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30日目 感謝と帰還⑥

これは、とある男の旅路の記録である。

「旅行19日目は、律の提案で図書館に行ったんだよね」

「あぁ。でも、今考えると『行かなきゃ良かった』と後悔している」



 あの日のことを思い出した俺は力なく項垂れた。


 この世界の観光地を巡った翌日、俺はこの世界の歴史を知ろうと時司と一緒に図書館を訪れた。

 しかし、そこで待っていたのは、この世界にとって害をなす人物を炙り出す為の罠だった。


 あの時、俺はこの世界の歴代総理大臣が全員載っている図鑑に【渡邊 翔太】という名前が無いことに気を取られて、まんまとこの世界の住人達が仕組んだ悪辣な罠に嵌って囲まれたんだよな。

 もし、あのタイミングでクロノスが助けに来なかったらきっと……


 一昨日見た光景が走馬灯のように蘇ってきて思わず身震いを起こした。





「それで、そんなことがあった翌日、今度は僕の提案でこの世界のゲーセンに行ったんだよな」

「あぁ、確か旅行日数も残り10日のタイミングで行ったんだよな」

「そうだね」



 あの時に出会ったことを思い起こした俺は、ふと時の神様に鋭い目を向けた。



「なぁ、クロノス」

「ん? 何だい?」



 見慣れてしまった優しい笑みを浮かべるクロノスに、俺は今更なことを聞いた。



「お前、こうなることを分かっていただろ?」

「うん。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()かな」

「えっ?」



 クロノスらしからぬ言葉に、思わず驚きの声を上げた。


 俺と出会っていた頃のお前だったら『時の神様だし、こうなることは分かっていたからね』って切って捨てていたはずなのに。


 クロノスの変化に啞然としている俺に対し、クロノスはどこか寂しそうな目をしながらゆっくりと白い虚空を見上げた。



「僕、あの世界で【ゲーセン】ってものに興味を持ったから、出来れば時を止めずに律と一緒に遊びたかったんだけど……まぁ、僕は時を司る神様だから、こうなることは分かっていたんだけどね」



 力なく笑うクロノスに俺はただ口を噤むことしか出来なかった。


 つまり、司っているものより自分の興味を優先したかったってことか。何かだか、時の神様というより遊戯の神様にジョブチェンジした方が良いような気が……あっ、そうだ!


 『ジョブチェンジ』という言葉で閃いた俺は、クロノスの変装能力の高さを間近で見ていた者として、時の神様に変装能力の応用を提案した。



「そんなに遊びたかったら、金髪碧眼から黒髪黒目にしたように、子どもの体から大人の体になれば良かったんじゃねぇか?」



 神様のチート能力を以ってすれば造作も無いだろうが。


 『我ながら妙案なことを思いついた』と内心で自画自賛した提案だったが、クロノスはその提案に微妙そうな顔をした。



「それなんだけど、部下から『それ以上見た目が変わったら、他の時間軸で観察している者達に影響が出ます』って言われちゃったから止めたんだよね」

「そういうことか」



 愛想笑いのような笑みを浮かべるクロノスに、俺は心の中でクロノスの部下の皆様に謝罪をした。


 クロノスの部下の皆様、とんだ無茶ぶりを言ってしまいすみませんでした。というか、クロノスも部下に対して同じことを言ったんだな。





「旅行21日目は、律がこの世界の合コンに行ったんだよね」

「あぁ、クロノスの提案で俺が行くことになったんだよな」

「そうだったね」



 特に悪びれもしない表情で俺のことを見るクロノスに小さく溜息をつくと、俺はこの世界の合コンに行った時のことを思い返して、思わず乾いた笑いを漏らした。



「そう言えば、せっかくクロノスが別の神様や部下達に根回しして作ってくれた設定と外見だったのに、この世界の住人達に呆気なく破られたよな」



 そう言葉にすると、ゆっくりと顔を俯かせた。


 あれには、流石の俺も開いた口が塞がらなかったな。というか、この時に親しくしていた女性の名前も『綾』だったな。まぁ、クロノス本人も悪気が無かったみたいだし、あの世界で出会った綾とは正反対だったからな。



「そうだね。あれは、時の神様の僕も()()()()()()()()

「えっ、そうなのか!?」



 時の神様でもそんなことがあるのか!?


 またも飛び出してきた予想外の答えに驚いて顔を上げると、困ったような笑みを浮かべたクロノスが軽く頷いた。



「うん。そういう未来があるのは知っていたんだけど、まさか本当に現実になるとは思わなかったし、そうならないように色々と準備していたんだけど……どうして見破られちゃったんだろうね?」



 全く悔しそうな顔をしていないクロノスに俺は大きく溜息をつくと、人間のことをよく知らない時の神様に見破られた理由を明かした。



「どうやら、俺が外資系企業で勤めているという設定で俺だと見破ったらしいぞ」

「何それ?」



 不思議そうな顔で小首を傾げるクロノスに、俺は小さく肩を竦めた。


 それは、俺もそれは思った。だが、この世界の住人達曰く、この世界には外資系企業が存在しないらしい。故に【斎藤 駿】が【渡邊 律】だと決めつけたとのこと。

 本当、言い掛かりも甚だしいが、この世界の住人達の住民性を知った今なら納得せざるを得ないよな。


 そんなことを思いつつ、俺はクロノスにこの世界の企業について聞いた。



「なぁ、クロノス。この世界に『外資系企業』ってやつは存在しないのか?」

「ちょっと待ってね……うん、無いみたいだね」



 軽く頷くクロノスを見て、俺はあれが嘘でもはったりでもないことを知った。


 でも、それだけで【渡邊 律】だと決めつけるとは……この世界の住人達の思い込みの強さは尊敬に値するな。それに……



「俺、この時に【裏切者】って言葉に出会ったんだよな」





「それで、翌日は山登りに行ったんだよね」

「そうだったな。半ば強制参加の町内会山登り」

「半ばというより完全に強制だったね」



 爽やかな朝を見事にぶち壊すご近所さんからの押しかけては、流石に素が出そうになったな。


 遠い目をしながらご近所さんが来た時のことを思い出していると、ふと俺はクロノスあの時聞いていなかったことを思い出し、視線をクロノスに戻すと今更なことを聞いた。



「というか、お前あのおばさんから山登りのプリントってもらっていたのか?」

「貰っているはずが無いじゃん」

「やっぱりな」



 小さく首を振るクロノスに俺は小さく溜息をついた。


 そんなところだろうと思った。目の前に神様は好奇心旺盛で突拍子もないことを言いだすが、決して俺に対して不利になることはしないから。

 それこそ、俺が起きてきたタイミングで渡すだろうし。



「だが、この世界の山登りが観光目的じゃなくて団結力を固めるものだとは思わなかった」



 てっきり、みんなでおべっか使いながらワイワイと楽しくするものかと思っていたから。


 この世界の住人性を考慮しながらそんなことを考えていると、クロノスから思わず事実が齎せた。



「まぁ、あれは【裏切者】や【反逆者】を炙り出す目的も兼ねているからね」

「そうだったのか!?」



 あれも実は巧妙な罠だったのか!?


 開いた口が塞がらない俺に向かって、クロノスが軽く頷いた。



「そうだよ。だからあの時、僕が時を止めて律が好きそうな場所に連れて行ったんだよ」

「そうだったんだな。ありがとう、クロノス」



 あの時、クロノスが時を止めなければ俺をあんな美しい光景が見ることも出来なかったし……もしかすると、あの2人に疑われたまま下山していたら、俺は【裏切者】として捕まっていた可能性もあったのか。

 何事も無く下山出来たのは、クロノスがどうにかしてくれたお陰みたいだったしな。


 そんなことを思いながら、俺は改めて目の前にいる有能な神様に感謝した。





「それで、俺が美しい光景を堪能し、他の人達と一緒に下山して大型バスで帰っていた時、お前の友達を名乗る子ども達の母親から青空教室に行くことを提案されたんだよな」

「そうだったね」



 実は、俺が山登りで疲れて寝ようしたタイミングで千尋さんが声をかけたんだよな。

 正直、山登りで疲れて蓮君と紬ちゃんがすごく羨ましかった。


 そんなことを思い出して苦笑いを浮かべると、俺は再びクロノスに今更なことを聞いた。



「確認だが、本当に子ども達と遊んで友達になったのか?」

「そんなのあるわけないじゃん。あれは部下が良かれと思って作った時司の設定だったけど、まさか本当に現実になるとは思わなかったよ」



 またかよ。この世界、実は時の神様にとっては厄介な世界だったのか?


 心底不快な顔をしてるクロノスを見て、俺はこの世界が神様と相性が最悪なことを知った。



「それで、律が上手くこの世界に住んでいる人間達に丸め込まれ、翌日に律と僕は一緒に学校に行くことになったんだよね」

「『丸め込まれた』言うな。あんなの提案という名のただの事後報告だったじゃねぇかよ」

「そうだったの?」

「あぁ、どう考えても茶番みたいなものだったよ」



 不思議そうな顔で小首を傾げるクロノスに、俺はあの時のやり取りを思い出して深いため息をついた。


 今考えても物凄く腹立つことだが……まぁ、この世界は『迷惑』ってものが存在しないことが分かったからな。


 諦めたような溜め息を漏らすと、俺はこの世界で受けた青空教室のことを思い出して思わず頭を抱えた。



「そんなことがあって青空教室に行ったが……あんなの、ただの親子参加の講演会だったな」

「そうなの? 僕にはこの世界ならではの洗脳かと思ったよ」

「まぁ、そうとも言えるか」



 何せ、あの時に教えてもらった内容は、全てこの世界にとって都合のいいもので、あの世界にとっては不利になるものだったからな。

 あの世界のことを知っている俺にとっては、この世界の授業は不快極まりなかった。



「それに、この時に律はこの世界のことを少しは知ったんだよね。【裏切者】【反逆者】【余所者】【観光客】って言葉もこの時に知ってみたいだし」

「そうだったな」



 クロノスの言葉に納得すると、自分の中にある不快感を吐き出すように深く息を吐いた。


 それで、俺は青空教室でこの世界とあの世界の確執を知ったんだよな。まぁ、どっちの世界も知ってる俺からすれば、どっちもどっちだと思うが。

 何せ、どちらの世界も自分達に都合が良い解釈を相手に押し付けているからな。



「その直後に、【裏切者】って疑われたな」

「律って、この世界と【相性】ってやつが悪いのかな? この世界に来てから僕の力を使うことが多くなったから」



 それに関しては否定しない。けど、それはお前も同じだと思うぞ。

 あと、大樹さんと千尋さんに言った嘘話に乗ってくれたことは、今でも本当に感謝している。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


更新が遅れてしまいすみませんでした!


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