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30日目 感謝と帰還⑦

これは、とある男の旅路の記録である。

「そして、その翌日にこの世界の選挙に行ったんだよな。それも、ハイキングの時と同じでご近所さんからの強引な誘いで」

「そうだったね」



 まさか、早朝押しかけリターンズが来るとは思いも寄らなかったが。


 あの時のことを思い出して大きく項垂れていると、ふと俺があの世界の選挙事情を知らないことに今更気づいた。



「そう言えば、あの世界に『選挙』って存在するのか?」

「存在しないよ。でも、そんなことが観光客にバレたら【不信感】ってやつが抱かれるみたいだから、観光客対しては『この世界と同じタイミングで選挙が行われている』って説明しているみたいだよ」

「やっぱりそうなのか……」



 だって、あの世界のトップは人じゃなくてAIなんだからな。知られてたら色々と不都合だろうしな。それなら……



「ちなみに、国のトップってどうなっているんだ? この国って、一応1つの国に2つの世界が存在しているからトップも2人いるってことだよな?」



 まぁ、片方は人じゃないんだけどな。



「そういうことなら、()()()はこの世界のトップが国のトップってことになっているよ。何せ、『日本が2つの世界に別れている』なんて事実を観光客に知られることを、2つの世界は良いとは思っていなからね」

「なるほど」



 『表向きは』この世界のトップが国のトップになっているのか。まぁ、そこまでしないと観光客に怪しまれるか。


 あの世界の選挙事情とこの国のトップ事情が理解したところで、俺はこの世界の選挙演説で見たものを話した。



「でもまぁ、あれも立派な茶番だったよな。というより、俺の目にはどこかの熱烈な信仰者が集まった宗教の集まりか、よほど訓練されたファンが集まったライブかと思った」

「僕には律の言ってることが何一つ理解出来ないけど……僕が神界にいた時、知り合いの神様から『どうして人間って、私たち神々に対して【信仰】ってものを向けられるのでしょうか? 我々は人間界を観察することしか出来ないのに』って言ったのを思い出したよ」

「それは、人間が神様に自分のお願いを叶えてくれると思っているからだよ」

「そうなの? 僕たち神様がそんなこと出来るはずが無いのに」



 きょとんとした顔で言われた事実に少しだけショックを受けつつも、俺はクロノスの言葉をすんなりと納得してしまった。


 まぁ、神々が人間に対して関心が無いなら無理だと思っても仕方ないよな。

 でも、あの熱気は俺のいた世界であった講演会では早々無かっただろう……俺自身、元の世界で講演会なんてものに行ったことがないからあくまで予想でしかないが。



「それに、俺はあの場でも俺は【裏切者】扱いされたな。2日連続で同じ単語を聞くとは思いも寄らなかった」

「そうだったね。もしかして、律ってこの世界から疎まれたかったの?」

「そんなわけで無いだろうが!」



 根拠も無い誹謗中傷に思わず声を荒げた。


 誰が好き好んでこの世界から疎まれようなんて思うか! まぁ、俺がこの世界のことに好印象を持っていないことは否定しないが。





「それで、翌日は千尋さん親子と一緒に工場見学に行ったんだよな」

「うん。また律がこの世界に住んでいる人間に言いくるめられてね」

「おい、あの時に関してはお前だって言いくるめられていたじゃねぇか」



 それに、俺は朝から親子揃ってわざわざ家に来てくれた苦労をふいに出来るほど鬼じゃねぇぞ。まぁ、正直朝から来たことに関してはうんざりしたが。


 そんなことを思っていると、他人事のように話していたクロノスが何かを思い出したかのように口を開いた。



「そう言えば、律ってその時にスマホの話を聞いたんだよね?」

「そうだな」



 まさか、俺のいた世界より遥か未来にあるはずの世界でスマホが衰退してガラケーが普及しているとは……初めて聞いて信じられなくてとても驚いたが、今考えると納得せざるを得ないな。


 そんなことを思い出していると、俺は千尋さんと言い争いになりそうになった話題を思い出した。



「それに、あの時に千尋さんから親子の在り方について散々言われたな」



 そう口にすると、俺は眉間の皺を寄せて複雑な気持ちになった。


 最初聞いた時は『いや、そんなあなたの持論ですよね?』って心底呆れ果てたが、この世界の真実を知った今なら、あれがこの世界にとっては当たり前だったんだなと理解出来る。

 まぁ、スマホも子育ても納得はしていないけどな。でも……


 そっと表情を緩めて目の前にいる神様を見つめた。



「俺、あの時にお前が言ってくれた言葉にまた救われたよ」

「僕、何か言った?」



 聞こえなかったのであろう可愛らしく小首を傾げるショタ神様に小さく首を横に振ると笑みを零した。


 あの時、お前が千尋さんに言ったことで俺は幼い頃に抱いていた気持ちを思い出したんだからな。





「それで、俺は工場見学の帰りに起きた人様の家族間トラブルに巻き込まれ、他に仕事があるって言っているのに、千尋さんから強引に大樹さんの仕事を押し付けられて、翌日見ず知らずの会社で赤の他人も同然の知り合いの仕事をすることになったんだよな」



 ふと、家に招いた時に言われた千尋さんの言葉が蘇り、思わず盛大な溜息をついた。


『それって、律さんの持論ですよね?』



 千尋さんのあの言葉には、流石の俺も開いた口が塞がらなかった。

 その後に『俺の仕事はどうするんですか?』って聞いたら『そんなのご自身でやられて下さい』って無責任なこと言って……正直、社会人として彼女の発言には怒りが込み上げた。



「そうだったね。僕、この世界では律に仕事をさせるつもりは無かったんだよ」

「本当か?」

「……本当だよ」



 おい、今の間は何だ? 本当は、この世界でも俺にサラリーマンをさせる気があっただろうが!

 というか、こうなる未来が分かっているならどうして止めなかったんだよ……って、この世界では、クロノスの力はほぼほぼ無効化されるから最初から無理な話か。

 あれっ? そう考えると、神様のチート能力をほぼほぼ無効化出来るこの世界って……


 この世界のポテンシャルに気づいた俺が顔を青ざめさせていると、それに気づいていないクロノスがいつものように聞いてきた。



「それで、この世界の会社で仕事してどうだった?」

「どうだったってお前、俺が働いているところを知っているだろうが」

「そうだね。でも、僕は実際にあの場にいた律の感想が聞きたいな」



 屈託のない笑みを浮かべるクロノスに先程まで考えていたことが急に馬鹿らしくなった俺は、大きく溜息をつくと項垂れながら感想を言った。



「正直、あの世界で仕事をした方がよっぽどマシだと思えるくらい悲惨なものだったよ」

「ふ~ん、どうして?」

「元の世界で働いている会社にいる直属のクソ上司が、この世界では有能だと言われているからだ!」



 私情が混じった俺の感想を聞いたクロノスは、一切表情を変えなかった。それに対し、俺はこの世界で味わった怒りに思わず奥歯を強く噛み締めた。


 『外資系企業』というだけで仕事を押し付けたあの夫婦には心底腹が立ったが、それを喜んで受け入れているあの上司にも心底腹が立った。

 そして、昼飯の時は上司の命令で他の社員達と一緒に上司の行きつけの定食屋に行って、そこで俺は上司から理不尽な理由で注文を取らされることになり、上司リクエストの料理が運ばれたにもかかわらず上司の独演会で、結局食べる時間が削られたんだよな。

 そうして、ようやく定時になって帰れるかと思ったら、上司が笑顔で自分の仕事を押し付けてきた挙句、上司と部下達が場所を変えながら朝まで独演会を開催した。

 何だか、まるで元の世界と何にも変わらないじゃねぇか!



「俺、この世界の会社には絶対入らない」






「ふ~ん、そうだったんだ。それで、律が初めて【朝帰り】ってやつをして、昼頃になってようやくいつもの律になった時に、あの家族が僕たちの住む家に遊びに来たんだよね」

「あぁ、あの夫婦を見た瞬間、仕事のことで怒鳴り散らそうかと思ったが、その前に蓮君と紬ちゃんが元気よくご挨拶していたし、子どもチームと大人チームに別れた途端、手土産持った夫婦が揃って謝ってきたから、いつも通りの営業スマイルでコーヒーを出すことが出来たんだよな」

「そうだったんだ。僕、あの2人でアニメ観ていたから知らなかったけど、そんなことがあたったんだね」



 まぁ、大変不服そうな顔をしながらで謝ってきたのでその場で怒鳴り散らそう思った。

 でも、時司が頑張って子ども達の気を引いていたから、それを俺が私情で無駄することが出来ないと思って仕方なく謝罪を受け入れたんだけどな。


 あの時の若夫婦の謝罪を思い出して大きく息を吐くと、俺はこの世界で確信したことを口にした。



「それに、あの2人との会話で俺はこの世界には絶対住めないと改めて思った……というか、確信したな」

「どうして?」

「この世界では、ゲームやアニメ・漫画は全て子どものもので大人は一切遊ぶことが無いんだと」

「そうなんだ。それは、ゲームが上手い律には【酷】ってやつだね」

「まぁ、そういう系の【ヲタク】って呼ばれる人種には、この世界では確実に人権が無いよな」

「へぇ~、律のいた世界にはそんな人間達がいたんだね」

「そうだな」



 それに、あの世界との差別化を図る為、この世界ではどうやら年齢制限というものは表向き存在しているらしいが……あれって、確実に形骸化しているよな。本人たちは『形骸化』という単語に物凄く反応していたが。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


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