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31日目 加護と未来

これは、とある男の旅路の記録である。

「お~い、渡邊! さっさとこっちの仕事をやってくれ!」

「はい、分かりました!!」



 不機嫌な上司から仕事を引き受けると、さっさと自席に戻って仕事に取りかかる為にパソコンの中にあるファイルを開いた。


 全く、この仕事って元々お前の仕事だろうが。今日は、社長が抜き打ち視察に来てお得意のおべっかを使って褒められていたのに、数時間後には通常営業ってどういうことだよ。



「あの先輩、大丈夫ですか? 今日って確か、先方との大事な取引ですよね。あの上司の仕事を引き受けて良いんですか」



 心の中で上司に悪態をついていると、俺の隣にいる後輩が心配するように小さく声をかけてきた。


 この後輩とは、俺が入社した頃に仲良くなった先輩から教えてもらった焼き鳥屋に行くほどの仲で……まぁ、こいつ自身が入社当時の俺と重なって妙に放っておけなかった。


 自分の事より俺のことを心配する後輩のお人好しさに小さく溜息をつくと、小さな声で引き受けた仕事のことを話した。



「そうだな。でも、この仕事を引き受けないと他に誰がこの仕事を引き受けると思っているんだ? ちなみに、この仕事は今のお前でも立場的な意味でも技量的な意味でも無理な案件だからな」

「えっと……うわっ、本当だ。でも、そんなのすぐ近く先輩方に投げちゃえば……」

「お前、それは周りを見て言っているのか?」



 そう言って、俺は後輩と一緒にオフィス内の様子を見回した。


 『地元ナンバーワン企業』と自称している我が社は、毎日が戦場の忙しさに見舞われている。

 今だって、社長直々から『今年もどの会社よりも一番の売上を叩き出すぞ!』と喝を入れられ、それに感化された上司がこうして俺に仕事を投げてきているのだ。

 その上司は今パソコンと睨めっこしているが……恐らく、接待に使えそうな店でも探しているのだろう。

 ちなみに、何がナンバーワンなのかは聞かないで欲しい。何せ、俺も知らないから。


 忙しさから来るオフィス内の熱気に再認識した後輩は、俺に向かって小さく頭を下げた。



「すみません、見ていませんでした」

「よし、それならさっさと自分の仕事をしろ。お前だって、先方との大事な話し合いが控えているんだろ?」

「そうでした! すみません、急いでします!」



 別に俺に謝らなくても良いんだけどな。まぁ、今からやる後輩の仕事って、そもそもあのクソ上司がやるべき仕事だった気がする。


 落ち込んでいた後輩が慌てて仕事に戻ったのを見届け、目上の人におべっかを使うことに全力な上司を一瞥して溜息をつきそうになった瞬間、スマホのバイブレーションが鳴った。

 それに気づいた俺は、ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して見ると、さっき後輩が話していた先方との大事な取引の時間が迫っていた。


 とりあえず、先方との取引に使う資料は準備してあるから、それを持っていけばいいな。あと、押し付けられた仕事だが……それは、取引先から戻ってきたときにでも出来るだろう。残業確定ではあるが。


 大事な取引が終わった後に待っている大量の仕事に深いため息をつきそうになったのをぐっとこらえると、営業用バッグに事前に準備したものを詰め込んで自席から立ち上がった。



「おい、渡邊! どこに行くんだ!? まだ仕事が終わっていないだろうが!」



 終わっていないのは、お前に押し付けられた仕事なんだが。


 上司からのいびりに立ち止まると、上司の方に向かって営業スマイルで取引先に行くことを告げた。



「すみません、今から()()()取引に行ってきます」

「おっ、おう……そう言えばそうだったな。気を付けて言ってくるんだぞ」

「はい」



 全く、先方との大事な取引と分かった瞬間に怖気づきやがって……これなら、あの世界でお世話になった上司の方がよっぽどマシだ。


 仕事内容で態度を一々変えるクソ上司に悪態をつきながら会社から出ると、燦燦と照りつける太陽から目元を防ぐように片手で影を作った。


 あぁ、今日は良い青空だな。そう言えば……



「そう言えば、あれから1か月が経ったんだよな」



 澄み渡る青空の下、誰もが急ぎ足になっている昼下がりの道を足早に歩きながら、俺は元の世界に帰って来た時のことを振り返った。





「うっ、ううん……」



 背中から伝わる馴染み深い柔らかさに気づいて目を開けると、視界に見慣れたアパートの天井が映った。



「帰って来た、んだよな?」



 随分と久しぶりに感じる天井に向かって大きく息を吐くと、視界の端に使い慣れたスマホが枕元に鎮座されているのが映った。


 そう言えばあいつ、俺を元の世界に帰す時に『俺をあの世界に招待する前に過ごしていた時間軸に戻す』って言ったよな。


 ゆっくり起き上がってスマホを手に取ると、ロック画面には蜃気楼を撮ったあの日の朝の時刻が表示された。


 本当にあの日に帰してくれたんだな。


 時の神様に感謝しながら辺りを見回すと、テーブルには俺の相棒(カメラ)が置いてあり、ベッド脇には愛用のリュックが立てかけてあった。


 あぁ、本当に帰って来たんだな。


 ベッドから立ち上がると、テーブルに置いてあったカメラを手に取って電源を付けた。



「うわっ、本当に残っている」



 カメラのフォルダを開くと、そこには2つの世界で収めた風景が鮮明に保存されていた。そして、その中には……



「あれっ、これ撮ってないぞ?」



 明らかに撮った覚えのない翔太が演説している様子や満天の星空も一緒に保存されていた。


 きっと、これも時の神様からのお土産のだろうか。



「全く、あのショタ神様は」



 いつも人を小馬鹿にするような口調であれこれ言う時の神様の顔を思い浮かべて口角を上げると、偽親子として撮った写真の上に一滴の雫が乗った。


 その後、フォルダに残っていた写真を一通り見て、俺の愛車も無事に帰って来たことを確認した俺は、部屋に戻るとそのまま外出することも無くカメラのフォルダに残っていた写真をノートパソコンに移す作業をした。


 ちなみに、ノートパソコンにはしっかりと俺が異世界を旅行していた時に書いていた日記が【律の日記】というフォルダ名で残っていた。





「さて、始めますか」



 俺が元の世界に帰って来て1か月が経ち、ようやく体を旅行モードから社畜モードに戻ったとある休日、朝飯を食べ終えた俺は早々ノートパソコンと向き合った。



「え~っと、確か小説投稿サイトがあったような……あっ、あった」



 ネットで超有名な小説投稿サイトを見つけた俺は早速そのサイトを開いた。



「え~っと、まずは新規登録」



 新規登録画面に必要事項を入力していく。



「ペンネーム? ペンネームか……そう言えば考えていなかったな」



 そう、この日の俺は、貴重の休みを使ってあの約束を果たそうと思い至った。



「本名……は却下だな。あのクソ上司にバレたら何を言われるか分からないから」



 旅行2日目に黒歴史として葬っていたあの小説に興味を持った神様と半ば強引に取り付けられた約束を。



「あっ、今学生時代に習った中国の故事成語が頭に浮かんだからそれにしようっと」



 そして、その約束を果たそうと、俺は異世界で体験したことをファンタジー小説として書こうと思いついた。



「年齢と性別は……まぁ、後で良いか。任意だしな」



 そして、俺が開いている小説投稿サイトは、学生時代にお世話になった超有名サイトだ。

ここからなら多くの人の目に止まるだろうし、そうすればあいつとの約束は果たしたことになる……はずだよな?


 心の中で苦笑しながら時の神様に問いかけたると、画面が入力確認の画面に変わった。



「うん、入力漏れは無いな」



 最後に確認ボタンを押して新規登録を終えると、そのまま小説新規作成画面を出した。



「よし、それじゃあ……書きますか!」



 ノートパソコンの前で気合を入れた俺は、時の神様と30日間旅行について書き始めた。


 AIに支配された世界と酷く歪な思い込みで成り立っている世界の2つの世界が同居している……あの【心が無くなった世界】の話を。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!



サラリーマンと時の神様の旅行記がついに完結しました!

最後まで見届けて下さり、本当にありがとうございました!!

作者として、今はただ達成感に浸りたいと思います。

落ち着いたら、活動報告の方で改めて完走した心境を書きたいと思います。


律、クロノス、30日間の旅行、本当にお疲れ様でした!!

そして、改めてではありますが、2人の旅路を最後まで見届けて下さい、本当にありがとうございました!!

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