4日目 乗物と観光⑥
これは、とある男の旅路の記録である。
「さて、次は昼食とのことですが……お2人は何かご希望はございますか?」
神社を後にして車に乗り込んだ俺たちは、出発前にホログラムから昼飯の希望を聞かれたが、この世界に来て初めて【外食】が出来ることに心躍られていた俺は……正直、どこでも良かった。
「僕は、【ファストフード】ってものが食べてみたいな。言葉は聞いたことはあるけど、実際に食べたことは無いんだよね。だから食べてみたいんだけど……律、おすすめのファストフードは無い? 確か、ファストフードって何種類かあるんだよね?」
……忘れていたわけではないが、クロノスって神様なんだよな。
だから、俺たち人間が好んで食べている物は知ってても、自分の口で食べたことは無いんだよな。
「う~ん、そうだな。確かにファストフードと一口に言っても色々あるが……やっぱりここは、定番のハンバーガーで良いんじゃないか。神社を参拝した後の昼飯だから、ガッツリ食べられて丁度良いだろう」
「ハンバーガー……うん、律が言うならそれで」
「了解しました~! それでは、人気ハンバーガーショップに出発致しま~す!」
元気よく手を上げたホログラムの声に合わせて、停まっていた車が静かにカーロードに向かって出発した。
「へぇ~、ここが(この世界の)ハンバーガーショップか」
カーロードから地上に降りている車が向かったのは、俺がいた世界ではメジャーだったドライブスルー方式のハンバーガーショップだった。
科学技術が発展したこの世界でも、あの味は根強い人気で残っているんだな。
「はい! こちらのハンバーガーショップは、観光客だけでなく地元の皆様にも大人気のハンバーガーショップなんですよ!」
だろうな。あの味は、たまに食べたくなる忘れられない味だし手軽だからな。
俺も営業で外回りしている時の昼飯に月1程度で食べに行ってた。
「へぇ~、ここがハンバーガーショップ」
近づいてくる店の外観をクロノスが興味深そうにフロントガラス越しに眺めているのを目の端に捉えたので視線をフロントガラスに移すと、あることに気付いた。
「あれ? 店内が見えないんだが?」
フロントガラス越しに見えたハンバーガーショップの外観にはガラスばりのドアや窓が無く、店全体をカラフルな外壁に覆われていた。
「はい! こちらのお店はドライブスルー専用ですので、このような外観になっています!」
「ということは、車を降りてお店に入ってるってことは無いんだな?」
「その通りでございます!」
まぁ、わざわざ店に入って注文することは無くなっていう点においては便利だろうけど、お店の中で注文した物を食べながら友達と喋ったり、1人で音楽聴きながら読書をしたりなんていう時間が無くなって考えると、少しだけ寂しいって思う。
俺が学生時代の頃、お金に余裕のある時は友達と学校帰りによく近くのハンバーガーショップに行って、そこでバカみたいな話を延々としてたな。
今となっては良い思い出だ。
「ちなみに、このハンバーガーショップってチェーン店なのか?」
「そうですね!」
「じゃあ、この店だけがドライブスルー専用で、それ以外の店では店内で食べられるんだよな?」
「いいえ、このハンバーガーショップのチェーン店、全店ドライブスルー専用です」
「そっ、そうなのか……」
何となく分かっていたが、この世界の人間はとことん余所者に対しては愛想良くしながらも、極力会いたくないらしい。
だとしたら、ライフウォッチを付けていない余所者に対しても少しは温情をかけて欲しかった。
地上に降りた車がそのまま列を作っていたドライブスルーのレーンの入口に移動すると、ホログラムがメニュー表のポップアップを出してた。
「お2人とも、ここから食べたいものを仰って下さい!」
メニューを覗き込むと、そこに記載されていたのはどれも俺がいた世界にあったものばかりだった。
イマイチ目新しさに欠けてしまうが、どれも美味しそうで逆に迷ってしまうが……
「おっ! こっちにはバンズやパティとかハンバーガーの中身の材料が記載されるぞ!?これってつまり、自分好みのハンバーガーを作れるってことなのか?」
「その通りです。メニューに記載されているものから選びいただかなくても、お好みのハンバーガーをお作りすることが出来ますよ!」
へぇ~、まるで俺のいた世界にあった某人気コーヒーショップみたいだな。
あまり行ったことが無いけど、外回りで偶然一緒になった同僚と行った時、俺の前に並んで呪文のような注文をした同僚と、それをメモもせずに営業スマイルで受けた店員さんのやり取りに、思わず腰を抜かしそうになったな。
「そうなんだ……クロノス、決まったのなら先に言っていいぞ」
「僕は、律と同じにものにするよ。なんたって、初めてのハンバーガーだからね」
そう言えばそうでしたね。
さて、このショタ神様にとっては初めて食べるハンバーガーなんだよな。だとしたら……
「クロノスには普通のハンバーガーセットを。あぁ、ドリンクはオレンジジュースでサイズはS、ポテトも同じSサイズで。俺は、このトリプルバーガーセットを。ドリンクは……普段はホットコーヒーだが、久しぶりにコーラにするか。サイズは、ドリンクとポテトどちらもMで」
「かしこまりました~!」
注文を取り終えたホログラムが、メニュー表のポップアップをスマホ型に変えると、お店に電話をかけて注文し始めた。
ふと、隣に目を向けるとクロノスがどこか不満げな顔で俺のことを見ていた。
「何だよ、そんなに俺と一緒のメニューにしたかったのかよ」
「別に。ただ、どうして律が僕と別々のメニューにしたのかなって」
「お前が初めてハンバーガーを食べるから配慮しただけだ。それに、同じメニューにしたら食べきれないだろうと思って」
「それって、僕がこの見た目だからっていうのも関係ある?」
ますます不満げな表情になるクロノス。
お前は、面倒くさい彼女か!
「それもあるが、ハンバーガー初心者にいきなり量の多いものを食べさせるわけにはいかないだろう。 それに、ハンバーガーが初めてってことはポテトも初めてだろ?」
「そうだね」
「だったら尚更、俺のチョイスは間違っていなかったな。何せ、俺がクロノスの分として注文した物は、全てハンバーガー初心者のクロノスにとってはうってつけのシンプルなものだったから」
全く、皆まで言わせるなよ。
まぁ、メニューにあった【お子様セット】ってものがあったが……敢えてそれにしなかった俺を褒めて欲しい。
説明している内に少しだけ照れ臭くなった俺は視線を外に向けると、横からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「なるほどね。そういう事なら、今回は律の配慮に感謝してハンバーガーを体験してみるよ」
「…………」
不貞腐れて外を見ている俺には見えなかったが、俺の説明に納得して満足げな返事をした時の神様は、恐らく笑みを浮かべながらハンバーガーが手元に来ることを待っているのだろう。
全く、今回のお前は面倒くさい彼女みたいだな。
まぁでも、この機会に是非ともご賞味くださいってことで。
そうしているうちに注文を伝え終えたようで、ドライブスルーの入口周辺に止まっていた車が、いつの間にかドライブスルーのレーンの最後にある商品受け取り口の前に移動していた。
すると、ホログラムが人差し指で正方形を2つ作った。
「お2人とも、注文したハンバーガーセットが出来上がったみたいですので、こちらの四角形にライフウォッチの液晶画面を翳して下さい!」
早っ! 注文してそんなに時間が経っていない気がするが!?
「あっ、あぁ。分かった」
ライフウォッチを翳した途端、正方形は淡く光って無くなり、太ももの上に『カサッ』という音と共に温かい重みを感じた。
「うぉっ! これって!?」
「先程ご注文されたハンバーガーセットです。温かい内にお召し上がりください!」
俺の太ももに乗った温かい重みの正体は、直立した茶色い紙袋だった。
早速袋を開けて中身を確認すると、そこには俺が注文したハンバーガーとポテトとドリンクが入っていた。
チラッと隣に目を向けると、薄い包み紙に入ったハンバーガーを取り出したクロノスが、興味深そうにハンバーガーを両手で持ってクルクルさせながら見ていた。
「ねぇ、律。これって、どうやって食べるの? あと、これって【ストロー】っていうの?これもどうやって使うのさ?」
ブブッ!
クロノスが子どもみたいな純粋無垢な目で聞いてきたので、思わず噴き出した。
こいつ、一応は時の神様なんだよな。
噴き出した俺を不快に思ったのか、ショタ神様が少しだけ頬を膨らませた。
「何さ、そんなに僕がハンバーガーの食べ方を知らないのが面白いのかい?」
「いいや、そういうことじゃないんだ。すまん、つい……な」
「何それ」
益々不機嫌になっていく子ども……もといショタ神様に再び噴き出しそうになるが、どうにかその衝動を抑えつつ、機嫌を直してもらおうと宥めすかす。
「ごめんごめん、不快な思いをさせて悪かったな」
「それ、本当に僕に対して『申し訳ない』って思ってる?」
「心の底から思ってるから機嫌直せって。それより、ハンバーガー食べ方とストローの使い方だったな。まず、ハンバーガーの食べ方だがこうして……」
知らぬ間にカーロード戻って走っていた車の中で、俺は時の神様にハンバーガーの食べ方を教えてながら、自分で注文した分のハンバーガーを一口食べた。
うん、俺が営業の外回りで昼飯にたまに食べていたハンバーガーの味だ。
それにしても、ここでもライフウォッチが出て来たか……
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!




