4日目 乗物と観光⑦
これは、とある男の旅路の記録である。
「着きました! こちらが観光名所の1つとして数えられているお城でございます」
昼飯のハンバーガーでお腹を満たした俺たちが次に訪れたのは、復元された城だった。
「へぇ~、立派な城だな」
城の堀に架けられた橋の前で写真を撮りながら、ごく普通な感想を漏らす。
そして、ここにも神社と同様にたくさんの観光客らしき人達の姿があった。
恐らく、生身の人間なのだろうな。
橋を渡ると、目の前には復元された城門が悠然と屹立していた。
「おぉ! 立派な城門だな!」
「そうなんです! 何でも、こちらの城門は最近復元が終わったばかりなのですが、この威風堂々たる城門を一目見ようと、たくさんの観光客が訪れるんです!」
「へぇ〜」
ホログラムの元気いっぱいの解説に適当な相槌を打ちつつ、城門の写真撮影に夢中になっていると、時の神様が音を立てずに横に並んできた。
「どうした、クロノス?」
「何でもないよ」
そう呟いたクロノスは、城門の後ろに堂々と建っている天守閣を遠い目で見つめていた。
あれ? こいつ、神社を参拝した時と同じような表情をしているな。
クロノスの様子に首を傾げようとした瞬間、隣から心配するような声が聞こえてきた。
「渡邊様。そろそろ写真撮影の方は大丈夫ですか?」
「あっ、あぁ……大丈夫だ。すまん、つい夢中になりすぎた」
まぁ、半分は嘘なんだけどな。
「いいえ〜! それだけ夢中になっていただければ、こちらとしても連れてきた甲斐があります! さて、早速ですが中の方へ入っていきましょう! ……あっ!」
「どうした?」
先導しようとしたホログラムが思い出したかのようにポンと手を叩いた。
「注意事項なのですが、こちらも先程の神社と同様、城門を抜けましたらライフウォッチが使用不可になりますのでご注意下さい!」
「あっ、あぁ……分かった」
ライフウォッチが使えない、か。
ホログラムから齎された注意事項に一抹の不安を感じつつ、俺たちは城門を通り過ぎた。
城門を抜けてすぐ現れたのは、高く聳え立った石垣だった。
目の色を輝かせた俺は足早に石垣に近づくと、所々に銃弾の跡のような凹みがあちこちにあり、当時の戦の激しさを物語っていた。
貴重な資料をカメラに収めつつ、石垣と石垣の間に出来た道を歩いて進んで行くと、先程ホログラムが説明していた天守閣が威風堂々とした佇まいで立っていた。
「おー! 間近で見ると大きくて立派な城だな!」
天守閣の威厳ある姿に感動し、その場に立ち止まって写真に収めるとホログラムが近づいてきた。
「そうですよね! このお城は遥か昔に築城されたものなのですが、築城された当時は一番大きなお城って言われていたらしいですよ」
「へぇ~」
「あと、復元されたお城の内部には築城された時代の貴重な資料が展示されていまして、一番上まで上がることも出来ますよ!」
「そうなんだな。それじゃあ早速、行ってみるか!」
「はい!」
ホログラムが元気よく先導していくのをゆっくりとした足取りで追っていき城の中へと入っていった。
もちろん、俺の後ろには神社を訪れた時と同じ無表情を張り付けるクロノスがついてきた。
城の内部は、築城された時代に使われていたとされる刀や兜、城の構造などが書かれた書物などが展示されていたり、復元の際に使われた材料を実際に触れることが出来る体験コーナーがあったりするなど、大人でも楽しみながら勉強になるものばかりだった。
特に、城内の所々に当時の城の内部が再現されていて、見つけるたびに人目を気にせずシャッターを押しまくった。
そんなこんなで、順路通りに上ると、突如としてショッキングピンクの不気味な空が現れた。
どうやら、ここがこの城の一番上らしい。
外の様子が見える場所に移動して見下ろすと、城の周辺には先程通ってきた城門や石垣があったり、城を隠すようにたくさんの木々が生い茂っていたりしていた。
「お~! 城の一番上ってこともあって、ここからの眺めは最高だな」
ただし、空がショッキングピンクであることと、遠くに見える高層マンション群が見えなければ最高だったんだが。
この世界の現実を再認識して小さく溜息をつきながらシャッターを押すと、不意に俺の後ろを通り過ぎた若い男女の仲睦まじいカップルの会話が耳に入った。
「ねぇ、やっぱり最高じゃない!! 安土桃山時代に築城されたとは思えない豪華な城だよね?」
「あぁ、確かに。さすが、江戸時代に築城された荘厳な城だと思うよ」
ん? 何か、話が嚙み合っていないような……
耳に入って来た会話の内容が気になり、思わずカップルの背中に声をかけた。
「あの、すみません!」
俺の声に反応した若いカップルが、振り返りざまに少しだけ不満げな顔をした。
おいおい、声をかけたくらいでそんな顔すんなよ。
俺だって、2人だけの世界を壊したのは悪いって思っているから。
「仲良くお話されてるところ申し訳ありません。お2人の会話がどうしても気になったものですから」
「あたしたちの会話? おじさん、まさか盗み聞きしてたの!? 何それキモっ!」
「おっ、おじ……コホン。すみません、偶然聞こえたものですから、故意で盗み聞きしたわけではございませんので悪しからず」
「まぁ、どっちでも良いんですけど。それで、おじさんが気になった会話って?」
おい、この時代の若者は年上に対して無礼を弁えることを知らないのか!?
まぁ、そんなことを口にしたら、いよいよおじさん認定されそうな気がしますので決してしませんけれども。
「お2人は、この城を何時代に築城された城だと言ってましたか?」
「えっ、安土桃山時代でしょ?」
「そうだよ、江戸時代だって」
「……おかしいとは、思いませんか?」
「「えっ?」」
「…………えっ?」
本気で分からないような顔で俺のことを見ているカップルに、思わず素が出てしまった。
「えっ? おかしいって何? おじさんの方がおかしいんじゃないの?」
俺のことを可哀想な目で見る彼女さんに怒りを覚えながら、冷静に矛盾している箇所を指摘した。
「そちらの彼女さんは、築城された時代を『安土桃山時代』と言いました。しかし、そちらの彼氏さんは『江戸時代』と言いました。ここまで言ってまだ分からないってことは、ありえませんよね?」
こんな馬鹿馬鹿しいことを呼び止めてまで指摘するのも面倒くさいのだが……どうやら、俺の目の前にいるバカップルは、まだピンと来ていないらしい。
こいつら、今から仲良く耳鼻科行った方が良いじゃないのか?
「えっ? きーくんさっき安土桃山時代って言ったよね?」
「そうだよ。みーちゃんだって江戸時代って言ったよね?」
「言った言ったよ! ねぇ、おじさんどこがおかしいの!?」
「いや、どう考えたっておかし……」
「律」
脳みそがご都合主義なバカップルを現実に戻そうとした時、後ろから制止するような声色で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声が聞こえた方を振り返ると、少しだけ口角を上げたクロノスが、ライフウォッチを付けている腕をひらひらと振って立っていた。
「ここは、神社と同じ観光地だよ」
「っ!?」
クロノスの言葉と仕草で、全てを察した。
そうだ、ここは観光名所の一つとして数えられる城。つまりは、観光地だ。
そして、ここが神社と同じということは、この場所全体が高度なホログラムであり、そのホログラムは、訪れた観光客が見たいと思っているものを見せる。
ということは、この場所も神社と同じように歴史なんてものが無い場所だということか。
でもまさか、観光地を訪れている観光客同士の会話さえも装着者の都合が良いように改変するなんて……全くもって不愉快だ。
「ねぇ、おじさん。なに固まってんの? 話終わった~? あたしたち、これから有名テーマパークに行くんだから早くしてよ~」
再び振り向くと、不機嫌を隠さない彼女さんが俺のことを睨み付けていた。
そう言えば、このバカップルに説教まがいの指摘をしようとした途中だったな。
まぁ、それもクロノスのお陰で全て無駄になったが。
「あぁ、すみません。僕の思い違いでした」
申し訳なさそうな顔で謝ると、バカップルが揃って盛大に溜息をついた。
「何それ、そんなことで引き止めないでよ。マジで時間無駄にした。きーくん、早く行こう!」
「うん、分かったよ。本当、あのおじさん何だったんだろうね」
「本当、チョ~迷惑だったんですけど~!」
バカップルの姿が見えなくなったタイミングで大きく息を吐くと、クロノスが俺の隣にやってきた。
「どう、律。満足した?」
「あぁ、もう充分だ」
「そう、じゃあ行こうか」
俺は、神社の時と同じようにクロノスの背中を見ながら虚城を後にした。
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