな顔で相槌を打ちつつ聞いていた時の神様は、頼んだオレンジジュースを一口含んだ。
こういう時のクロノス、本当に興味が無いんだろうな。
「そういうクロノスは、何を読んでたんだ?」
クロノスの淡白な反応をほんの少しだけ面白くないと思った俺は、不貞腐れたような言い方で聞くと、俺の不機嫌さを気に留めてることもなく、少しだけ上目遣いをしながら淡々とした声で答えた。
「僕? 僕は、この世界の観光雑誌のようなものを読んでたよ」
「へぇ~、クロノス。そういうのが興味あったのか」
神様だから、てっきりクロノス『人間達は、僕たち神様のことをどう思ってるのだろうか?』と興味本位で、神話や逸話が書かれている本を読んでいるのかと思った。
意外なチョイスに目を丸くしながら頬杖をつくと、同じく頬杖をついていたクロノスが不意に目線を外に向けた。
「別に。ただ、この世界のことを知ろうかなと思って」
「そうか~そうか~」
この神様、意外と真面目なんだな~。
ショタ神様の意外な一面が知れて少しだけ口角が上がると、正面から鋭い目線が飛んできた。
「何? 僕が観光雑誌を読んでたらそんなに不思議なこと?」
「いいや、別に~」
「フン、まぁいいや。それより、この後どうする? 僕としては、このまま図書館に戻って各々気になる本を夕方まで読んでても良いかなと思っているんだけど」
「あぁ、良いぞ。俺もラノベの続きが早く読みたいし」
「そう、じゃあ決まりだね……律、本当に忘れているんだね」
「ん? クロノス、何か言ったか?」
「別に~」
「律、そろそろ夕方だよ」
ラノベの最終巻を読み終わったタイミングで、再び横からクロノスの声が聞こえた。
思っていたより時間が経っていたことに少しだけ驚きながらライフウォッチに目を落とすと、夕方と呼ばれる時間になっていた。
さすが時の神様、完璧な時間管理ですな。
「あぁ、すまん。本に没頭していた」
「うん、知ってたよ。それより、この後どうする? そろそろ、【夕飯時】って時間だからこのまま帰る? それとも、昨日と同じように外食する?」
「う~ん、そうだな……外食は昨日したから、今日はこのまま帰るか」
「そうだね。それと、ここの本を読んで行ってみたいなってところが見つかったよ」
「そっ、そうなんだな……それは、楽しみだ」
クロノスの満足そうな顔に少しだけ悪寒を感じたが、悟られないように読んでいた本をライフウォッチに戻し、そのまま図書館を後にした。
旅行5日目
今日は、この世界の図書館を訪れた。ホログラムに案内されて訪れた図書館は、一番の蔵書量を誇っており、分類別に専用の建物が建てられているとのことだった。
時間があれば行ってみたかったが、図書館に入って最初に目にした本棚に偶然高校時代に読んでいたラノベが全巻並べられていて、懐かしさのあまり全巻読破に時間を費やしてしまった。
残念ながら分類別に建てられた建物に行くことは叶わなかったが、高校時代に読んでいたラノベがこの世界でも読めて、とても嬉しかった。
高校生の時に出会えた神作は、成人して社会人になっても色褪せることなく神作だった。
ちなみに、クロノスはこの世界の観光雑誌を読んでいたらしい。
意外と勤勉な神様だなと感心してしまったことは、ここだけの話としておく。
あれっ? でも、本を読むだけなら、図書館に来なくても良かったんじゃないか?
ライフウォッチを使えば、家に居ても同じ本が読めただろうから。
だとしたら、どうして俺は図書館に……そう言えば、ここに来る前に何かを調べないといけなかったような気がする。図書館に来たのも、確かにそれが目的だったはずで……ダメだ、全く思い出せない。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
そして、たいへんお待たせして申し訳ございませんでした。




