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30日目 感謝と帰還⑧

これは、とある男の旅路の記録である。

「そんなことがあった翌日、俺はこの世界でも罪を犯した人間の末路を見ることになったんだよな」

「そう、だね……」



 再び訪れる沈黙の中、俺は純白の白い空間を見上げながらあの日に見たことを振り返った。


 目が覚めると、そこには澄み渡る青空が広がって、今いる場所が空中だと分かった時、俺は地上の騒めきに気が付いたんだ。

 驚いて下を見ると、この世界の警察に捕まった俺が図書館から出てくる光景が目にしたんだ。

 クロノスは『この時間軸は、自分が好奇心で律を見捨てた時間軸だ』と言って、無表情で犯罪者になった俺のことを眺めていた。

 警察に連行された後、そのまま巨大スタジアムに連れて行かれ、そこで俺は大観衆が見守る中、この世界の公開私刑を受けたんだよな。

 法より感情を優先した判決で犯罪者とした捕らえられた俺は、反論する隙も与えられないままショッキングピンクの向こう側に消えた。



 一通り回想を終えると、そっと息を吐いてそのまま目の前の神様に目を向けた。



「……クロノス、今回も前回と同じように『神様が人間を貶めた』という事実を目に焼き付ける為にお前はこの時間軸に行ったのか?」



 あの世界で罪を犯した人間の末路を見た時のことを振り返った時、クロノスは『神様が人間を貶めたという事実を目に焼き付ける為にあの時間軸にした』と言っていた。

 だとしたら、今回も俺や自分が傷つくことを分かっていて、それでも神様としての責任感から、クロノスは自分に嵌められた俺がこの世界の警察に連行されるという時間軸を選んだのだろう。



 諫めるような目で時の神様を見つめていると、目の前の神様は少しだけ笑ってどこか悲しげな顔をしながら俺と目を合わせた。



「そうだね。それもあるけど……あの時間軸に行った理由はもう一つあるんだ」

「もう一つ?」



 俺を貶めた事実を目にする以外に目的があったのか?


 表情を変えないまま首を傾げる俺に、クロノスは軽く頷くと再び拳を胸の上に置いた。



「そう……僕が僕の落とし前をつけるためだよ」

「あっ」



 悲しげに口角を上げながら言ったクロノスの言葉で、俺は薄れゆく意識の中で聞いた言葉を思い出した。


『落とし前くらい、つけさせてもらっても良いよね?』


 クロノスという未知の脅威対し、この世界の住人達は自分達に備わっている防衛本能が働いて、クロノスに刃……というより、大小様々な無数の銃口を向けた。

 それに対して、クロノスは『人間が神様に矛を向けた』と受け取って、この世界の住人達に【神様の天罰】というものを下そうとしたんだ。

 そして、それを間近で見ていた俺が必死になって狂気に満ちていたクロノスを止めたんだ。

 あの時、クロノスは人間に対しては危害を加えていないと言っていたが……



「なっ、なぁ……その、『落とし前』ってやつは、ついたのか?」



 ただの人間でしかない俺が聞いていいことが分からないが。


 恐る恐るといった顔で聞いた俺に、時の神様は清々しい笑顔で答えた。



「うん、ちゃんと落とし前をつけたよ」

「そう、か……」



 クロノスの言葉と表情に、俺は安堵したように肩を落としながら大きな溜息をついた。


 良かった。正直、クロノスがどうやって落とし前をつけたのか聞いてみたいが、これ以上はただの人間でしかない俺が聞いちゃいけないだろうし、聞いたら絶対後悔しそうだからあえて聞かないことにしよう。





「そして、僕たちは昨日を迎えたんだよね」

「あぁ、俺はまたあの満天の星空が広がる宇宙に連れて来られたんだよな」



 目が覚めた時に広がっていた満天の星空に、俺はそこが宇宙だと認識するには然程時間はかからなかった。


 小さく溜息をつく俺に対し、クロノスは満足そうな笑みを浮かべた。



「そうだよ。律が好きそうかなと思って連れて来たんだ」

「そうだったんだな……って、俺が好きそうだからって理由だけで連れて来たのか?」

「そうだよ。好きじゃなかった?」

「いや、好きと言えば好きなんだが……」



 そんな軽い理由で二度も宇宙に連れて来られたなんて……まぁ、俺のことを思って連れて来てくれたのは、気持ちとしてはとても嬉しいんだけどな。


 思わぬ理由に呆れたような溜息をつく俺に、クロノスは笑みを崩さなかった。



「それに、あの空間なら落ち着て話が出来るしね」

「それなら、俺たちが住む家の時間を止めて話しても良かったんじゃないか?」



 時を司る神様なら容易に出来ると思うが。


 時の神様のチート能力を考慮して至極全うなことを言う俺に対し、可愛らしい顎に人差し指を当てたクロノスが悩まし気に小首を傾げた。



「う~ん、それも考えたんだけど……部下達が『時を止めるくらいなら、宇宙でお話されたら方がよろしいかと』って言われたからそれに従ったんだよね」

「なるほど……」



 宇宙に行くことを後押ししてくれたのは、クロノスの部下達だったのか。

 というか、こいつって部下の意見をちゃんと聞くから、この神様は案外良い上司なのかもしれないな。部下の皆様もこいつがすることに対して協力的みたいだから……何だか、羨ましいな。


 脳裏に浮かんだクソ上司が威張り散らす態度に顔を顰めると、面白そうなものを見る目をしたクロノスが俺の方に少しだけ近づいてきた。



「それで、この世界の真実を知ってどう思った?」





「それ、ここでも聞くんだな?」

「うん。あの世界のことを教えてくれたんだから、この世界のことも教えて欲しいかなって」

「それもそうだな」



 あの世界の感想だけ言って、この世界の感想を言わないなんて、何だか不公平だよな。まぁ、俺としてはそれでも全然構わないんだが。


 すっかり見慣れてしまった嫌味な笑顔を浮かべるクロノスに大きく溜息をつくと、両手を後ろについて真っ白な天井を見上げた。



「……俺さ」



 クロノスが真っ直ぐに俺のことを見ていることを一瞥すると、何もない空間に向かってこの世界に来た感想を話し始めた。



「この世界に来た時、『この世界は俺のいた世界』とそんなに変わらないんじゃないかと本気で思っていた。だから、この世界に来る前のお前の忠告も最初の頃は半信半疑だった。むしろ、俺はこの世界の住人達と言葉が交わせたことがとても嬉しかったんだ」



 何せ、旅行していた世界が、現実離れした科学技術が発達した世界だからな。



「でもよ」



 目を閉じてこの世界を旅行して見て聞いて感じたことが走馬灯のように思い出すと、そっと目を開けて息を吐くと目線を何もない空間から目の前にいる神様に向けながら姿勢を戻した。



「この世界を旅行して思った。やっぱり、この世界は俺のいた世界とは全く異なる世界なんだなって」

「そんなの当たり前じゃん」



 呆れたような顔で言うクロノスに、俺は呆れたように小さく笑みを零した。



「それはそうなんだが……やっぱり心のどこかで思っていたんだ。『この世界は、もしかしたら俺のいた世界と似たような世界じゃないか』って。だって、この世界ではスマホも使えるし、自分で運転しないといけないし、家事だって毎日自分達でしないといけないし……あの世界には無かった不便さがこの世界にはあったんだ」



 それに、この世界が元の世界が辿る数多の未来の中で最も辿る可能性が一番高い世界だから、尚更そう思った。


 そっと息を吐くと、俺は再び白い空間に目を向けた。


 外を歩けば、当たり前のように生身の人間が歩いている、当たり前のように言葉が交わせるし、当たり前ようにお金を支払えるし……俺にとっての当たり前がそこにはあったんだ。

 俺の慣れた親しんだ不便さがこの世界にあった。



「でも、クロノスと一緒にこの世界の色んな場所に行って色んな人と会話して痛感したんだ……この世界が、俺の知らない世界だってことに」



 再び目を閉じると、そっと顔を俯かせた。


 俺の知らない常識、俺の知らない習慣が、この世界では常識であり習慣だってことに。


 静かに目を開くと、目の前の神様に顔を向けた。



「それに、旅行して思ったんだ……この世界は、人間らしさが尊ばれる世界なんだって」



 生殺与奪が当たり前だった国に差した【渡邊 翔太】という救いの光。

 その光に、この世界に住人達は『やっと、まともな人間がこの国を変えてくれた』って希望を持っていたし、絶大な信頼を寄せた。

 だが、その光が人間ではなくAIという人ならざる物によって差し込まれたものだと告げられた時、この世界の住人達は激しい怒りを感じると同時に、人として大事な『信じる』ということを悪として諦めた。

 それ故にこの世界が出来たんだと思う。でも……



「だからこそ、誰かを信じる心が無くしてはいけない気がしたんだ。人間は自分以外の誰かと支え合って生きていけると思うから」



 独り善がりや思い込みや偏見が全てになってはいけない。そんな気がする。


 この世界の住人達からすれば綺麗だと理解しながらも口にすると、俺は再び顔を俯かせた。



「でも、この世界ではそれが認められるんだよな」

「そうだね」



 だったら、尚更だな。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


次回、サラリーマンと時の神様に別れ時が……

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